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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第2章―真実の書― 旅立ち篇
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07 人間である、ということ ⑨

「……どうしたのです」


 見つめ合ったまま立ち尽くす私達に、(いぶか)()な声が背後から落とされ、ハッと我に帰る。


「いや、驚いてな……マスター・フィニアス、ついに所帯を」

「持っておりませんし、子も成しておりません。赤の他人です……いえ、私の自慢の弟子です。(もっと)も、私が教える事すら(ほとん)ど有りはしないでしょうが」


 その言葉に、ドクリと心臓が跳ねた。赤の他人って言葉を、咄嗟(とっさ)に否定してくれたこと。本人は否定した後、すぐに苦虫を噛み潰したみたいな顔をしたから、フィニアス師としては失策だったんだろうけど……それだけのことが、こんなに嬉しいなんて思わなかった。


(それに、私とフィニアス師って……親子に見えるんだ?)


 確かに、髪色だけを見れば、エルよりもずっと近いことは確かだけど……そんなことを言った人は初めてで、なんだか笑ってしまいそうになる。


「ほう、マスター・フィニアスがそこまで言うとは、将来有望なのだな。名は……」

「もう、よろしいでしょう。それで、レディ・ガルシアは、これにお貸し頂けるのですか」


 詮索は許さないとばかりに私を抱き寄せて、低い声で唸るフィニアス師に、青髪の……おじいさん(おじさん?)は、チラリとシアお姉ちゃんの方を向いて言った。


「ガルシア、頼めるな」

御意(ぎょい)


 間髪入れずに騎士礼を取ったシアお姉ちゃんに、フィニアス師は淡々と頷いた。


「それでは、これと少々話すべきことがあるので、お返し下さい」


 クルリと背を向けて、スタスタと歩き去るフィニアス師の横顔は、いつになく厳しいもので……なんとなく、青い髪と瞳の人の正体を察した私は、師のことが少し心配になりながらも黙って歩いた。



《……ゼクスト・セクレア・エタ》


 術句を省略しすぎで、何を命じているのかもはや分からないけど、多分彼らに聞こえないように防音魔法をかけたと(おぼ)しきフィニアス師は、堅い面持ちのまま私に目線を合わせるように(ひざまず)いて告げた。


「手短に言います。旅の間にも何度か伝えましたが、学院では決してナサニエルの名を出さないこと。安易に君の力を実験などに使わないこと。君が失われた古の言葉を人より知る事実を出来る限り悟られないこと。よろしいですね?」

「はい、マスター」


「しばらくは、いえ、恐らくは長い間そちらに戻れません。戻れたとしても、あちらでの私と君の関係はマスターと一介の学徒に過ぎない。直属の弟子であれ、依怙贔屓(えこひいき)は出来ません……あちらの特殊な位階構造について、明日一日で教え込んでおくつもりだったのですが、背に腹は代えられません。どうしても何かあれば、私の弟子……を名乗っている男を頼りなさい。それでも最後には、己で()(ひら)かなければ学問の扉は永遠に閉ざされたままであることを、肝に命じなさい」


 早口でそう言い切ると、フィニアス師は疲れ切ったような表情で目を伏せた。


「あの男に追いつかれるまで、グダグダと感傷に引きずられ王都に居座っていたのは、完全に私の落ち度です。もしかしなくとも、いつか君を面倒事に巻き込むことになるやもしれません。ナサニエルとの約束を、十全に果たせませんでした。この借りは、いつか必ず」

「私は、嬉しかったですよ」


 フィニアス師の声を、遮るように告げ、ギュッとその手を握った。どうかこの心が、伝わればいいと……エルに、ライに、家族に触れる距離と強さで。


「マスターと……フィニアスと、この景色が見れてよかった」


 今日一日の、そして私達の旅の終わりに、ふさわしい笑顔で。


「いってらっしゃい、フィニアス」


 指先で交わる感情が、震えた。


「……それは、私の台詞でしょう」


 小さく息を吐き出して、今度こそ私が良く知る顔に戻ったフィニアス師は、かすかに私の手を握り返してくれた。


「ですが、ええ……行って参ります」


 そうして立ち上がりかけた師の、吐息が一瞬だけ耳元をかすめた。


「……星を見失った時には、真実の書を(しるべ)になさい」

「え……」


 耳元でかすかに囁かれた音に、ハッとして顔をあげた時には、既に師は凍りつくような無表情で待たせていた三人の方へと向き直っていた。


「もう良いのか」

「ええ、話は終わりました。これも契約ですので、逃げは致しませんよ」


 皮肉気に言い放ったフィニアス師は、今度こそチラリとも私を見ずに、青髪のおじ……さんと、怖いおじさんを引き連れて行ってしまった。

 残されたシアお姉ちゃんと私は顔を見合わせると、同時に深々と溜め息を吐いた。


「もう、知らない人のフリは、おしまいでいいよね?」

「ああ……済まなかった。リアを面倒事に巻き込む訳にはいかないと思ってな……いや、フィニアス様の圧が怖ろし過ぎて『うっかり』も出来なかったが」


 相変わらず正直なシアお姉ちゃんに、本当にこの性格でよくエルやライに付き合っていられると思う。この性格だからこそ、なのかもしれないけど。


「やっぱり王様にもなると、顔を知ってるってだけで大変?」

「うむ。ましてや、お前はアレコレと規格外な所もあるし……待て、何故知っている」


 ピシリ、と表情を凍らせるお姉ちゃんに、私は首をかしげた。




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