07 人間である、ということ ②
「そちらだけで話を完結させていないで、情報は共有しなさいと何度言えば、その小さな頭に伝わるのですか。一人で百面相をさせている暇があったら、言語化して頂きたいですね」
「すみませんっ……えっと、兄さんが『ダイアウルフは検問を通れるのか』って言ってるんですけど、それから私がフードをかぶったままで通れるのか、とか……」
フィニアス師は私の言葉に目を瞬かせると、すぐにあの呆れた表情を浮かべてクルリと前を向き直った。
「ここを通れないならば、そもそもダイアウルフの同行など許可しておりません。何のためにナサニエルが、他でもないこの私に頭を下げたと思っているのです」
そう鼻を鳴らすと、それ以上は何も告げずに検問を目指して行ってしまう。私とナジークは顔を見合わせて、お互いに首をかしげた。
《マスター、なんか不機嫌?》
《ソノよウだナ?》
フィニアス師は意外と短気だけど、理不尽に怒ることは基本的にないので、理由が分からない今はちょっと不思議に思える。そうこうしているうちに検問の前に着くけれど、そこにそびえ立つ巨大な門にまた驚かされる。
無骨でただただ巨大な鉄の扉は、巨人族が体当たりしてもビクともしなさそうなくらいに分厚くて、余所者を受け付けない冷たい印象を与えた。その隙間が少しだけ開いていて、検問に立つ人が旅人に質問をしたり荷物を調べたりして、頷かれた人だけが隙間を通ることを許されていた。そんな調子だから、列の進みはひどくノロノロとしていて、見ている間にもどんどん列は長くなっていく。
これは門を通るまでに日が暮れそうだな、と気が遠くなる私をよそに、フィニアス師は列を無視して早駆けで門へと近付いて行く。
「……マスター?」
「今から門を潜るまで、その口を閉じているように。フードも取らず、なるべく顔も隠していなさい」
有無を言わせない口調で告げられて、私は黙って目深にフードを被り直した。
「止まれっ、何者だ!」
高圧的な声が響き、フードの隙間からチラリと覗けば、槍を持った検問の人がこちらに向かって駆けて来るのが見えた。その人は、ロロ兄さんを見ると目を見開いてグッと踏みとどまったけれど、こちらに槍の穂先を向けてきた。
「……見ての通り、検問だ。通りたいならば、列に並んでもらおう」
「…………」
背中を見るだけでも不機嫌さが伝わって来るフィニアス師に対して、若干顔を引きつらせながら槍の人は告げた。こういう時のフィニアス師を止めるなんて勇気があるなぁ、と素直に感心していると、フィニアス師は無言で懐から何かを出して、馬から降りもせずに男の鼻先へそれを突きつけた。
「っ、これはっ!」
フィニアス師の態度に顔を赤くして怒鳴りかけた槍の人は、それを見た瞬間に顔を真っ青にさせて膝をついた。
「も、申し訳御座いません!ご無礼をっ!」
「……構いません。お勤めご苦労」
私やエルに話す時とはまるで違う、凍りつくような声と雰囲気でそう告げると、フィニアス師は跪く槍の人をチラリとも見ずに検問を抜けた。槍の人の様子を見て、他の検問に立っていた人達も次々に膝をついてフィニアス師を見送る。
そんな異様な光景に呑まれながら、私はロロ兄さんの背中に揺られてあの鉄の扉を通り抜けた。その瞬間、ぶわりと空気と色が変わり、その風圧と眩しい光に思わず目を閉じた。
最初に感じたのは、吹き抜ける心地良い風。どこか優しい水を含みながら、髪をなびかせていくそれに息を吸い込む。
次に感じたのは、胸にこみ上げるような不思議な匂い。肺を満たしていくのは、どこか懐かしさからこぼれる涙みたいな味。
そろそろと目を開けば、広がる白い光に少しずつジワリと目が馴染み、そこに広がる光景に私は息を呑んだ。
「わぁ……!」
眼下に広がるのは、白と青で統一された美しい街並み。迷路のように入り組みながら、坂を下る程に道を広げていくその都市の先には、果てなく広がる空が広がっていた……いや、空に見えるだけで、あれは見たこともないくらい沢山の水なのだと気付く。揺らめく青が、森の中では目に触れることのない、眩い陽の光に照らされて夢みたいにきらめいていた。
「我等がエルディネ王国の心臓部……水の都・アグナスティアへようこそ」
少しだけ機嫌を持ち直したようなフィニアス師が、こちらを振り返って楽しそうに告げた。白と青の入り交じる街には、沢山の細い川が通っているみたいで、どこからが街でどこからが水なのか分からない。確かに水の都だと、ワクワクしながら頷いた。
「いかがですか、感想は?」
「水がキラキラしてて、空みたいで……街が世界に浮いてるみたい。すっごく、キレイです!嗅いだことのない不思議な香りもするし、別の国に来ちゃった感じがします!」
私がはしゃぎながら言うと、フィニアス師は柔らかい笑顔を浮かべて言った。
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