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第15話 じゃれあい

「へえ……物凄く動きが良くなっていますね」


 石畳の中庭の傍。

 メルナリッサと並んで庭へ視線を向けていたキースが、感心したように呟いた。


 ラーラマリーが城へやって来てから、二週間が経った。


 庭の中心では、この日もやはり少年のような服装のラーラマリーと、同じようにシャツの胸元を緩め腕まくりをしたジークヴァルトが、戯れるように手合わせをしている。


 真剣なラーラマリーの蹴りや突きを楽々といなしながら、ジークヴァルトが笑顔で言った。


「そうだろう! ラーラマリーは覚えがいいんだ! 筋もいい!」


 楽しそうに視線を彼女に戻すと、距離を詰めようとしていたラーラマリーに、ジークヴァルトはワクワクした表情のまま金の瞳を光らせ、少しスピードを乗せた高めの蹴りを繰り出した。


「──!!」


 脚が上がる瞬間を見逃さなかったラーラマリーは、向かっていた速度のまま体をくるりと回転させ、蹴りを避けながらさらに距離を詰めると、回る反動を利用してジークヴァルトに拳を横殴りに打ち付けようと力を込めた。



──パシッ!!



「「おー!!」」


 小気味よい音が中庭に響き、見守っていたキースとメルナリッサが感嘆の声と共に拍手をした。

 だが響いたその音は、ジークヴァルトに攻撃が当たった音ではない。

 例の如く、ラーラマリーの拳が軽々とジークヴァルトに止められ、その腕を拘束された音だった。


 ラーラマリーを片手で優しく捕らえたまま、ジークヴァルトは心底嬉しそうにキース達へ興奮の声を投げた。


「な!!? 見たか!? 凄いだろう!?」


 ニコニコとしている彼とは対照的に、掴まれた片手をもう片方の手で何とか外そうと奮闘しているラーラマリーは、プリプリと怒りながら抗議した。


「もう! すごいなんて絶対思ってないでしょう! 早くは、な、し、て……!!」


 口ではすぐに褒めてくるが、ラーラマリーの攻撃なんて一度も当たった試しがない。


 ぐぎぎぎと唸りながら、腕を掴んでいるジークヴァルトの手を開かせようとするが、どうやってもびくともしない。

 掴まれた腕には力を込められていないのに、どういう仕組みだと苛立ちながら、諦めたラーラマリーは口を尖らせながらペシペシと彼の腕を叩いた。


「何でそんなに怒ってるんだ。心から褒めてるんだぞ? あ、こら。不貞腐れるなよ」


 顔を顰めたままそっぽを向くラーラマリーの頬に、ジークヴァルトの手が触れ、やんわりと彼の方に顔を向けさせられる。


 機嫌を取るように僅かに首を傾げ、楽しそうに目を細め顔を覗き込んでくるジークヴァルトと間近で視線が交わり、ラーラマリーはぼっと顔を赤くした。


「嘘じゃない。本当に褒めてる。──ちゃんと頑張ってて偉いぞ、ラーラマリー」


 頬に手を添え甘く微笑まれ、腕も拘束されて逃げられないラーラマリーは、顔を真っ赤にしたまま、思わずギュッと目を瞑って叫んだ。


「わ、わかった! もうわかったから、離して!」


「いや、わかってないだろう。まだ怒ってる」


「怒ってない! 怒ってないから!」


 視線を逸らそうとラーラマリーはどんどんと俯き、機嫌を直させたいジークヴァルトはさらに彼女を覗き込みながら、腕を引いて距離を詰めようとする。


「本当か?」


「本当だから! あ……も、もう一回! もう一回やりましょう、次は蹴りはなし! だから離して!」


「もう一回か! わかった、さあやろう!」


 ラーラマリーの苦肉の提案に、ジークヴァルトはパッと表情を輝かせると、手を離しウキウキと構える。


 ラーラマリーは潤む瞳で恨めしげにジークヴァルトを睨むと、はーとため息を吐いて一度距離をとり、再び彼に向かって駆け出した。










 遠くで攻防を続ける二人を眺めながら、キースが静かに言った。


「かなり手加減されているとはいえ、ジークヴァルト様と動きが合ってきていますね。思わず拍手してしまいました」


 その隣で、メルナリッサが嬉しそうにニコニコしながら無邪気に言う。


「うんうん、本当そうだよね! 姫様、二週間しか教わってないのに本当凄いよね!」


 ラーラマリーには武術の経験がない。

 普通の娘ならば、二週間そこら教えられたからと言って、型を覚え、それ通りに動きをなぞるので精一杯だろう。


 だが二人が眺める先、ラーラマリーとジークヴァルトは、まるでダンスをするかのように、滑らかに手合わせを続けている。

 敬愛する主人が手放しで彼女を褒めるのも納得だった。


 メルナリッサが、銀の瞳を細めて声を弾ませた。


「ジークヴァルト様、すっごく楽しそう! 姫様のこと、物凄く気に入ってるね!」


「そうですね」


「このままずっと、ジークヴァルト様と一緒にいてくれないかなー?」


「……ずっとは無理でしょう。彼女は人間ですから、そもそも寿()()()()()()()()()


 キースのつれない返事に、メルナリッサは二人を見つめたまま、僅かに肩を落とした。


「でも、私達が死んじゃったら……ジークヴァルト様、()()一人ぼっちになっちゃうよ?」


「……私達『銀竜』の寿命は、まだあと二百年程はあります。それは……もう少し後で考えれば良いことです」


 言いながら、キースはそれでは駄目だと心ではわかっていた。

 

 竜人の寿命は魔力量に比例し、それによって瞳の色が違う。

 魔力が比較的少ない竜の寿命は約百五十年。平均的な竜で二百年。

 キースやメルナリッサのような銀の瞳を持つ竜──()()()寿()()()()()()()で、竜の中では最長だ。


 だが、本当に稀に、金の瞳を持つ竜が生まれる。

 長寿の竜人の間でももはや伝説として語り継がれるだけだったその存在は、他とは比較にならない程の魔力を持ち、寿()()()()()()()()()()()()と言われている。


 それが、ジークヴァルトだった。


 キース達は、森で一人きりで過ごしていたジークヴァルトの所へ無理やり押しかけ、嫌がるジークヴァルトに懇願し、脅し、粘り、渋々従者にしてもらった過去がある。


 キース達が彼と結んでいる主従の契約魔法は、()()()()()()()()()()()()魔法だ。

 主人が死ねと言えばその通りに死ぬ。

 そういう魔法だ。


 命を預ける代わりに、その心臓は常に淡く主人の魔力に包まれる。

 言わば一心同体のような状態になり、ジークヴァルトを恐れる気持ちを軽減させ、共に過ごせるようにすることはできるが、寿()()()()()()()()()()()()()


 自分達が彼に出会う前のように、いずれはまた、ジークヴァルトが一人になってしまうのは明白だった。


 キースに冷たく切り捨てられてもなお、メルナリッサは夢を見るような瞳で、楽しそうに踊るジークヴァルトとラーラマリーを眺めながら言った。


「でも、ジークヴァルト様が()()()()()()()()()()、ずっと一緒にいられるよ?」


 その言葉に、キースは悲しげな表情で力なく言った。


「そうですね。ですが……ジークヴァルト様は()()()()()。あの方は……誰よりもお優しいですから」


「うん、そうだよね……でも、姫様ならって、思っちゃうんだよなー……」


 寂しげに呟くメルナリッサの頭を、キースが撫でる。


 静かに言葉を交わしていた二人に向かって、ジークヴァルトとラーラマリーが大声で話し掛けてきた。


「なあ! 今の見たか!? 凄かったよな!?」


「ねえ、見た!? 今、当たってたわよね!? ね!?」


 拳を交えた状態で制止し、キラキラと瞳を輝かせ尋ねてくる二人に、キースとメルナリッサは目を見合わせ、笑った。


「すみません、見ていませんでした」


「私もーーー!!」


 そう言ってメルナリッサが元気良く手を振ると、「嘘でしょ!?」「よし、もう一回やるから次はちゃんと見てろ!」と二人は再びじゃれ合いを始めた。


 ジークヴァルトが、心底楽しそうに笑っている。


 いつ終わってしまうのかわからない主人の幸せが、それでも、いつまでも続いてほしいと、キースとメルナリッサはただ願うばかりだった。


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