第10話 裏庭の木
「なあ……お前は、どう思う?」
月が高く登った真夜中。
城の裏庭から森へと続く細い道を進んだ一番奥、開けた草原の真ん中に一本だけで天に伸びる大きな木を見上げ、ジークヴァルトは一人、座り込んでいた。
その木の樹齢は四百年近く、長い間歴史を見てきた幹はどしりと太い。
雄大に伸びた枝は、下から見上げると完全に天を覆い隠し、幾重にも重なった葉に飲み込まれそうな錯覚に陥る。
四方に広がる枝には、たくさんのリュスタールの花輪が掛けられ、幹の根本にも、木を中心にリュスタールの花畑が広がっている。
小さな銀の花が月明かりを反射し、木はまるで星屑で飾られているかのように、ほんのりと煌めいていた。
返事が返ってこない事を承知で、ジークヴァルトはその幻想的で静かな木に向かって、再び呟きを落とした。
彼には、一つの確信があった。
「ラーラマリーの中には……お前の血が受け継がれていると思うんだ。かなり薄くなってはいるが……俺が間違う筈がない」
彼が広大な森でラーラマリーを見つけることができたのは、結界を潜り抜けた懐かしい気配を感じたからだ。
執務室でペンを走らせていたジークヴァルトは、結界の揺らぎとその気配を感じ、思うより先に部屋を飛び出していた。
(今回も……今までと同じだと思っていた。ただ無駄に傷つくだけだと……。だが彼女は……ラーラマリーは違った)
ジークヴァルトはその場でゴロンと仰向けになり、頭の後ろで腕を組んだ。
高い位置で重なり合う葉の隙間から差す月明かりを、じっと見つめる。
ため息と共に目を閉じれば、瞼の裏に浮かぶのは、強い輝きを灯す、自分を恐れないラーラマリーの水色の瞳と、それが優しく細められた彼女の笑顔だった。
「お前と同じ血を持つ彼女の口から出た言葉が、まさか『花喰い竜を殺す』だなんて……くく……お前が聞いたら、腰を抜かしただろうな」
目を細めて静かに笑いを噛み殺せば、それに応えるように、風に揺れさわさわと葉が鳴った。
「なあ……お前はどう思う? この出会いに、意味はあると思うか?」
静かに落とされた問いに、返事はない。
それでも、ジークヴァルトは一人、輝くリュスタールの花で飾られた木の下に眠る人物に語り掛けた。
「彼女は……お前が言う俺の『救い』になると思うか? 教えてくれ──なあ、ネロ」
ざあーっとあたたかな春の夜風が吹き抜け、リュスタールの小さな花弁が暗闇に舞う。
寝転んだままそれをじっと眺めたジークヴァルトは、散った白銀の輝きが全て落ち切るのを見届けると、そのまま静かに目を閉じた。
──ネロ。
懐かしむように、そして縋るようにジークヴァルトが呼んだのは、四百年前に国を興したフォレスティア王国初代国王、ネロ・フォレスティアの名前だった。




