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第156話 白と黒、そして灰色ー5

 俺は空を見上げる。

 曇天を突き抜けて、雲の切れ間から見えたのは。


「――!? まさか……月?」


 月だった。


 白くうっすらと見える月、ハデスはそこからやってきたのだろうか。

 アテナさんがハデスの魔力をこの星から感じなくなったと言っていた。

 もしも月にいたとしたら、この星で探しても見つからないわけだ。隠れるというのなら最適だろう。


 しかし、どうやって宇宙空間を耐えるんだ。

 いや……神の体か。

 じゃあ、もしかして凪もそこにいるのか? おそらく魔術かスキルか何かだろう。


 俺はあらゆる考えを思考するが、それは悪手だった。

 今やるべきは、全力での臨戦態勢であるべきだった。


 そのコンマ一秒の油断が。


「灰!!」

「え?」


 その結果を生んだ。


 俺はレイナに、突き飛ばされた。

 思わず転んだ俺が、顔を上げたとき、レイナの腹部が貫かれていた。

 え? なにが……起きた? 俺は思考が続かなかった。

 俺の方を向いているレイナが、血をごふっと掃き出し、そして何とか俺を安心させようとするような苦しそうな笑顔を向けて。


「よかった……灰に怪我がなくて……」


 ドサッという音とともに、力なく倒れた。


「初めまして、天地灰。その眼をもらい受けに来た」


 レイナの血でべっとりと汚れた腕を振り払って、その男は俺に言った。

 俺は言葉がでなかった。

 だが、体が勝手に反応した。


 切りかかる。

 しかし一撃で、俺の体をその腕が貫くが。

 

「幻影か……確かに、見ただけでは全く分からないな」


 それは俺の真・ミラージュの幻影。

 俺は彩とレイナを連れて、すぐさま真・ライトニングで転移する。

 転移先は、田中さんの下へ。


「田中さん!!」

「灰君!? レイナ君!!!」


 俺が抱きしめるレイナから血が止めどなく溢れていく。

 まだ死んでない。まだ生きている。すぐさま待機していた治癒魔術師の職業の人がヒールをかけてくれるが。


「なに……これ。回復できない」

「灰さん、まさか……これはアーノルドさんと同じ」

「回復阻害……くそっ!!」


 ハデスの魔力が、ヒールを邪魔をする。

 幸いレイナは、持ち前の反射神経でなんかと急所を外し、即死ではなかった。

 だが、回復阻害は魔力によって、自然治癒すらも阻害する。

 つまりその一撃をもらったのなら、元凶を倒さない限り自力で治るのは無理だと言うこと。


 ドン!!


 戦場で音がする。


「彩……レイナを頼む」

「灰さん……だめです!!」


 俺は立ち上がった。

 しかし、彩が俺を抱きしめるように止めた。


「あれは何かおかしい! ハデスを倒すことが確かに目的でしたが、何かがおかしいです! ここは一旦退避を!」

「でも……レイナが」

「わかっています! でも……」


 そのときだった。

 

「逃げるのかい? 君の大切な人は、僕を倒さないと死んでしまうよ?」


 俺の背後に、降りてきたのはハデスだった。

 

「全員退避!!」

 

 田中さんがレイナを連れて、そしてみんなが距離を取る。

 俺と彩だけはその場でハデスを見つめた。

 なぜならハデスがその手に持ち、俺達に投げたのは。


「ミラージュさん……」


 血を流し、意識を失っていたミラージュさんだった。  

 まずい。これは致命傷だ。しかし回復阻害の前ではヒールができない。

 すると神の眼にうつる回復阻害の魔力が消えていく。

 

「解除した。さっきの子もだ。ヒールするといい。でも完全にじゃないよ。僕が発動すればまた回復阻害は始まる」

「何が……目的なんだ」

「少し……話さないか? 天地灰。僕は君と……その眼を持つ君と……話したい。君もそうじゃないかな?」


 俺は周りを見る。

 ここで戦闘を行えば周りのみんなも、ただでは済まないだろう。

 それに俺はこの男に聞きたいことがたくさんある。

 だから頷いた。


「わかった。その代わり……」

「うん、大丈夫。君たちがヒールするなら……彼らは死にはしないよ」


 俺はハデスをまっすぐと見て、そして立ち上がった。


「じゃあ行こうか……凪ちゃんのところへ」


 ハデスが俺に手を指し伸ばす。

 俺はその手に手を伸ばそうとした。


「灰さん、待って!!」


 彩が叫ぶが、俺は振り返って言った。


「彩…………あとは頼むね。ライトニング」 


 バチッ!


 そして俺とハデスは転移した。

 


 眼を開けると。


「凪!!」

 

 凪の影に俺とハデスは転移していた。

 俺は凪を抱きしめた。しかし反応がない。

 ここはどこだと周りを見ると、まるで中世の貴族のような部屋だった。


「凪ちゃん、少し寝てようか」

「…………はい」


 俺は凪のステータスを見る。

 そしてそこには、狂信の文字――闇の眼による精神支配状態だった。

 ハデスを睨むが、ハデスは俺に背を向けた。


 凪は、ゆっくりとベッドに向かってそして眠ってしまった。

 精神支配は受けているが、それ以外に外傷などは与えられていない。その点は安心した。


「少し歩こうか」

「…………あぁ」


 俺はハデスと共に部屋を出て、その後ろをついていく。

 隙だらけに見える。

 だが、それは余裕の表れだろう。だがわからない。


 なぜなら、神の眼でハデスのステータスを見ても。


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 まるで黒塗りされたように何も見えなくなっていた。


 何もわからないのだから。神の眼で見通せない力。

 一体何者なのかもわからない。


 だから俺はついていくしかなかった。 

 それにハデスが話したいと言っているのなら話すべきだと思ったからだ。


 俺達は無言で歩く。

 そしてついた場所は、まるでRPGで見るような玉座の間だった。

 大きな椅子、派手な装飾、威厳のある石像。

 その玉座に座らず、ハデスは俺と同じ目線でこちらを見る。


「まずは挨拶をしようか、僕はハデス。会うのは初めましてだね……ここは僕の居城だよ」

「居城……俺は、天地灰で……だ!」


 丁寧な言葉に、思わず敬語を使いそうになる。

 だが今から俺はこの人と殺し合いをする。情なんていらない。 

 俺達は向かい合う。

 俺はハデスの眼を見るし、ハデスも俺のこの眼を見つめる。


 俺は睨んでいた。

 しかし、ハデスが俺を見る眼は。


「ふっ、本当に……ランスロットに似ているな」


 優しかった。

 殺さなきゃいけない敵なのに、ハデスの眼は俺が今まで見てきた優しい大人たちと全く同じ眼で俺を見る。


「まずは単刀直入に言おう。その眼を……渡してくれないか。所有者である君なら、適合者を僕に変えることができる。神の眼がアーティファクトであることは知っているね?」

「あぁ。でもそれは、逆に言えば、力づくでは奪えないってことだろう? 俺は……譲る気はない。でも……まずは教えて欲しい。なんで神の眼が欲しいんだ。AMSは……魔力欠乏症の治療方法はあるだろ」

「…………そうだね。君にはすべてを話そう。世界の真実を」


 次の瞬間、ハデスが手を上にかざす。

 そして黒い波動が、その手から放たれて城の天井が貫かれた。

 

 天井に空いた穴からは空が見えた。

 おそらくはキューブであろう黒い壁、その壁が俺の視界を通すように丸く穴が開く。

 その先には本来であれば青い空が見えるはずだ。

 しかし、そこは黒かった。黒と言うより、暗かった。


「宇宙……やっぱりお前は月にいたんだな」

「そうだよ、君たちに見つかるわけにはいかなかった。僕が神の体と安全に適合するには、ここが一番だと思ったからね」

「なんで俺がこのタイミングで…………いや、そうか。レイナか」


 アテナさんの計画では、ハデスが神の体と融合を始めたときに俺を呼んで融合が終わる前に戦う予定だった。

 しかし、ハデスはそれを知っていたし、準備は周到だった。

 理由は一つ。その作戦を知っていた。それはおそらくレイナから聞き出している。


「そうだよ、モードレッドがレイナちゃんを捕まえたときにね。まぁそれが目的だったんだけど……そのとき、こっそり闇の眼で作戦を聞きだした。そして闇の眼は解除した。レイナちゃんには全て忘れろと命令してね」

「その眼は、記憶まで操れるのか……でも神の体の適合には、一月かかるんじゃなかったのか。まだ二週間ちょっとしか立ってないはずだ」

「アーティファクトが適合するには、血を適合させる必要がある。君も神の眼を手に入れたときに、随分と時間がかかっただろう? 神の眼自体は力を制限されているから一週間ほどだったはずだ。しかし神の体は確かに一月かかる。ただし……現在の適合者と血が繋がっていれば別だ」

「オーディン……」

「いいね、察しが良くて。そう……アテナの父。白の神ゼウスは僕の兄だよ」


 やはりそうだった。

 ハデスとアテナさんの父親――白の神ゼウスは兄弟関係にある。

 なら血が繋がっているのも当然で、アーティファクト『神の体』との適合時間が短縮されたのだろう。


 なら、ハデスのステータスが見えないのは、その神の体が原因だろうか。

 だとすれば、あの強さもおそらくは神の体のせいだ。

 アテナさんが言っていた。神の眼が全知であり、神の体は全能であると。

 二つが揃い全知全能となった状態では、誰も勝てないとも。


「じゃあ、話しを戻そう。天地灰、僕たちの星が見えるかい? 君にそれを見せたくてここに連れてきたんだ」


 俺は空を見上げる。

 青い星、月からでも肉眼で見える美しい星がある。

 そして、その星を強く見つめたとき、俺は言葉を失った。


「……まさか」

「そうだよ、見えるよね。僕たちの星のステータスが」

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