第155話 白と黒、そして灰色ー4
◇
日本、東京。
5年前の黒の帝国の出現から支配されている地域。
元々はモードレッドによって統治されていたが、今は違う。
すでに人類のいないこの大都市は、黒の帝国の本拠地として稼働している。
なぜこの地を帝国が選んだのか。理由は明白。
この日本という国が、かつて白の国として栄えていたからに他ならない。
「おかえりなさいませ。アーサー団長」
都庁。
かつて東京の中心であった建物の中で、円卓達が出迎える。
出迎えたのは、黒の帝国、騎士団長アーサー・ペンドラゴン。
帝国最強であり、アテナによってほんの少し未来に飛ばされた男。
「ははは! ぬかった、ぬかった。さすがは神の一族。相変わらず反則だな。しかしもっと未来に飛ばされたらどうしようかと思ったが……」
そしてアーサーが展望台に向かう。
そこには一人の男が、窓際に立っていた。
静かに、地上を見下ろしている。
「間に合ったようですね。ハデス様」
「…………体調はどうだ?」
その男は、振り向き、アーサーを見つめそして首を振った。
アーサーはそうかと呟き、その隣に立つ。
二人は、地上を見つめる。
眼下に広がる廃墟となった東京、そして黒の騎士の軍勢と。
「計画通りですね」
「あぁ、今日すべてが始まる。もうすぐ……会える。娘に……もう一度」
白い騎士、そして灰たちを含めた人類解放軍だった。
◇
作戦当日。
俺の目の前には、黒の騎士団とその本拠地と化した東京都庁。
田中さん達の調査によれば、5年前彼らは真っ先にこの地を占領したそうだ。
少し離れた場所の渋谷でモードレッドを倒したのを思い出す。
あの場所で全て始まった。
黄金のキューブ、そして神の眼。そこから本当にいろんなことがあった。
俺はゆっくり目を閉じる。
「…………雨だ」
空を見上げると、雨が降ってきた。
「晴れるさ、きっと……すぐにね」
「ミラージュさん」
俺の肩をミラージュさんが叩く。
後ろを振り向くと、神の騎士団がいる。
そして、彩が俺の隣に来た。
「灰さん、これが終わったら……約束のデートですよ」
「…………そうだな。まだ一回しかしてないもんな。絶対にしよう」
「はい!!」
にこっと彩が笑う。
「うぉ!?」
すると、後ろからとんでもない柔らかい感触。
振り向……けないが、これは。
「灰、絶対に勝とうね。そしたら三人でだよ」
「レイナ! こ、こら! 緊張感が!」
まったくこの子はずっとマイペースだな。
ずっと……俺を元気づけてくれる。何があろうと、きっとそばで寄り添ってくれる。
だから俺は、ぎゅっとレイナを抱きしめた。そういえば初めてかもしれない。
俺からレイナを抱きしめたのは。
「ふぇ!?」
「レイナ、ありがとう」
「…………うん」
にこっと笑うレイナ。
俺は大きく気を吸い込んだ。覚悟はできた。
あとは勝つだけだ。
「さて、いつもは私が言うんだが……今日は、灰。君に頼もうか」
「はい!」
ライトニングさんが俺を見る。
戦いの開始の合図。開戦の火ぶた。
だから俺は後ろを振り返り、皆を見る。
おとといからのどんちゃん騒ぎで、心を一つにした神の騎士団と現代の攻略者達だ。
話したこともない人がたくさんいたが、昨日はお酒を飲み交わした。まぁ俺は18歳なのでジュースだったが。
たくさん話した。
みんな、家族がいる。
守るべき人達がいる。
勝たなければならない理由がある。
そのためなら命を懸ける覚悟は、みんなできていた。
俺もそうだ。凪を取り返すために、世界を取り返すために絶対に勝つ。
誰も死なせたくない。
しかし、どうしても今から……間違いなく何人かは死ぬのだろう。
ここで二度と……そして一生会えない人もいるのだろう。
そう思うと、胸が張り裂けそうになる。
本当は戦いたくはない。でもこれは戦争だ。
俺は少し距離のあるところで待機している非戦闘員の田中さん達もみる。
守りたい人達を見る。
大きく息を吸って、こぶしを握った。
言いたいことは昨日たくさん語った。だから今はこれだけでいい。
「…………勝ちましょう。そして……もう一度、みんなで笑って宴会をしましょう」
俺は心臓にこぶしを当てた。
みんなもそれに合わせて、頷いた。
「ライトニングさん、じゃあ……作戦通りお願いします!」
「承る」
ライトニングさんが頷き、直後魔力がその体に纏われる。
バチバチという音とともに、そして走り出す。
スキルではない。ただ速い。
そして跳躍し、都庁の真ん前に浮く。
そして、発動するスキルは、ライトニングさんが持つ最大最高火力の大技。
ライトニングさんがまるで龍のような雷となる。
「サンダーボルト!!!!」
激しい雷が都庁を貫く。
迸る雷、それが開戦の合図だった。
次々と現れる黒い騎士達、そして神の騎士団との戦いは始まる。
「……さて、次で倒れるかな?」
ライトニングさんが、もう一度雷を纏う。
そして、発動したサンダーボルト。しかしそれが都庁を貫くことはなかった。
それどころかはじき返されて、弾丸のような速度で誰かが飛び出してきた。
筋骨隆々、アーノルドさんよりもまた一回り大きな体躯。
アーサー・ペンドラゴン。黒の帝国の騎士団長だった。
そのアーサーがライトニングさんに向かって飛んでいく。
切り結び、衝撃波だけでガラスが全て叩き割れる。
「久しいなぁ!! ライトニング!!」
「アーサァァァー!!」
かつての最強同士がぶつかり合う。
そしてその後ろから円卓の騎士達や、黒の帝国の上位騎士達が次々と現れた。
神の騎士団の団員が、切り伏せられそうになる。
しかし、そこに現れたのは幻影。
「おっと、君たちの力はぜんーぶ知ってるんだよ。今度は勝たせてもらう」
次々と各地の戦力を逆転させていく。
「いこう、彩! レイナ!!」
「うん!」
「はい!!」
そして俺達三人は、都庁の中へと進む。
ハデスがここにいるかどうかはわからないが、きっとこの中にいる。
でなければ、ただアーサー達が敗北して終わるだけだ。
アテナさんの言う話では、神の体に融合するのに一月近く。
ならまだ融合は終わっていないはず。
今日ここで、ハデスを叩く。
だが、中はもぬけの殻だった。黒の騎士達は外に出ているので全員なのだろう。
「…………ここじゃないのか? ハデス……凪」
「灰さん、最上階にいきましょう。ラスボスは最上階にいるものでしょ?」
「……そうだな」
俺達は最上階へと駆け上がった。
順調……だった。
怖いぐらいに。
その順調さが、俺には不気味に感じた。
そして何の障害もなく、俺達は展望台へと到着した。
そこで俺達を待っていたのは、黒い髪でまるで物語に出てくる王子のような。
「初めまして……天地灰。僕はハデス」
ハデスと名乗る……。
「俺を騙せると思っているのか、ビビアン」
ビビアンだった。
「あらぁ……もうほんっと、面倒な眼ね。スキルだけじゃなくて、魔術も、魔力も、何もかも看破する。ほんっとに……羨ましい。世界の理を知れるなんて」
「ハデスは……いや、凪はどこだ!!」
「飛んでみたら? ライトニングで」
「二度同じ手に引っかかるわけないだろう」
「そう思わせるための襲撃だったのかもよ?」
「…………」
俺は剣を抜いた。
ビビアンは笑った。
「俺は……凪のためなら容赦なくお前を倒せる。いいんだな」
「どうぞ。でも、あなたに無抵抗な女を殺せるのかしら? 清廉潔白で、自分こそが正義だと思い込んでる神の騎士さん」
「…………どういうことだ」
「別に。あなたって何も知らないんだなって思っただけ……大層な眼を持っても何も見えないの?」
俺はその眼でビビアンを見た。
そして気づいた。
「…………お前」
にやっと笑うビビアンは、短剣を抜いて走ってくる。
レイナと彩が前に出た。
でも俺はそれよりも前に出て、そして剣を振り切った。
ズシャッという音、人体を切った嫌な感触。赤い血が流れて、ビビアンは倒れた。
抵抗は一切ない。
なすすべもなくビビアンは切られた。
直後、俺は剣を捨てて、ビビアンを抱え上げる。
「なんでだよ!!」
そして叫んだ。
力なく項垂れるビビアンは、軽かった。
俺はこの軽さを知っている。この冷たさを知っている。
そして、神の眼で見たステータスには、ビビアンがAMSであることが示されていた。
「ミラージュさんに聞いてる。お前たちはAMSの治療方法が知りたくてこの眼を欲していたって……でもこの時代には治療方法がある!! 自暴自棄になんてなる必要はないのに!」
ミラージュさんから過去のことは聞いている。
AMSの治療方法、そしてそれを伝えることを拒んだ白の国。
理由はわからないが、アテナさんの父からの遺言だったと。
「治療方法……確かに、昔はそれを追い求めたわ……毎日毎日……ハデス様を助けたくって……あの人の苦しみを取り除いてあげたくって……」
「ならなんで!!」
「真実はもっと……残酷だった。それだけ……それにね、自暴自棄になんてなってないわ。これで全てが始まるのよ。そう……ですよね…………ハデス様」
そしてビビアンは目を閉じて命を落とした。
すると黒い粒子がビビアンから溢れる。
まるでキューブを攻略したときの白い光の粒子のような。
それは魔力だった。
一体どこにいくのか、空へと昇っていこうとする。
「灰さん……あれ……」
彩が外を指さしていた。
俺もその方向を見る。窓の外、眼下に広がる戦場。
そこでは多くの黒い騎士達が倒れている。
そこから黒い粒子――魔力の塊がとんでもない量、溢れていた。
天高く昇り、雲を突き抜ける。ガラハッドのときもそうだった。
一体どこに…………まさか!?
「彩、レイナ! 下がれ!!」
雲の向こう側に、神の眼に映る魔力の塊。
見たことのない程の巨大な魔力の塊が、曇天を突き抜けて落ちてくる。
隕石のような速度で、落下して、周囲すべてを吹き飛ばす。
今の衝撃だけで一体何人死んだかもわからない。
俺はレイナと彩を抱きしめて、真・ライトニングで一度距離を取った。
そして砂煙が晴れて、そこに立っていたのは。
「さぁ、始めよう。天地灰……どちらにも正義など無い聖戦を」
黒い髪、貴族のようで、そしてまるで王子様のような容姿端麗な男。
一目でわかった。
黒の帝国の皇帝。
すべての元凶。
俺が倒すべき相手。




