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第151話 世界を覆う闇ー5

 そこからのハデスの動きは信じられないほどの速さだった。

 元々は戦いが嫌いだったハデスは、人が変わったように侵略戦争を開始した。


 しかし、その強さはかつては、世界最強の兄と並ぶほどの強さを誇っている。

 抵抗する国を次々と支配化に加えた。


 そしてハデスは周りの国々を飲み込み、自らの国を、国ではなく帝国と名乗る。

 黒の帝国――皇帝ハデスと呼ばせるようになった。


「ハデス様。赤の国も全面的に降伏しました。モードレッドという男を代表として円卓に加えようと思います。中々面白いスキルを持った男です。性格にちと難はありますがな」

「そうか。わかった。よくやったな、アーサー。さすがだ」

「いえ。あの国も魔力欠乏症に悩まされていましたから。守り神でもある龍の一族も迎合するようです。帝国はますます精強になりますな」

「あぁ……あの国と戦うには、まだ心もとないがな」

「して、あの計画は? そちらが成功するなら侵略戦争などせずとも済むのですが」

「あぁ、選定が終わった。才能に満ちている。あの子なら……きっとやってくれるだろう」


 アーサーとハデスは、別室に向かう。


 そこには、円卓の席が用意されていた。

 征服した各国から代表となる一名の騎士を選出し、座らせた円卓。

 ハデスの配慮でもあった。


「ハデス様、お待ちしておりました」

「マーリン。選定ご苦労だった」

「いえ……」


 マーリンが頭を下げて、そして視線を誘導する。

 ハデスはその先を見る。

 そこには。


「お前が、ランスロットだな」

「はっ!」

 

 一人の少年が跪いていた。

 黒い髪に、力強い目。そして若さと才能に満ちていた。


「では、マーリン。始めよう」

「はっ!! ランスロットよ。我が帝国で一番才あり、いずれ円卓に座る子よ」


 マーリンは闇の眼を発動し、その少年に命令した。


「白の国へと潜入し、白き神の騎士となれ。その時までこの記憶は封印する。今日からお前は白の一族だ。命を賭して神の騎士を目指せ。そして騎士となった時」


 ハデス、そして円卓達はその少年に願いを託した。


「──神を殺せ」


 神の眼を手に入れるために。

 そして今なお、眠らせている守りたい者のために。



◇現在


 ハデスの話を凪は静かに聞いていた。


「少し長くなったね、紅茶を入れようか」

「…………あの。なんで私にそんな話をしてくれるんですか」

「君には先に知ってほしかった。我々の願いを、我々の意思を。今後どうなろうとも、我々は我々の正義で戦っているということを。神の眼を持つ天地灰の妹……最も近しい血を持つ者だからね」

「血?」

「あぁ、血だ。凪ちゃん……神の眼とは何か知ってるかい?」

「…………アテナさんからお兄ちゃんが受け継いだスキルです。ステータスが見えるという……力を持ちます」

「神の眼は、スキルなんかではないよ。聞いてないかな? 天地灰から神の眼を手に入れたときのことを」


 そう言われて凪は思い出す。

 いつだったか、灰と一緒に寝てた時だ。

 灰は、黄金のキューブでの出来事を凪に話していた。


 そして最後に、台座の上に置かれた何かに触れたら神の眼を手に入れたと。


「少しだけ……覚えています」

「そうか。じゃあ、凪ちゃん。アーティファクトという言葉を知っているかな?」

「もちろん知っています。彩さんの力ですから」

「では血を媒介とすることも? アーティファクトは適合者の血によって生み出される。まぁ遺伝的情報を取り込めればそれでいいのだが……それは知ってるね?」

「…………はい」

「なら適合者の変え方は?」

「…………」

「警戒しなくていい。僕は知ってるからね。アーティファクトは、適合者の意思があれば別の人を適合者にできる。ただし、作り変える分。結構時間がかかるけどね」

「…………彩さんもそういってました。最近できるようになったって」

「あぁ、アーティファクトのレベルが最大になったからだろうね」

「それが一体なんなんですか」

「じゃあ、最後に一つ。これは知らないかな? アーティファクトは……血を分けた兄弟ならば適合者として扱われる。しかし、兄弟ならば完全に適合者として扱われる」

「そ、そうなんですね。知らなかったです。…………それがどうしたんですか、なぜ神の眼とアーティファクトの話を…………!?」


 すべてを悟った凪は、目を丸くする。

 ハデスは紅茶を凪の目の前の机に置いて座った。


「そうだ。神の眼とは、アーティファクトだ」

「まさか……そんな」

「では、話そうか。我々の計画と、そのすべてを見事にひっくり返した白き姫と最優の騎士の物語を」



◇久遠の時代


 ハデスの計画は順調に思えた。

 遂に黒の帝国は、白の国以外すべてを飲み込んだ。

 戦力的には五分以上の戦いができる。


 だができれば母国を亡ぼすことは、ハデスも望んでいない。

 欲しいのはただ一つ、神の眼だけなのだから。

 

 だからこそ、この戦力はもしもの時の備えでしかなかった。

 本命は別にある。


「では、計画どおりに」

「うん、任せて、叔父さん。多分……父は、今年持たない」


 白の国、森林に囲まれたとある館。

 そこにハデスは訪れていた。

 密会していたのはゼウスの息子、オーディンだった。


 アテナの兄であるオーディンとハデスは、密会を重ねていた。


「そうか……それで、体調は大丈夫か?」

「うん、まだ大丈夫。でも……もう体が動かなくなってきた。すごく…………怖いよ」

「大丈夫。きっと叔父さんが助けてやる」

「うん」


 オーディンが兄ゼウスと同じく魔力欠乏症であることを、ハデスは聞いていた。

 そこから計画は始まっていた。

 

「父さんの遺言は、神の体を僕に。そして神の眼を妹のアテナに渡すと」

「そうだろうな。魔力欠乏症でも神の体を持てば多少は動ける。君のことを気遣うなら当然の選択だ」

「それだけじゃないみたいなんだ。どうしても……父さんは僕に神の眼を渡したくない様に思える」


 本来であれば神の体と神の眼は、後継者に渡すことになる。

 だが、ゼウスはその二つを分けると言い出した。

 元々ハデスの計画で、その二つを分けるために動いていたが、思わぬ誤算でもあった。


「…………やっぱり何かあるんだな」

「うん。魔力欠乏症には……秘密がある。父さんは、治療方法がないと言っているけど、きっと……神の眼でしかわからない秘密があるんだ。だから……心の弱い僕に……神の眼を渡してはいけないと思ってるんだと思う」

「お前は強いよ。深い闇のような……この魔力欠乏症と戦おうとしているんだから」

「…………うん」


 ハデスはオーディンの手を握った。

 それは心からの言葉でもあった。ほとんど関わってこなかったとはいえ、甥だ。

 守ってあげたいし、助けてあげたいと本当に思っている。

 しかし、そのために犠牲にしなければならない子もいることもわかっている。 


「それで、血の盟約は?」

「かけたよ。僕は神の体を譲渡してはならない。譲渡する場合は、アテナの許可が必要とね。あとは父が崩御したとき、そのままもらう手筈になっている」

「よし。順調だな」

「うん。ねぇ、叔父さん……アテナは優しい子だよ。きっと……わかってくれると思うんだ」

「…………あぁ、もちろん。僕も会話で解決するのが一番望ましいと思ってる。大丈夫、きっとうまくいく。じゃあ……手筈通りに」

「うん」


 

 そして数か月後。

 白の神ゼウスは崩御した。

 国中が悲しみに包まれたが、遺言通り神の体はオーディンに、そして神の眼はアテナへと渡った。

 

 オーディンは病気を理由に、神の体を受け取ったと同時に、放浪の旅へ。

 アテナは、白の神としてその国を治めることとなった。

 そして白の神には、護衛となる神の騎士が選ばれることになる。


 アテナは、黄金のキューブで彼を待った。

 ランスロットを待っていた。

 それが、ハデスの計画通りとも知らずに。


 そして計画通りにハデスの下へとやってきたオーディン。

 ハデスは、その魔力を使って、スキル『闇の眼』を発動した。


「僕に従え。オーディン」

「…………わかりました」


 血の盟約と呼ばれる契約スキル――その欠点は自分の意思を介在させなければ発動しないというものだった。

 闇の眼で操ってしまえば、問題なくすり抜ける。

 その穴を知っていたからこそ、ハデスは血の盟約を交わさせて、白の国の上層部を納得させた。


 こうしてハデスは神の体を手に入れた。

 あとは神の眼を手に入れるだけ。

 その計画はすでに始まっている。


「すまない、オーディン。叔父を許してとはいわない。恨んでくれ……だが、君の妹は……アテナは拒んだんだ」


 ハデスはアテナにも対話を望んだが、神の騎士団の護衛が厳重で叶わなかった。

 しかし手紙だけは送ることができた。神の眼で魔力欠乏症の真実を見て欲しい。


 その返答は、否。

 わかっていたことだった。

 アテナはおそらく、神の眼と共に兄ゼウスから魔力欠乏症の真実を伝えられている。

 間違いなく神の眼を譲ったりはしないだろう。譲らないからこそ、兄はアテナに神の眼を渡したのだから。


 だから、もう選択肢は一つしかなかった。



「ランスロット、神を殺せ」


 しかし、一つだけ誤算が起きた。神の試練を突破し、ランスロットは見事アテナの目の前に。

 その黄金色に輝く瞳を見て、使命を思い出し、切りかかろうとした。

 だが不屈の心が、闇の眼を抑え込み、そして。


「汝、その忠誠を永劫に、大いなる正義のため、我が剣となり盾となることを誓うか」

「…………我が忠誠、未来永劫に姫様に捧げます」


 ランスロットに、アテナが神の眼を譲渡した。

 代々一族が注いできた秘宝・アーティファクトの神の眼をアテナは、ランスロットを適合者にしてしまった。

 ここでハデスの計画は破綻した。


 ランスロットの不屈の心と、アテナの禁忌を犯してでも愛する人を助けたいという気持ちで。

 そのとき、ハデスは怒った。

 計画が失敗したからではない。

 

「なぜ……絶対の禁忌を犯してでも助けたい人がいるのに……その気持ちがわかるのに……なぜ世界を救わない!!」


 自分達と同じように、愛する人を助けるためなら手段を択ばないはずなのに。

 なぜ、神の眼で魔力欠乏症の真実を見ることだけを拒絶するんだと。


 黒の帝国の玉座を壊し、城すら壊しかねない剣幕で怒るハデス。

 そこにアーサーが走ってきた。


「ハデス様! 姫様が……フェーズ3に……」

「――!?」

「時間がありません。いつ……その命が終わるか、わかりません」

「…………」


 そのとき、ガラハッド含める円卓の騎士が次々と現れた。

 そして全員がハデスを見る。


 世界を蝕む魔力欠乏症患者は、すでに全世界の人口の1割以上を暗い闇に堕としていた。 

 

「ご決断を、ハデス様」


 跪き、ハデスを見る円卓。そして帝国の上層部に、迎合した各国の長達も同様に。

 それを見て、ハデスはこぶしを握り、ゆっくりと口を開いた。


「白の国の強さは、別格だ。ここにいるアーサーや、ガラハッドと同等の騎士達が何十人といる。それが神の騎士団だ。世界最強の国だ」

「ゆえに、我らは剣を磨いてきました。ご命令を!!」

「たくさん死ぬだろうな……」

「何もせず死ぬよりは、ずっとましです」


 大きく息を吸い、そしてハデスは天井を見上げた。

 最終手段として用意はしていた。だがその決断はあまりに重い。

 白の国と、それ以外すべての国の戦争だ。死者数は数えきれないだろう。


 しかし、このままでは魔力欠乏症で世界ごと滅びる。

 だから。


「黒の帝国騎士団長! アーサー・ペンドラゴンに命ずる!!」

「はっ!!」

「全軍をひきいて、白の国に侵攻せよ。そして……」


 その眼に涙を貯めながら、覚悟を決める。


「――神を殺せ」


 円卓達は立ち上がり、各国の軍も出兵した。

 ここに全世界を巻き込む最終戦争――ラグナロクは始まった。

 


◇現代


 凪はただ唖然とその話を聞いていた。


「後は君も知っているとおりだよ。僕たちは最強軍事国家、白の国をあと一歩と言うところまで追い詰めた。しかし、アテナの魔術で封印されてしまった。神の眼を手に入れることはできず、そして未来へと飛ばされた。そして君たちの物語が始まったんだ」

「…………そんなことが」

「そしてね。アテナが封じたのは一定以上の魔力を持つ者全て。つまり……アーちゃんを含む魔力欠乏症の患者はあの時代に置いてけぼりだった」

「――!?」

「どう思っただろうね。暗くて何も見えない闇の世界で、ずっと僕の帰りを待っていたアーちゃんは……みんなは……どんな思いで死んだんだろうね」


 それを聞いた凪は胸がぎゅっと痛くなった。

 その気持ちが痛いほどにわかるから。

 自身もAMSの恐怖は知っている。兄がいたからこそ立ち向かえたが、ずっと誰もいなくて一人であの闇の中だったとしたら。


 気づけば凪は泣いていた。

 それを優しくハンカチでふき取るハデス。


「君たちは巻き込まれただけだ。申し訳ない」


 すると凪が立ち上がる。


「ま、魔力欠乏症の治療方法ならあります!! その……ヘラさんと、アナスタシアさんはもう……でも! 治る方法はあります!!」


 もしかしてハデス達は魔力欠乏症の治療方法が知りたいだけなのでは?

 だとすればそれはすでに灰が見つけている。

 それを伝えれば戦争は終わるはずだと。


「知ってるよ」

「え?」


 しかし帰ってきた言葉は予想外の言葉だった。


「魔力欠乏症の治療方法は知ってる。魔力石を最下級から粉砕し、血で混ぜて輸血する。君のお兄さん、天地灰が見つけてくれたアッシュ法だね」

「そ、そうです! だからもう争わなくていいはずです!」

 

 しかしハデスは首を振った。


「かつては気づかなかった。でも今ならわかる。兄ゼウスが……そしてアテナが……なぜ魔力欠乏症の治療方法を教えるのを拒んだのか。それが意味のないことだとわかっていたからなのだろうね。それどころか仲間内で殺し合う未来しか待っていない。でも僕は答えを見つけた」

「え?」


 そしてハデスは立ち上がった。

 凪の眼を見る。


「ここで静かに眠っていてくれ」

「え…………あ……」

「天地灰は、神の騎士だ。あの試練を超えた黄金の魂を折るのは無理だろう。でも……君は所詮ただの女の子だ。心苦しいが……いくらでも方法はある」


 凪は目を閉じ、眠った。

 

「ごめんね。どうしても神の眼が必要なんだ。天地灰の血を分けた妹である君なら神の眼の適合者でもある。そして僕に譲渡してもらう」


 凪を運び、ベッドに寝かせるハデス。

 扉を開けて、部屋の外に出る。


 長い廊下を歩き、そして城の外に出た。

 城の外には壁があった。

 黒い壁、まるでキューブが城を取り囲んでいる。

 

 ハデスはキューブごしに、空を見上げる。


「神の体の適合も、もう終わる。君たちは一月かかると思ってるんだろうね。だが、違うよ。神の体の適合者、オーディンと僕は叔父と甥とはいえ、血が繋がっているからね。一月も適合にかからないんだ。アテナはそれを知らなかった。僕が叔父であることも知らないんだから仕方ないね。君たちが生まれるずっと前に追放されたんだから」


 ハデスは黒いキューブごしに、空を見上げる。

 ぐっと跳躍し、キューブに触れると波紋が脈打ち、するりと貫通して外に出た。

 そしてキューブの外からもう一度空を見上げる。


 そこには青い空や白い雲などどこにもなかった。

 その見据える先には。


「その眼……必ずもらい受けるよ。天地灰」


 青い地球が映っていた。

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