第149話 世界を覆う闇ー3
凪は警戒し、思わず立ち上がった。
しかし、何も言わずこちらが落ち着くまで、優しく微笑むハデスに少しずつ心を落ち着けていく。
「ハデス。つまりあなたが……黒の帝国のボスですね」
「そうだね。僕がそうだ。君たちの世界を侵略し、支配したのが僕だよ」
まっすぐと自分の眼を見て、そういうハデス。
凪は、大人しくその場に座った。
「私を攫ってどうするつもりですか」
「ふっ……そんなの決まってるじゃないか。さぁ、服を脱ぎなさい」
そういってハデスは、にやりと笑った。
まさか自分の体を!? 凪はその少しゲスな笑みを浮かべるハデスに身の危険を感じた。
しかし抵抗しても無駄だ。今自分にできることは素直に言うことを聞いて、生きながらえること。
だから……。
「ふふふ、最高だよ。君は最高だ! 凪ちゃん!! さぁ! もっとだ!!」
「はぁはぁ……も、もう……つかれ……」
「いや、まだだ! さぁ!! 次は…………」
そういってハデスは凪に手渡した。
「このフリフリの花柄ドレスをきてもらおう!!」
「もう100着以上着てますよ!! 一体何の時間なんですか!!」
煌びやかなドレスを。
なぜか凪は、ハデスの要望によってドレスを着たり、黒く長いウィッグを着せられている。
部屋には、凪が着せ替え人形のように着せられたドレスや装飾品が散乱していて、当のハデスは、なぜかカメラを片手に興奮していた。
しかし、着替え中は外に出る紳士さはある。
「はぁ……着替え終わりました」
そういうと、扉が勢いよく相手、ハデスがカメラを構える。
「最高だ! 可愛い! 超可愛いよ!! 笑顔ちょうだい! にこっと!! うーーん!! プリティ!!」
「あ、あの……なんなんですかこれ。あとなんでカメラもってるんですか。しかもそれめっちゃ高いやつじゃないですか」
「いいよね、カメラ! ナイス発明! スキル無しでこれをやるなんて、とんでもない努力の結晶だよね! 君たちの文化は色々面白い!」
ぐっとサムズアップするハデス。
凪は意味が分からなかった。
なぜ自分は着せ替え人形をさせられている? なんでこの人はこんなにテンションが高いんだ?
「さぁ、次はこれだ!」
「ハデスさん!!」
さらに手渡された服、それを受け取らずに凪は少し乱暴に押し返した。
その行動は、敵の総大将にするにはあまりに失礼だったが、凪がそれほど警戒を解いてしまうほどに、ハデスという男は大きく柔らかく、そして優しさすら感じてしまう男だった。
「だめ……かな……」
「…………」
すると少し悲しそうにするハデスを見て、凪はどうしてかそのお願いを聞いてあげたくなった。
その声が心から寂しそうに聞こえたからだ。
そして着替えて、カメラを向けられる。
凪はハデスを見る。そして目を見開くように驚いた。
なぜならそのカメラの向こう側のハデスが、泣いていたからだ。
そしてひとしきり撮影が終わった後。
「ありがとう……凪ちゃん。とても……楽しかった」
「あ……あの……」
ハデスが凪をソファに座りなさいと、手で指示した。
大人しく凪がソファに座り、そしてハデスが紅茶を入れた。
受け取って飲むと、美味しくて温かかった。
「いきなりでごめんね。君は……アーちゃんにとても似ていたから」
「アーちゃん? 誰ですか?」
するとハデスはその胸にかけていたロケットの首飾りを外して中をみせる。
そこには髪の色が違うが、確かに自分に似ている女の子が眼を閉じて映っていた。
年は同じぐらいだろうか。
その隣には、綺麗な女性の写真も。
「僕の妻と娘だ。この部屋はね……娘のアナスタシアの部屋だったんだ」
「だった? お二人はどこに?」
「二人とも死んでしまった」
「――!?」
「……魔力欠乏症。君たちはAMSと呼んでいるんだよね。ヘラも、アーちゃんも、魔力欠乏症で死んだんだ」
「――!? ど、どうして……」
凪はハデス達が遠い過去にいたことは知っている。
しかし、なぜと思ったが考えてみれば魔力欠乏症はそもそも魔力があるから発生する。
なら魔力が一般だった過去こそ発生してもおかしくはない。
「君たちはアテナから何も聞かされていないよね。だから話そう……久遠の歴史を。僕からしたら数年前で、君たちからしたら遠い遠い……あの日始まった僕たちの戦いを」
◇久遠の時代
「ハデス、お前を追放する」
「わかったよ……兄さん」
世界は八つの大国が支配していた。
赤の国、蒼の国、緑の国、山吹の国、紫の国、琥珀の国、浅葱の国、白の国。
それぞれ特徴的な眼を持つ種族であり、魔獣たちを従え、また共存しながら繁栄していった。
中でも白の国は、神の騎士団と呼ばれる別格の強さを誇る騎士達が住む国だった。
そんな国の神――つまり長に、並外れた力を持つ兄弟が生まれた。
兄のゼウス、そして弟のハデスだった。
二人の強さは凄まじく、列国にその強さは即座に広まった。
誰もが二人が白の国を盛り立てていく。そう思っていたが、そうはならなかった。
不運だったのは、二人の幼馴染でもあるヘラという女性を二人共が愛してしまったことだった。
兄弟の仲はこじれた。
なぜならヘラは弟のハデスが好きで、ハデスもヘラが好きだったから。
半ば喧嘩別れのように、ハデスは家を……そして国を追い出された。
だが。
「な、なんで!?」
白の国を出て、放浪していたハデスを待っていたのは。
「あ、やっときた! もう、遅いんだから!」
「ははは! 我々を置いていくとは寂しいではありませんか。ハデス様!」
「ふん! 俺は仕方なく……ですよ」
ヘラ、アーサー、ガラハッドの三人だった。
ヘラは言わずもがな。
アーサーとガラハッドはともに剣を磨いたこれもまた幼馴染であり、自分の護衛でもあった。
「みんな……」
「さぁ、いこ! ここから始まる私たちの国造りよ! ね、王様」
ヘラは、ハデスの手を引いた。
「ははは! なんだかワクワクしますな!」
アーサーは、背中を押した。
「ふん! 遊びじゃないぞ、アーサー」
ガラハッドは、少し仏頂面で、しかしそれでも少し嬉しそうに横を歩いた。
思わず泣いてしまったハデスは、この仲間たちのためにも住みよい場所を作ろうと奮闘した。
20年以上の月日が流れた。
気づけばハデスの村は、村から街へ、そして国へと成長を遂げていた。
人口は100万人近くにまで増えていた。
理由はハデスが誰でも受け入れたからだ。
追放された自分。
同じように住む場所がなかった人を積極的に受け入れ続けた。時には別の種族もだ。
しかしハデスはどの種族を家族のように扱い、時には自ら前線にでて、戦い続けた。
元々最強レベルのハデスと、アーサー、ガラハッドの強さは凄まじく、気づけば国は大きく、列国も無視できないほどに強大な軍事力を誇るようになっていく。
そんなある日のことだった。
「魔力欠乏症? なんだそれは」
書斎で書類仕事をしていたハデスの下へ、ガラハッドが報告しに来た。
その内容は、見たことも聞いたこともない病気が国内で確認されたということだった。
「とても珍しい症例ではあるが魔力が失われているように見えます。ゆえに魔力欠乏症と名付けました。症状は、魔力欠乏状態に似ています。体が動かなくなり、気絶するように眠る。しかし、違うのは自然に魔力が回復せず、最終的には死に至る……そんな症例のようです」
「…………奇病か。原因は?」
「不明です。発生条件も治療方法も全てが不明。わかっていることは魔力が関係しているということだけですが」
「魔力……確かに魔力を使い切れば気絶するように眠ってしまう。指一つ動かなくなって……しかし魔力は自然と回復するものだろう?」
「だが回復しません。といってもまだこの国で数人発生した程度ですが。しかし調査は必要でしょう」
疫病というものは国を亡ぼす。ガラハッドは至急調査が必要だと思い、自らハデスに進言しにきた。
ヒールの魔術では、細胞を活性化させるだけなので治らない病もある。
この時代でも疫病は脅威とされていた。
「わかった。すぐに対処する。報告ありがとう、ガラハッド。いつも助けられているよ」
「いえ……では、練兵がありますんで」
「はは……ほどほどにな。あ、そうだ。セレナとは順調なのか? キスぐらいしちゃった?」
「な、なにをいうのですか!?」
「あはは、堅物だなぁ」
そのときはまだハデスは……いや、世界はその病に対して大した脅威を感じていなかった。
「ハデス様! 行きましたぞ!」
「パパあそぼ!!」
すると扉をバン! と開けて入ってきたのはハデスとヘラの子――アナスタシアだった。
「アーちゃん、ここは入っちゃだめっていったでしょ!」
「姫様ぁ!!」
「きゃははは! ガラハッドだ。逃げろ!! アーサー助けて!!」
アナスタシアは元気な子だった。
騎士団長のアーサーに遊んでもらおうとよく騎士団に遊びにくるような子だった。
「アーちゃん!!」
「ママ……ご、ごめんなさ……」
「一緒に逃げるわよ!! アーサー、ガラハッド! 捕まえてごらん! あはは!」
「わーい! はやく!!」
「ヘラまで!? よぉーし! まてまて!!」
「ふん! 仕方ないな!!」
世界情勢は不安定とはいえ、それぞれの国がにらみ合い長きに渡る平和を享受していた。
世界一愛する妻と娘、そして信頼できる友とその仲間たち。
それを紅茶を飲みながら、陽の光を浴びながらのんびりと眺めるのがハデスは好きだった。
「……幸せだな」
ふと言葉が漏れてしまうほどに。
この平凡で、かけがえのない日常がハデスにとって何よりも大切な宝物だった。
しかし、その平和は崩れることになる。
「ヘラが倒れた!?」
「はい。いつものように、姫様とお遊びになれている最中に突然」
アーサーがハデスを呼びに来る。
突如、ヘラが倒れたという報告だった。
いつものおふざけかと思ったが、血を流して顔面から倒れたそうだ。
「ヘラ!!」
「あ、ハデス。ごめんね……びっくりさせちゃって」
病室にいくと、ヘラはケロっとした態度で笑って見せた。
しかし、うまく体に力が入らないという、そしてなによりも。
「魔力を感じない……の……どんどん減っていく感覚? なんだか体から力が抜けていく」
「――!?」
生命の源である魔力がヘラから抜け落ちていく。
ハデスはその症状に心当たりがあった。
10年前から少しずつ発生し、それでも極々まれな病。
「魔力欠乏症……そんな」
「ん? 病気……なの?」
ハデスは血の気が引く思いだった。
魔力欠乏症は、決して治らない。今も治療方法は研究されているが、症例も少なく、費用も大して割り当てられていない。
だが、唯一の事実として確実に死に至る病だという共通認識がある。
それに最愛の妻がかかってしまった。
それだけでハデスは、呼吸できないほどに絶望しそうになる。
しかし、それは世界崩壊の序章でしかなかった。
あるいはすでに最終章だったのかもしれない。
「ハデス様、また発生しました。これで今月100人目です」
「くそっ!」
ハデスの国中で魔力欠乏症が次々と発生した。
そしてそれはハデスの国だけではなかった。
国交のあった国でも発生が確認され、調べていくと、それはこの星にある国、全てで急激に増加していることがわかる。
治療方法がない不治の病、致死の病。
その奇病が世界を覆った。
そして数年の月日が流れた後。
「ねぇ、パパ。なんでママはずっと寝てるの?」
「…………そうだね、はやく……起きて欲しいね。ママは寝坊助……だね」
ヘラは自力では何もできなくなった。
フェーズ3。
全身の筋肉を動かすことができない状態。
それでも巨額の費用を使って、延命治療を続けてきたが、スキルに頼り切ってきた世界では医療技術も発達していない。
いずれ死ぬだろう。
ハデスは、ヘラと。そしてヘラはアナスタシアと手を繋ぎながら目を閉じた。
まだアナスタシアが3歳のときだった。
最愛の人を失う。
絶望するには、十分だった。
しかし、そこから立ち直らせてくれた人がいる。
親友のアーサーとガラハッド。
そして何よりも。
「パパ! 朝ごはんだよ! 一緒に食べよ!」
「アーちゃん……」
娘のアナスタシアだった。
「ママの真似して、ガラハッドおじさんと作ったんだよ!」
「ふん!」
「私は味見係ですぞ! さぁ! ハデス様! みんなで食卓を囲みましょう!」
エプロン姿のガラハッドを見て、ハデスは少し笑ってしまう。
その巨大な体躯のせいで、おもちゃのように見えるフォークを持つアーサーに笑ってしまう。
そして、まだ母親の病気を理解していないだけかもしれないが、アナスタシアは天使のような笑顔でハデスを元気づけた。
娘を抱きしめながら涙を出し切って、ハデスは誓った。
――頑張ろう。
できることをここからだ。
奮い立つように立ち上がったハデス。拳を握って、立ち上がる。
しかし、運命はどこまでも残酷に。
世界から日常を次々と奪っていった。
「…………アーちゃん?」
ハデスが決心した直後だった。
突然アナスタシアが倒れた。
体が冷たい、そしてなによりもその症状は。
「パパ……寒い。体に力が……入らない」
「――!?」
致死の呪い――魔力欠乏症だった。
そしてハデスの最愛は二人とも暗い闇へと落ちていく。
数か月後。
「まだ見つからないのか!! ビビアン! マーリン!!」
「も、申し訳ありません!!」
ハデスは苛立ちながら、自国の魔術研究機関の主任と副主任に叱責した。
「あれはスキルではない! しかし、魔力が関係しているならば、魔術だろう! なにか……何か原因が、治療法があるはずだ!!」
すると副主任のビビアンが言葉を返す。
「で、ですがハデス様。魔術とは本来、世界に与えられたスキルを再現させる技術です。それはあまりに複雑怪奇、単純なファイヤーボールのスキルですら理論の解明には、時間を有しました」
しかし、マーリンがそれを遮る。
「申し訳ありません、ハデス様」
マーリンはただ頭を下げた。
苛立つハデスは、それを見て拳を握りながら行き場のない怒りを飲み込んだ。
自身も魔術に精通しているハデスもこれが八つ当たりでしかないことはわかっていた。
「すまない」
「いえ、我々はハデス様に拾われた身。この命に代えても魔力欠乏症の治療方法を見つけます」
そしてマーリンもハデスの焦る気持ちが痛いほどにわかった。
なぜならマーリンの家族も魔力欠乏症だからだ。
魔力欠乏症は、次々と発生した。
それはアーサーの娘にも。ガラハッドの妻にも。
誰しもが最愛の家族を奪われようとしている。
だからハデスは決断した。
部下達からは絶対に止められることはわかっている。
あの国は国交を断絶し、来るものを拒絶する極東の国だから。
そして何よりも、自分は追放された身だから。
何度も使者は送ったが、変更は否という言葉だけ。
それでもいかなければならない。殺される可能性すらもあるだろう。
それでも。
「…………神の眼が必要だ」
すべてを見通すあの眼ならば。
この病という名の世界を覆う闇すらもきっと。




