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第144話 幻影ー1


 ロシア。

 氷のS級キューブ。

 俺とレイナ、そして彩が向かったのはそこだった。


 ロシアといっても、モスクワとかの都市部ではない。

 もっと上、ほとんど北極圏だ。

 シロクマや、ペンギンもいる氷河の世界。今は薄着なので少し肌寒い。


 そして氷の大陸の上にポツンと。

 しかし、要塞化されていて人類がかつて戦い続けた後が残っている廃墟がある。


 日本の龍、中国の鬼、米国の獣、そしてロシアの氷。

 これが世界に四つあるS級キューブだ。


 ライトニングを連発し、数十分で到着したが周りには黒い騎士の警備がいる。

 しかし、どれも大した強さではない。

 問題となる円卓は、全てアーノルドさんと、偉兄が止めてくれているから。


 だから最短で攻略する。

 ここと、獣のキューブも。


 俺は行き場のない怒りを、不甲斐ない自分に向けて。


「――真・ライトニング」


 一瞬で黒の騎士達を切り伏せた。

 ここは都市部からも離れているので、警備は手薄だったようで数人だけしかいない。


「じゃあ、彩。レイナ……行ってくる」

「うん」

「待ってます」


 ソロ攻略しなければならないので、彩とレイナを待機させて俺は一人キューブに入る。

 

 中は、銀色の世界だった。

 外と同じ氷だけの世界。以前、雪国のような世界はあったが、ここはそれとは違う。

 本当に氷だけ。北極だ。


 でも今ならその意味も分かる。

 ここはかつて北極が存在していて、そこに生息する魔物たちを閉じ込めたキューブなのだろう。


 魔物はかつて、この世界に存在していた。

 そしてそれを黒の帝国は従え、全世界と白の国という戦争を起こした。


 いまだに黒の帝国――ハデスの目的はわからない。

 一体彼は……彼女かもしれないが、何が目的だったんだろう。


 そんなことを思いながら完全攻略の条件を達成していく。

 油断はできないが、それでも今の俺からすればそれほど大した敵ではない。


 フロストオーガと呼ばれる氷の魔法を放つ鬼だったり、巨大なペンギンだったり。


 そして1時間ほどで条件を達成し、俺は見つけておいたボス部屋へと向かう。

 氷の城、その中がボス部屋。

 というより、この氷の世界を支配していた魔物がいる。


 エクストラボスとして。


 通常ボスを瞬殺し、エクストラボスに備える。

 

 今まで通りならきっと。


「…………氷神アブソリュート」


 大きな穴から降りてきたのは、一言でいうなら氷の女王だった。

 俺を見るなり、魔法を放ってくるので敵対しているのは間違いない。

 龍神も、鬼神もそうだ。

 俺の眼を見るなり、敵対する。


 この神の眼が原因ではないのかもしれない。

 もしかして彼らが敵対しているのは……白の国なのだろうか。


「はぁ!!」


 切りかかる。

 氷の盾が俺の一撃を防ぐ。

 

「真・ミラージュ!!」


 二手に分かれ、両方から攻撃。

 どちらもやはり氷の盾で防がれる。

 それほど速い魔法には見えないが、なぜ間に合う?

 

 未来予測……いや、違う。

 相手が速くなったわけじゃない。俺が遅くなっているんだ。 


「そうか、デバフ……スキルではなく、生理現象としての身体能力の低下もあるのか」


 この世界にきて一時間近く。

 動き回り続けたとはいえ氷点下は下回っている。

 加えて、このボス部屋はこの氷神アブソリュートのスキル『アブソリュート・ゼロ』で、絶対零度にまで気温が落ちていた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

名前:氷神アブソリュート

魔力:2000000

スキル:氷神、アブソリュート・ゼロ

攻撃力:反映率▶50%=1000000

防御力:反映率▶75%=1500000

素早さ:反映率▶75%=1500000

知 力:反映率▶50%=1000000


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 それがアブソリュート・ゼロのスキル。

 だが、気温を下げるという単純なスキルではない。


 周囲の分子運動を停止させるという力だった。

 昔、授業で習ったが熱とは分子の運動らしい。なので下限は完全停止。

 上限はない。光の速度が上限かもしれないが。


 もし俺のステータスの知力が低いと、このスキルの影響をもろに受けて、戦う前に停止して死んでいただろう。


 …………最初にこいつと戦ってたら詰んでたな。


 龍神も鬼神も強かったが、こいつの強さはそういう強さではない。

 格下相手には絶対で、格上相手には微妙なスキル。

 そういう意味では。


「ミラージュ」

「――!?」


 俺のこのスキルも同様だ。

 先ほど真・ミラージュで別れたとき、分身が消えたとみせて、残っていたのは分身。

 本体の俺はミラージュを用いて、視界から消えていた。


 背後から一撃。

 剣を突き刺し、そして一刀。

 エクストラボス――氷神アブソリュートを討伐した。


 完全攻略のメッセージがアテナさんの声と共に聞こえてきて、俺の体に光が入ってくる。


「これで魔力300万」

 

 キューブが開いて、俺は外に出る。

 彩とレイナが待っていた。

 俺が戻ると、ぎゅっと抱きしめてくれる二人。

 

 冷えていた体が二人の体温で温まっていく。


「じゃあ、獣のキューブにいこう」

「でも灰さん。連続すぎます。少しは休まないと」

「ううん、大丈夫、急がないと」


 休んでる暇なんてない。

 多少きついなんて言ってられない。

 俺の肩には世界の命運とみんなの命が乗っているのだから。


 俺の眼がそう言っているのを彩もレイナも理解しているから、俺達は急ぎ獣のキューブへ向かった。


 場所は米国――カリフォルニア。

 米国西海岸の州に位置するそこは、昔は大都市だったが、かつて発生したS級キューブの崩壊により廃墟になっている。

 アーノルドさんが、その崩壊は止めたと聞いたことがある。


 日の出とともに到着した俺達を待っていたのは、確かに誰も済んでいないような廃墟。

 ただし、やはり要塞と化しているポツンと立っている建物一つ。


 その中に獣のS級キューブが存在する。

 

「よし、じゃあ待ってて」


 そして俺達がキューブに降り立ったそのときだった。


「お前の言う通りだったな、ガウェイン。ここにきて正解だったか」



 ――ぞわっ。


 

 全身が警鐘を鳴らす。

 死が背後に立っている。

 

 剣を抜いて、即座に振り向くとそこには


「念のため、二手に分けましたが。まぁ副団長がいれば問題ないでしょう」


 4人の円卓の騎士がいた。

 副騎士団長――ガラハッド。

 そして、ガウェインと名乗る男と他二人の円卓の騎士。


「ガラハッドさん、他の二人はどうしますか?」

「殺せ。私は天地灰をやる」

「「了解」」


 俺を見る円卓達。

 その瞬間、考えないようにしていたものが。

 思考の隅で、考えないようにしていたものが。


 止めどなく溢れ出す。


 ガキン!!


 俺は、全力でガラハッドに切りかかった。


「アーノルドさんと偉兄をどうした!!」


 しかし受け止められる。


「…………良き戦士だった。安心しろ、死体を弄んだりはしていない。丁寧に埋葬するように命じてきた」

「あぁぁぁぁぁぁ!!!」


 連撃、ライトニングとミラージュを併用して。

 しかし、そのすべてを受け止められる。

 理由はわかっている。

 だが、対処方法がわからない。


 それでもこいつを許せない!!


「灰さん!!」

「灰!! だめ!!」


 レイナと彩が叫ぶが、俺は剣を振りかぶった。

 怒りと感情のまま。

 まるで猪武者のように。


「……なんだ、つまらん。この程度か……怒りに任せて、目的を見失う。あの二人の方が、よっぽど戦士だった。実に愚かな最後だ」


 感情に任せた剣は、簡単に弾かれ、空を舞う。

 俺の手からは彩のアーティファクトが消えた。

 

 その瞬間、全ステータスが大幅にダウン。

 

「……その眼は傷つけたくはない。大人しくしていろ。そうすれば一瞬だ」 


 ガラハッドは勝利を確信し、そして剣を振り上げた。

 避けられないし、受け止められない。

 俺は……負けた。


 ザシュッ!!


「――!?」


 と思わせることに成功した。

 これは作戦通りだった。


 ガラハッドの腹部を、ガウェインと名乗る男が、背後から突き刺したから。

 しかし、ギリギリで逸らし、致死には至らないが、確かに大ダメージを与えている。


 口から血を流すガラハッド。

 他の円卓達も目を丸くして理解できないという状況。

 

 でも俺だけは見えている。


「どういう……ことだ……ガウェイン」

「今ので殺せないのか。ほんっと……面倒だな、その力」


 先ほどまでのしゃべり方が一変し、飄々とした態度をとるガウェイン。

 でも俺には見えている。


 その幻影を。


 揺らぎ、そしてかたどっていくのは白の騎士。

 その姿は、俺の脳裏に焼き付いている。


 いや、俺の心のランスロットさんの心にも。

 俺のスキルにも。


「まさか……お前!!」

「そうだよ、ガラハッド副騎士団長、いや、ガラハッド」


 その光が焼き付いている。

 だってこの人は、俺の光を与えてくれた。


「白の国――神の騎士団が一人。ミラージュ・アストレア。久遠の時を経て、潜入作戦を終了する」


 ランスロットさんの親友だから。

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