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第142話 世界最強ー2

 灰たちは地下通路を走った。


「もう……いいよ。もう……大丈夫だから……レイナ」


 レイナに降ろされて、そして灰は自分の足で走ろうとした。

 

「灰さん。大丈夫……黒の帝国は抵抗しない人を殺しません。きっと大丈夫……凪ちゃん達は大丈夫」

「…………」


 でもそれは希望的願望だった。

 灰が逃げた腹いせに、凪たちが殺されるかもしれない。

 大事なものが壊されるかもしれない。


 でも、今戻っても助けることもできない。全員死ぬだけだ。

 彩もレイナも、自分が戻ればついてきてしまうだろう。灰にはそれが分かったし、アーノルドと王偉の犠牲が無駄になることも分かっている。

 

 今やるべきこともわかる。


 それでも感情が後ろ髪を引く。

 みんなを救うと決めたのに、そのために強くなったのに。

 また何もできない自分が腹立たしくて仕方ない。


 でも、今できることは進むことだけ。

 キューブを攻略し、強くなるしか助ける道はない。

 灰は走る。


「…………」


 悔しくて血が滲むほど拳を握りながら。




 灰たちが逃げて、数分後。

 アーノルドたちは時間を稼ぐことには成功したが、地面に倒れていた。

 

「どうしますか、ガラハッドさん。追いますか?」

「いや……無駄だろう。神の騎士の能力では、到底捕まらん。それにこの地下通路は、複雑で迷路にように入り組んでいる。地の利はあちらだ」


 そしてガラハッドは倒れるアーノルドと王偉を見る。

 

「借り物の力……しかしその強さは確かに本物だった。アーノルド・アルテウス。敵ながら見事」

「はぁはぁ……」


 息を切らせながらアーノルドは、目を閉じる。

 そしてゆっくりと呼吸を整えて、拳を小指から順に握っていく。

 

 その握りを教えてもらった日のことを思い出しながら。


◇10年前。


 アーノルドがまだ10代の頃。

 灰がまだ10歳にも満たない頃。


 世界はいまだ混沌としていた。

 キューブが現れ、魔物が溢れ、ダンジョン協会が発足してまだ間もない頃。


 世界は不自由で、アーノルドは自由だった。


 スラム街で育ち、家族はたった一人の祖母だけ。

 魔力で覚醒する前から悪童だった。

 同じく一緒に育った悪たれどもと、スラムを支配している。

 

 初めはどの国にでもいる悪童の集まり。半グレと呼ばれるようなギャングまがい。

 しかし、王が生まれてしまった。


 地元のギャングに、目をつけられて次々と仲間が殺される抗争中のことだった。

 絶体絶命。どれだけ暴力に自信があろうと相手は重火器を持っている。


 死が目の前に、そのときだった。

 アーノルド目掛けて、キューブが降ってきた。 

 まるで触れと言われているように、アーノルドはそのキューブに触れた。

 

 超越者が生まれたときだった。

 ただの半グレは、この日たった一人で国すら亡ぼす化け物へ。

 銃なんて効かない。爆弾なんて何の意味もない。100以上の武装したギャングを笑いながらたった一人で壊滅させた。

 止めることのできない悪童は暴君へと成った。


 遂に米軍すらも無視できない存在になったアーノルドを、米軍の覚醒者集団――USAが逮捕を試みる。

 結果、全滅。

 そのとき、大統領は初めて事の重大さを知った。

 今世界の頂点は、自分ではないと。


 大統領は依頼した。

 

「頼みたいことがある」


 同盟国である日本へ。

 そして頼まれたのは。


「うーん、困ったのぉ……」


 米国軍人の隣に立つ初老の、しかし筋骨隆々の男は遠目に暴れている男を見る。


「あいつ、儂より強くね? いや、無理じゃろ。素手でビル吹っ飛ばすような化け物。ムリムリカタツムリ。儂もう帰る」

「だめだ、景虎」


 背を向けて帰ろうとする龍園寺景虎――拳神と呼ばれた男の肩を掴んだのは、ローグ。

 米軍覚醒者集団の大佐だった。

 そして、いずれ日本を襲撃する滅神教の大司教のリーダーになる男でもあった。


「いやじゃ、いやじゃ。S級超え取るじゃろあれ!! 老い先短い人生、孫と幸せに暮らすんじゃ! もう引退する!」

「我がままを言うな。これは大統領からの命令だ」

「しくしく、遺書、書いとこ。彩とレイナへ、大好きじゃよ。二人とも仲良くな」


 泣きながら引きずられる拳神。

 ため息を吐くローグ。


 そして相対するアーノルド・アルテウス。

 説得を試みるが、出会い頭に殺されそうになる。


 だがローグも景虎も、人類の武術において到達点。

 ただの暴力をいなすことなど容易かった。

 ただの暴力ならば。


 しかし、相手は拳だけでビルすら吹き飛ばす核爆弾のような男。

 ほんの少しかすっただけで、骨まで軋む。

 一瞬たりとも油断せず、ローグと景虎は、アーノルドと対峙した。


 半日が経とうとした頃。

 アーノルドが息を切らせて、座り込む。

 ダメージは一度たりとももらっていない、ただ躱されて、受け流されて、翻弄された。

 一撃で殺せるのに、その一撃が信じられないほど遠い事実に、驚きを隠せなかった。

 

 ゴロツキとばかり戦ってきたアーノルドにして、初めての経験だった。

 

「はぁ……やっと話を聞いてくれる気になったかぁ」

「おい、じじぃ。てめぇが一番うぜぇ」

「ひどい!! こんな可愛い年寄りになんてことを」

「てめぇみたいなデカいじじぃがいるか。はぁ……もういい。聞くだけ聞いてやる」


 するとローグが前に出た。


「大統領及び、合衆国は、君を歓迎する。この国のためにその力を奮ってくれないだろうか。もちろん、謝礼はするし、それ相応のポストも用意しよう」

「だ、そうじゃ。悪い話じゃないじゃろ?」

「…………」


 だがアーノルドは、突如魔力を解放した。

 獣神化。

 溢れる殺気と魔力だけで、景虎たちはその場で立てないほどだった。


「てめぇら、この数年何してた。あぁ? 俺達みてぇな底辺が毎日魔物に食われて、食うもんもなくて、死にまくってるのに何してた!!」

「…………我々もベストは尽くしていた」


 アーノルドはその手に魔力を込めて。


 ドン!!


 地面を殴る。

 まるで隕石が衝突したような大きなクレーターができた。


「それがベストってんなら、こんな国いらねぇよなぁ! 俺が全部ぶっ壊してやる。てめぇらが持ってるもん全部出せ。金持ち連中が持ってる全部をな! そしたら命ぐらいは助けてやるよ!!」

「――!?」


 振りかぶる拳、ローグの目の前に。

 受けることなどできない死が目の前に。


「ふん!!」


 間に入る景虎が、その一撃を受け流した。

 地面がやはり隕石が衝突したように吹き飛んだ。


「なんじゃ……お前さん。見た目に反して優しいのぉ」

「あぁぁぁ!?」

「仲間のために怒れるんじゃからな。そうじゃ、もし話を聞いてくれたらお前さんの祖母を殺した奴のことを教えてやろう」


 その瞬間、空気が変わる。

 アーノルドが笑い、景虎を見る。


「話すまで死ぬなよ、じじぃ」

「労われ、悪ガキ」

 

 景虎も少し笑っていた。

 さらに数時間、アーノルドと戦った景虎。

 しかし体力の限界だった。相手は一人で国すら亡ぼす化け物。


 技術では埋められない差が確かにあった。

 そして何よりも、アーノルドが成長している。この長い戦いで初めて武というものを理解しつつあった。

 元々暴力だけで、地元を仕切っていた男。戦いのセンスは間違いなく天才の類。

 

 その差はどんどん詰められて、遂に。


「HAAAAA!!」


 景虎に一撃入ってしまう。

 勝った。そう思ったアーノルドは笑う。

 だが、景虎はその一撃をわざと受けていた。

 受けた一撃をエネルギーに変えて、カウンター。油断して魔力が揺らいだアーノルドの顎に完璧な一撃。

 自分とアーノルドの攻撃すらも乗せて。


 ガクンと膝をついたアーノルドは、何が起きたか理解できなかった。

 ゆっくりと顔を上げる。

 自分の一撃を受けて、左腕がぐちゃぐちゃになっている景虎が立っていて、自分は膝をついている。


「一本。というところじゃな。しかし……完璧に流したと思ったのに……おまえさん、強すぎるわ」


 ドスン!

 そして景虎は倒れた。

 


 数時間後。


「婆さんが手を振っておった」


 医務室で起きる景虎、その隣にはアーノルドが座っていた。


「おぉ、看病してくれたのか? アーノルド」

「誰がてめぇなんかを。俺は婆ちゃんを殺した奴のことを聞きに来ただけだ」

「え? でも儂が一本取ったのに?」

「てめぇは負けただろうがぁ!」

「空手なら儂の勝ちじゃもん!」

「おい、殺すぞ」

「…………ガハハ! …………滅神教。そう呼ばれている奴らがお前の祖母を、仲間を、殺した。世界中で問題になっておる宗教団体じゃ」

「…………」

「それが一体どんな組織なのか、何が目的なのか。何もわからない。敵は強大じゃ、もしかしたら今の世界では……お前さんでも対抗できないほどの強者がいるかもしれん」


 景虎は滅神教を調べるにあたり、その不気味さも、強大さも理解していた。

 そして信徒たちが語る教祖と呼ばれる存在がの得体の知れなさも。


「のぉ、アーノルド。儂から大統領には言っておく。スラムに住む全員に生活を保障させることも約束しよう。だが、はっきりと言う。それでも全てを救うのは難しい。世界はいまだ混沌とした暗い闇の中じゃ。魔物の恐怖、滅神教の恐怖、食料難にエネルギー事情。世界の警察と呼ばれた米国は、軍事力の意味が変わってから役割を果たせずにいる。みな……不安なんじゃ。この世界がどうなってしまうのか、不安なんじゃ」


 そして景虎はアーノルドの手を握った。

 

「だから力がいる。圧倒的なまでの強さが、儂のような小手先の技術ではなく、人類最強と誰もが呼ぶ暴力的なまでの強さが。のぅ、アーノルド。なってみんか? 頂点に」

「ひとつ聞かせろ。お前はなんで俺と戦えた。ありゃ、なんだ。スキルか?」

「ん? ガハハ! 空手じゃよ。ただの武術じゃ」

「カラテ?」


 アーノルドの指を、小指から順番にゆっくり握らせていく。

 そして最後に親指を添える。


「これが正拳。空手の初歩じゃ。どうじゃ力が入るじゃろ?」

「…………悪くはねぇ」

「もしもお前さんが空手を覚えてくれたなら、紛れもなく世界最強じゃろうな」

「今でも俺は最強だ」

「ガハハ! 違いない。だが……これは儂の勘じゃが、いずれ人類は大きな戦いを迎えると思う。相手は人類ではないかもしれん。滅神教もその類かもしれん。だからのぉ、アーノルド」

「あぁ?」


 景虎はニコッと笑う。


「そのときが来たら、その拳でみんなを守ってやってくれんか? 世界最強の拳で」

「…………気が向いたらな」



◇現在


 ドン!!


 魔力が再度、爆発するように立ちのぼる。

 ガラハッドは、即座に背後を見て剣を抜く。

 そこには、アーノルドが立っていた。

 

「諦めたように見えたが? もう勝てないことはわかっただろう。まだやるのか」

「あぁ? 仕方ねぇだろ、あのクソガキには一つ借りがある。それに」


 アーノルドは、生まれて初めて構えた。

 空手の構え。

 景虎がしつこく教えてきた型、組手と言って何度も付き合わされた型。

 この世界になってから、少しだけ素直に学んできた。

 

 力に対抗するための武としての技術。

 「戈」を「止」と書いての武。

 ならば戈側の自分が使うことはないと思っていた。


 誰かのために力を振るうことをしなかった暴君が、その技術を。


「――気が向いただけだ」

 

 今はただ世界のために。

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