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第139話 騎士団長アーサー・ペンドラゴンー2

「座る気はないと」

「敵の目の前で武装解除すると思ってるのか」

「ふふ、ははは! なるほどなるほど! 少し力の差を見せたぐらいで怖気づくようでは興ざめだと思ったところで。うむ、よしならば立ったまま聞くがいい」


 アーサーは嬉しそうに膝を叩きながら胡坐をかいた。

 俺は警戒を解かず、だが話は聞こうとする。


「さて……何から話そうか。……まずは神の騎士……お前の名を聞こうか」

「天地……灰だ」

「まぁ知っているがな。こういうのは、形が大事だ。では灰よ。俺はアーサー・ペンドラゴン。黒の帝国、円卓の騎士の騎士団長をやっている。まどろっこしいのは嫌いでな、単刀直入に言うぞ、我らに協力してほしい」

「断る!」

「なぜだ?」

「なぜだと? 俺たちの世界をめちゃくちゃにしといてよくそんなことが言えるな」

「ふむ……そうかお前たちからすればそうか。だが少し矛盾しているな」

「どういうことだ」

「この世界は私たちが支配していたんだ。それをお前たちがあとからやってきて奪った。そうだろう? 灰。侵略者はお前たちのほうだ」

「そ、それは!」


 俺は言葉に詰まる。

 

「もしお前が外に出て帰ってきたら誰かが家に住んでいた。追い出すのは当たり前だ」

「それでも話し合いはできたはずだ」

「ふむ、それは一理ある。ならばこうしよう。お前が我らの元にくるのなら、世界を返してやる」

「なぁ!? お前たちの目的は世界征服じゃないのか」

「世界征服? そんなことをして何の意味がある」

「じゃあ……何が目的なんだ」


 するとアーサーが俺を指さす。

 正確には。


「その眼が欲しい」


 俺の眼を。


「その眼が欲しい。その眼があれば…………我々の願いは叶う」

「なぜ、この眼を欲しがる……この眼で何がしたいんだ」

「世界を救いたい。だが……まぁつまるところ私もわからない。わからないからその眼が欲しいんだ」

「もっと詳しく話して欲しい。俺達は……話し合えると思う」


 するとアーサーが大きく息を吸って、思い出すように上を向いた。

 その姿はとても悲しそうに見えた。


「私は世界一愛する娘を失った。今でも覚えているよ……この腕の中で私の名前を呼びながら……怖いよと。暗闇の中もがき……そして泣きながら死んだ娘の冷たい体の感覚が」

「…………」

「別に身の上話でお涙頂戴をしたいわけではない。ただ灰よ。お前にも愛する者の一人ぐらいはいるだろう? そしてお前ならその気持ちがわかるだろう」

「…………わかるよ。すごく……わかる」


 俺は彩を、レイナを、凪を……そしてみんなを思い出す。

 愛する人たち、絶対に失いたくはない。

 そして失う辛さは俺には痛いぐらいわかるつもりだ。


 凪が魔力欠乏症で死んだなら……もしそれを助ける方法があったなら。

 俺は……。


「お前はその世界を受け入れられるのか? いや、違うな。その者たちを助けるためなら……お前なら、なんでもできるのではないか?」

「…………」


 俺は言葉に詰まった。

 このアーサーという男が言う言葉は、ゆっくりとそしてまっすぐ俺の心に届いてくる。

 今言ってるのは、天秤に乗せろということなのだろう。


 大切な人と、それ以外の多くの見知らぬ命が天秤に乗った時、俺は傾けることができるのかと。


「俺は嫌だ。この世界が。俺は否定する。この運命を。たとえ何万人、何億人を殺そうとも愛する者がいるのならそれでいい。お前はどうだ? その愛する者とそれ以外……名も知らぬ者たちを天秤に乗せたとき、お前はどちらに傾ける?」

「俺は…………」


 俺にとって大切な人たち。

 それ以外の名も知らない何億人という人たち。

 もし片方救えるなら、俺はどっちを救うのだろうか。


 俺は……。


「それを口に出すのは、確かに倫理が邪魔をする。だが……それこそが愛するということではないか? それこそが特別だということではないか? 灰……悪いようにはせん……ハデス様は我々を救ってくださる。円卓とは、ハデス様に願いを託した各国の騎士達の集まりだ。だからその眼を渡せ。そうすればお前の近しい者たちは全員助けると、この名に懸けて誓おう。この手を取れ。共に歩もう、灰!!」


 そしてアーサーは俺に手を伸ばす。

 俺は自分の手を見る。そしてアーサーの手を。


 バチン!


 そのとき、俺の目の前に黄金色に輝く壁が現れた。

 まるで黄金のキューブのような。


「久しいな……アテナ」


 そして俺の目の前には、アテナさんがその純白の両翼を広げて立っていた。


「灰さん、甘い言葉に騙されないで。あなたが……あなたのその眼がハデスに渡ったら世界は終わりです。もう誰もあいつを止められない!」

「アテナさん!?」


 そのとき、アーサーが、そのこぶしを全力で握る。

 重力すらも発生しそうな魔力が、空間を捻じ曲げて、集約する。

 そして放たれた。


 ドゴン!!!


 周囲の建物はすべて粉砕されるほどの爆発。

 しかし。


「……相変わらず、守るのだけは得意だな」


 黄金の壁は傷一つできない。

 そしてその壁がアーサーの周囲に出現する。

 まるでキューブのように、ゆっくりとアーサーを取り囲んだ。

 おそらくこれは俺に行った封印の箱と同じ。


 するとアーサーが先ほどまでの温厚な姿ではなく、本気で叫んだ。


「なぜわからん、アテナ!! お前たちのその考えが、世界を亡ぼすと! なぜ立ち向かわない!!」


 アーサーは、悔しそうに、しかしまっすぐとアテナさんではなく俺を見る。


「灰よ……この眼を見ろ。そして自分で考えろ。世界のために、お前に何ができるのかを。抗え、灰。我らと共に、運命に抗え!!」


 そしてアーサーはキューブに包まれて消えてしまった。


「はぁはぁはぁ」

「アテナさん!」


 倒れるアテナさんを俺は抱きしめる。

 

「灰さん……お久しぶりです。それとすみません」

「いいんです、彩に全部聞きましたから……アーサーはどこにいったんですか」

「未来に……はぁはぁ……飛ばしました。残った魔力では……ほんの少し先の未来ですが」


 俺を未来に飛ばしたように、アーサーも未来に飛ばしたそうだ。

 つまりそれまでにアーサーを超えるほど強くならなければならない。

 だが……俺は戦えるのだろうか。正直……悪い人には見えなかった。


「時間がありません。簡潔に説明します。お願いは二つ。一つはハデスです。神の体……兄オーディンとの融合の兆しが始まりました。私は魔力しか感じ取れませんが……ハデスと兄の魔力をこの世界のどこにも感じ取れません。おそらく融合中で、隠されています」

「わかりました……もう一つは?」

「……世界中のキューブを完全攻略してください」

「わかりました……理由は魔力の強化ですか?」

「…………」


 俺の顔を見るアテナさんは、少しだけ困った顔をしていた。

 悩んでいるような……そんな顔だった。

 何かを言うべきかどうか。それを迷っているように見えた。だが意を決したように口を開く。


「灰さん……私はあなた方に隠していることがあります」

「隠していること?」

「…………AMS……魔力欠乏症のことです」

「魔力欠乏症?」


 なぜアテナさんからAMSという言葉がでるんだ?

 すると信じられないことをアテナさんは口にした。


「あなた方がAMSと呼ぶ病は、私たちの時代に発生し、魔力欠乏症と呼ばれた病です」

「魔力欠乏症!? アテナさんの時代に……魔力欠乏症があったんですか!?」

「はい。そして……黒の帝国が神の眼を欲した理由が、魔力欠乏症の治療方法を知ることです。しかし、神の眼を持っていた私の父と私はそれを伝えなかった」

「なぜですか」

「魔力欠乏症は、完治しない病だからです」

「――!?」

「神の眼でわかる治療法は……完治方法ではないんです。しかし、完治しないとはいえすぐに再発する人もいれば、再発しない人もいる。そも症状が発生する原因は一切が不明。それが魔力欠乏症です」


 俺は地下施設でベッドにすら寝られず、床に並べられた夥しい数のAMS患者をみた。

 5年前でも徐々に増加していたその患者は、5年たった今は指数的に増えているようだった。

 

「そんな……じゃあ凪は」

「わかりません。このまま再発しないかもしれないし、明日再発するかもしれません。それはこの眼をもってしても、わからないのです」

「で、でも! 魔力石をまた補給すれば…………!? そういうこと……ですか」


 話しながら俺は気づいてしまった。

 そうか、アテナさんや白の神が話さなかった理由は。


「はい。治療方法がわかれば、世界中で魔力石の争奪戦が始まります。ご存じのとおり、キューブで封印された魔獣たちも私たちの時代の住人です。そして……彼らと同様に私たち白の国の民も黒の帝国の民も体内に魔力石を宿すのです。そして指数的に増えていく発症者、種族も何も関係ありませんでした。もし……治療方法が周知されたなら、弱き種族は狩りつくされ、同種ですら殺し合う未来は、火を見るよりも明らか。苦渋の決断でしたが、私と父は、この治療方法を秘匿したんです。緩やかな滅びを選んだんです」


 そこからアテナさんは、過去起きたことを俺に話してくれた。

 黒の帝国が白の国を侵略した理由、そして神の眼を欲している理由、アテナさんが世界ごと封印した理由も。


「全て私たちのせいです。あのまま白の国は滅びればよかった。黒の帝国が世界を支配したとしても、未来のあなた達に迷惑をかける必要はなかった! 私は……あなた達に償い切れないことをしました!!」


 アテナさんは泣いていた。

 その過去を聞いて、俺はすべてが繋がった。

 悔やみ、後悔し、懺悔するアテナさんを俺は優しく抱きしめた。


「アテナさんは悪くないです」

「灰さん? なんで……私はあなたたちを……無関係のあなた達を巻き込んだんですよ。恨まれるべきなのに」

「うまく……いえないですけど、アテナさんの行動を俺は責めれないです。みんなを守るためだったんですよね。わかりますよ、だって俺はランスロットさんの記憶を継いだんですから」

「ですが!」

「未来のことなんて誰もわからないけど、もしその選択がなければ人類は生まれてこなかったかもしれない。今も黒の帝国が世界を支配していたかもしれない。俺も、凪も、彩も、レイナも。みんなこの世界にいなかったかもしれない。アテナさんの選択が正解かなんてわからない。でも……正解にする方法があります」

「灰さん……」

「俺が全部救います。魔力欠乏症だってきっと大丈夫。俺の彼女はすごく頭が良いんですよ。この眼があれば……きっと何か答えが見つかるはずです」


 俺はランスロットさんに心を委ねて、アテナさんの手を引っ張る。

 そして優しくキスをした。

 にこっと微笑んだランスロットさん。顔を赤くするアテナさん。


「だから後は任せてください」

「…………はい」


 アテナさんは、ランスロットさんの胸の中で光となった。

 この結末が良かったかどうかなんてわからないが、アテナさんは最後の魔力を使い果たしたのだろう。

 それは死と同義で、いや……元々死んではいたんだがそれでも胸にぽっかりと穴が開いたような感覚だった。


 しかしだからこそ拳を握って立ち上がった。


「世界のキューブを全て攻略する。そしてハデスを倒す」


 アテナさんが最後に行った願い。

 俺はハデスを倒すことと世界中のキューブの完全攻略をすることを心に決めた。

 アテナさんの願いのためにも。


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