パパ活女子、異世界転生した途端に本領を発揮してしまう
「パパ〜、今日もありがと♡」
銀座の高級ラウンジ。
にっこり笑う私を見た目の前のスーツ姿の男性が、満足げに頷いて、グラスを傾けた。
「君といると、時間があっという間に過ぎるな」
「ふふ、お上手♡」
私は“パパ活女子”として、都内で充実した日々をおくっている。
富裕層のオジサマたちと食事を共にし、時には高級ブランドのバッグや旅行をプレゼントしてもらう事もある。
恋愛感情なんて、微塵も存在していない。
ただのビジネスだもの。
私は自分の価値を最大限に活かして、人生を効率よく生きているだけ。
だけど——
その夜、帰り道でタクシーを降りた瞬間。
私は、信号を無視して突っ込んできた軽自動車に、跳ね飛ばされた。
「えっ……?」
視界が白く染まり、意識が遠のいてゆく。
そして——
目を覚ました私は、豪奢な天蓋付きのベッドの上にいた。
「お嬢様、お目覚めになられましたか?」
見知らぬメイドが、優雅にお辞儀をしている。
何が起きているんだろうと、あたりをキョロキョロと見回す。
「……え?!」
ベッドサイドの鏡に映っていたのは、金髪碧眼の美少女。
まるでアニメに出てくるキャラクターみたいな…、なんとなく知っている顔のような……。
「ここは……どこ? 私は……誰?!」
「お嬢様、何をおっしゃっているのですか? 本日は…ずっと心待ちにしていた王太子殿下との婚約発表の日、舞踏会でございますよ?!」
婚約?
王太子?
舞踏会?
混乱しながらも、状況を整理しようと…した。
どうやら、私は異世界に転生してしまったらしい。
私は…、クラリッサ・フォン・エーデルシュタイン。
王国一の名門貴族の令嬢であり、王太子の…婚約者第一候補者。
記憶の奥底から浮かび上がる情報に、私は凍りついた。
クラリッサは…、乙女ゲームの悪役令嬢だ!
たしか、婚約発表の場でもめて…、それをきっかけにヒロインに陰湿ないじめをするようになって。どんどんエスカレートして、孤立した挙句…首をはねられて魔豚の餌になる運命だった、はず。
「……は?」
つまり、私は…“断罪される側”に転生したってこと?!
……。
普通なら…、悲観したり泣き叫んだりするところだけれど?
私…、”パパ活女子”なんだよね。
オジサマに特化してはいるけれど、基本的に男の扱いには慣れている。
むしろ、こういう世界の方が…うまいことやりやすいんじゃない?
「ふふ……面白いじゃない!」
私は鏡の中の自分に向かって微笑んだ。
「悪役令嬢? 上等よ。私の本領、見せてあげる♡」
舞踏会の会場は、まるで映画のセットのようだった。
シャンデリアが煌めき、貴族たちが優雅に踊っている。
「クラリッサ、今日も美しく…」
エスコートをすると事前に申請してあるため…、仕方なく差し出された、手。
「まあ、殿下ったら。お世辞がお上手ですこと」
私は、完璧な笑顔で…、王太子・レオンハルトに腕を絡めた。
「…その美しさ、いつまで誇れるかな?」
──この男、顔はいいけど、女を見る目はなさそうね。
私は心の中で舌打ちした。
なぜなら…、彼の視線はすでに、会場の隅にいる“ヒロイン”に向いていたから。
彼女の名はリリィ。
平民出身の転入生で、ゲームの主人公。
これからクラリッサは、彼女を辱めたという理由で弾劾され…、内々に決まっていた婚約を一方的に破棄されてしまうのだ。
ゲーム内では、みっともなく怒鳴り散らして、醜い言葉を吐いて…、それこそヒロインの思うままの展開になったのだけれど。
──でも、私は違う。
リリィに近づき、にっこりと微笑む。
「まあ、あなたがリリィさんね。お噂はかねがね」
「えっ……あ、はい……」
「素敵なドレスね。平民の方がここまで着こなすなんて、感心するわ」
「……ありがとうございます?」
皮肉に聞こえた?
ずいぶん表情がこわばっているわね。
でも…、事実を言っただけよ。
そのとき、王太子が声を上げた。
「クラリッサ! 君はリリィに対して…無礼ではないか! 今までどれほど…陰湿な発言をしてきたのか、しかと聞いているぞ!」
来たわね、断罪イベント。
でも、私は慌てなかった。
むしろ…、にっこりと、優雅に微笑んだ。
「殿下。いま私が彼女に言ったのは、ただの賛辞ですわ。無礼だと感じたのなら…、それはあなたの心が彼女に傾いている証拠なのではなくて? 発表前とはいえ、婚約者のある身で随分…奔放なことですわね」
「なっ……!」
「それに、私が彼女を辱めた証拠はございますか? 証人は? 記録は?」
そんなもの、あるはず無い。
なぜならば、リリィが王太子に訴えたいじめは、完全に虚言だからだ。
「そ、それは……」
「私を断罪なさるおつもりなら、貴族の名誉を賭けて、それ相応の証拠をご提示くださいませ」
会場が静まり返る。
これが、交渉術。
パパ活で身につけた“言葉の駆け引き”。
王太子は言葉を失い、リリィは戸惑った表情を浮かべている。
「……では、私はこれで失礼いたしますわ」
私は優雅に一礼し、会場を後にした。
断罪? されるわけないでしょ。
翌日から、私は本格的に“悪役令嬢”としての活動を開始した。
まずは情報収集。
メイドたちから貴族社会の噂を聞き出し、誰が味方で誰が敵かを把握する。味方には多大なる恵みを、敵には容赦なく鉄槌を下していく。
次に、資産運用。
クラリッサの家は莫大な財産を持っていたが、使い方が古い。私は現代の知識を活かし、商会と手を組んで新しいビジネスを始めた。
「“カフェ”というのは、飲み物と軽食を提供する社交の場ですの」
「ほほう……それは面白い」
貴族たちは興味津々。
私は“カフェ・エーデルシュタイン”を開店し、瞬く間に社交界の話題となった。
さらに、私は“慈善活動”にも力を入れた。
孤児院への寄付、平民への教育支援……、表向きは“善行”だが、実際は支持基盤を拡大するための投資に他ならない。
……これが、現代の“パパ活女子”の戦略。
与えて、支配する。
私が順調に基盤を整える一方、リリィは焦っていた。
ゲームのシナリオ通りに進まないんだもの、そりゃあ…自分で動こうとしないおバカちゃんには、難しい世界よね。
王太子も、最近は私と距離を置いている。
冷たくすることも、嫌味を言うことも、怒りを顔に出すことも憚れる状況に、心底辟易しているらしい。
下手に口を出して足元をすくわれないよう、必死になっているみたい。
そんなある日、リリィが私を訪ねてきた。
あらやだ。
被害者面して詰め寄るなんて…ずいぶん、はしたないわ?
「ねえ、どうして……どうして、あなたは変わったの?! あなたのせいで、レオが…私を見なくなっちゃったのよ?!」
「変わった? いいえ、私は最初からこうでしたわ。ただ…、あなたが私を“悪役”に仕立て上げたかっただけでしょう? それを容認する事はできないもの」
悪役がいるんだから自分は愛されて当然」と考えるのは、とても…幼くてよ?
「そんな……!」
「……リリィさん。あなたは“選ばれる側”でいたいのでしょうけれど、私は…“選ばせる側”でいたいのよ」
私は彼女の耳元で囁いた。
「この世界でも、私は勝つわ。だって、私は“愛される術”を知っているもの」
満面の笑みを浮かべた私を見たリリィは、何も言い返せず…、その場に立ち尽くしている。
私は迎えに来てくれたオジサマのエスコートで、紳士と淑女が集う、綺羅びやかな舞踏会会場へと向かった。
数年後。
クラリッサ・フォン・エーデルシュタインは、王国初の女性宰相として歴史に名を刻む事となる。
彼女の改革は王国を豊かにし、貴族と平民の垣根を取り払った。
“悪役令嬢”は、今や“聖女”と呼ばれ…、幼い子から長老まで、あらゆる人々から慕われているという。




