第10話 ここにいる理由
ルスとラッシーだけの回のため、鳴き声はカットしました。
「……なあ、兄貴!」
今日も、エリアスは貴族としての知識やマナーなどを学ぶため、家庭教師たちから授業を受けている。
その間暇なルスは、エリアスの父であるマルティンの従魔であるラッシーのいる邸の北西の庭に来ていた。
ラッシーはヴォス・ロンカという種類の狼の魔物で、マルティンの従魔になった理由は、怪我をしているところを助けてもらったかららしい。
初対面でのやりとりにより、実力の上下関係がはっきりしたためか、見た目的には完全に強そうに見えるラッシーの方が、ルスを上位者として扱っている。
そんなラッシーが、自分の背中の上でくつろいでいるルスに話しかけた。
「んっ? 何だ?」
ラッシーのモコモコした毛並みに包まれていたルスは、のんびりした口調で返事をした。
「兄貴はどうしてボンの従魔になったんですか?」
「なんだ? 急に……」
ラッシーがボンと言うのは、エリアスのことだ。
自分の主人の息子であるため、そう呼んでいるようだ。
どうしてそんな問いをしてきたのか疑問に思い、ルスは思わず質問で返した。
「いや、兄貴の実力なら、ボンは主人に相応しくないんじゃないかと思って……」
「あぁ、なるほど……」
はっきり言って、ラッシーは弱くない。
というか、実力だけで言ったら、かなりのものだと言える。
しかし、前世の記憶を持ったまま転生し、長い年月生き抜いてきたルスからすると全く脅威にならない。
それだけの実力差があることをちゃんと理解しているからなのか、ラッシーとしてはルスがエリアスの従魔になった理由が分からない。
実力至上主義の従魔の世界からすると、自分より弱い人間に従うなんて極々稀だ。
エリアスよりも実力があるルスが、どうして従魔になっているのか理解できなかったからこその質問だろう。
「ん~……、まぁ暇つぶしかな……」
「暇つぶし……っすか?」
従魔になった理由を聞かれたルスは、少し考えた後に答える。
エリアスは何者かに命を狙われている可能性がある。
しかし、それはもしかしたら自分の考えすぎもしれない。
そのため、ルスはしばらく一緒にいてあげる程度に考えていたため、言葉を濁しつつの返答だ。
その返答に、ラッシーは首を傾げる。
予想していた中に、そんな答えが返ってくると考えていなかったようだ。
「長い年月生き、世界を回るのも飽きてな。気になったエリアスの側に少しの間厄介になろうかと思っただけだ」
「へぇ〜、兄貴長生きしてんすね。強いわけだ」
折角助けたのに、すぐにまた他の者に殺されるなんて気に入らない。
そんな自分勝手な思いもなくはない。
ここにいる理由を問われると、その程度の返答しかできない。
病気や殺されない限り死なないと言われる魔物。
ピグミーモンキーという最弱魔物に転生したが、前世の知識と年月をかけ、病気以外で死なないレベルにまで自分を高めてきた自負がある。
そのため、エリアスの安全が確保できるまでの間程度の短い時間なら、別に従魔の状態でも関係ないというのがルスの本音だ。
どんな魔物でも、長い年月生き抜いているだけで相当な実力を有するものだが、大抵の魔物は、長生きする前に上位の魔物に殺されてしまうのが常だからだ。
ルスが強い理由が理解できたからか、ラッシーは納得したように頷いた。
「暇つぶしって言っても、ボンが死ぬまでの結構な年月過ごさなければならないっすよ?」
暇つぶしと言っても、従属の首輪をつけている以上、ルスはもうエリアスの従魔だ。
エリアスが死ぬまで、その主従関係が解消されることはない。
何者かに狙われるたり、戦に巻き込まれたりなどの不慮な死を迎える可能性はあるが、それがなければ寿命までかなりの年月をエリアスと共に過ごさなければならないことになる。
暇つぶしにしては長すぎるのではないかと、ラッシーはルスに問いかけた。
「あぁ、これか……」
たしかに、従属の首輪をされた魔物は主人に攻撃を加えることができないし、主人の命令に従わなければならないものだ。
しかし、そのことを指摘されたルスは、首輪を撫でながら何でもない事のように呟いた。
「はっきり言って、この首輪は俺にとって何の枷にもならない。出て行こうと思ったら、首輪を外して出ていける」
「そ、そうっすか……」
この言葉を言うと共に、ルスは僅かな時間体内の魔力を放出する。
その魔力に、ラッシーは思わず怯えたように尻尾を丸めつつ返答した。
その放った魔力は、ピグミーモンキーのような弱小魔物が放てる量ではない。
というか、この世界の最強種である竜族の魔物でしか放てないような魔力量だ。
いくら長生きしていると言っても、ピグミーモンキーのルスが放てる魔力量ではないため、ラッシーは一瞬で恐怖を抱いた。
それほどの魔力があるのなら、ルスが装着しているような従属の首輪なんていつでも壊せる。
言葉通り、ルスがエリアスの従魔でいることが暇つぶしなのだと、ラッシーは理解したのだった。




