私は魔女じゃないです②
リベルが上級生四名をボコボコにした現場は、普段はあまり人が通らない。
しかし学園の敷地内で、見えないというわけではかった。
とある講義を受けていた生徒の一人が、窓の外を見ていた。
すると、木の影で女子生徒が男子生徒と向かい合っている。
(あれって確か……いつも威張ってるボンボン連中)
彼らは悪い意味で有名だった。
自分より格下を見つけていびったり、断れない女子生徒に関係を迫ったり。
影でやりたい放題していたから。
(可哀想に、知らない顔だけどターゲットにされたのね)
リベルが男たちに弄ばれる。
それを察してしまった彼女は、窓から視線を外した。
しかし多少の興味はある。
十秒ほど経ったところで、チラッと見た。
「……え?」
思わず小さな声になって漏れた。
男の一人が倒れている。
女子生徒は堂々と立ったまま、次々に襲い掛かる男子生徒を返り討ちにしていた。
彼女は目が離せなくなる。
相手は四人で、精霊術まで扱うのに。
それを軽々と圧倒し、全員を地に伏せた。
(すごい……)
彼女は純粋に感動した。
元から彼らのことは嫌いだったので、スカッとした気分だった。
それを講義後に友人に伝えたが信じてもらえず。
与太話だと勘違いされたが、翌日から男子生徒たちの態度が変わり、リベルの命令に従うようになった。
それを見た友人は、彼女の話が嘘ではなかったことを知る。
噂は更に広まり、あっという間に学園中の伝説となった。
これを見ていた生徒は、あと二人いる。
うち一人は……。
(は、はわわわわわ!)
割と近くにいた。
藍色の髪が特徴的な小柄な女子生徒。
彼女の名前はルイス・チャーベス。
中流貴族の娘であり、いたって平凡な成績の学園生なのだが……。
(見ちゃった……見ちゃったよぉ。あれどうみても魔法じゃないですかぁ)
それは仮の姿。
彼女こそ、セミラミスの命令で隣国アルザードに潜入していた魔女である。
子供がいなかったチャーベス子爵家に養子という形で迎え入れられ、その後は試験に合格し、昨年から学園に通っている。
セミラミスから与えられている命令は一つ、情報だ。
世界でも有数の教育機関に潜り込み、情報を得ることが主の目的。
それ以外に命令がある場合は、セミラミスから連絡がくる。
(聞いてませんよセミラミス様! 私以外に魔女がいるとか。しかもめっちゃ強いし!)
セミラミスからの連絡は、ここ半年ない。
一方的に、毎週報告書を送っているが、返事もなかった。
(別に返事ないのはいつもだしいいですけどね? 魔女を新しく送り込むなら教えてもら……え?)
彼女は耳がいい。
多少距離が離れていても、魔力で聴力を強化することで聞き取ることができる。
その地獄耳は聞いてしまった。
リベルの正体を。
(お、王子の側役!? しかも魔女を探してるぅ!?)
驚きすぎて失神しそうになるルイスだが、なんとか正気を保っていた。
これで彼女が仲間の魔女ではないことが確定する。
(と、とにかくセミラミス様に報告しなきゃ)
ルイスは慌ててその場から逃走し、すぐにセミラミスへ報告書と使い魔を送った。
それから一週間後。
◇◇◇
「……」
彼女はいつものように学園に通う。
だが、その表情は曇っていた。
(まったく連絡がない。どうすればいいんですか? セミラミス様)
今回の報告は、これまでの定時報告とはわけが違う。
自分の陣営とは異なる魔女の介入。
しかも自身を探している。
明確な敵の出現に、彼女は焦っていた。
無視し続けているセミラミスも、こんな大事なら速攻で連絡が来ると見込んでいた。
しかし現実は、一週間経過しても連絡なし。
「どうしよう」
上級生四人を使って、魔女の情報を集めているのはわかった。
幸いまだ見つかってはない。
(魔力を隠すのは得意だから、バレない自信はあるけど……)
それでも不安だった。
いつか見つかってしまうかもしれない。
もし見つかれば、牢獄行きだけではすまないだろう。
尋問は確定。
その果てに……。
「こ、殺される」
上級生をボコボコにしていた光景が脳裏に過る。
彼女は覚悟した。
そして決意する。
(よし! あの人とは絶対に関わらない! これだけ人がいるんだし、普通にしていれば出会うこともないよね)
前向きに考えることにしたルイス。
そのまま講義を選んで席に着く。
彼女は純粋に、学園での生活を楽しんでいた。
普通にしていれば魔女だとバレない。
周りの人も、一人の生徒として接してくれる。
魔女は忌み嫌われるが、バレなければ平凡な日々を送れる。
それでいいと思っていた。
「隣、いいかしら?」
「はい。どう――ぶっ!」
ルイスは絶句する。
出会うはずがないと思っていた相手が、偶然隣の席にきた。
(な、なんでぇ!?)
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。なんでもないです! どうにょ!」
「にょ?」
「どうぞ!」
周りを見ると席が埋まっていて空いていない。
偶々、自分の席の隣が空いていたから、そこに座ったのだと理解する。
魔女だとバレたわけではない。
しかし、偶然に恐怖した。
(最悪だ……もう会っちゃった)
彼女はいつになく魔力を隠すことに集中した。
万が一にもバレたら終わりだ。
講義に集中などできるはずもない。
相手は魔女だ。
今も、目的を果たすために目を光らせ……。
「すぅ……」
「ね、寝てる……」




