化け物
オートル学園模擬戦争試験の裏で、試験の動向を見続ける男がいた。
「これまた、随分と派手に暴れ回っているようだね、エーテルは」
机の横に置いた珈琲を煽って、学園長――オートル・ミハイルはふっと息をついた。
「それにこの荒々しい波動は、ルクシア助教ではないとなると、彼になるのかな」
オートル・ミハイルの見据える先には一人の少年が立っていた。
「久しぶりだね、アラン・ノエル君。フーロイド先生なら、ここにはいないよ」
「用があるのはあなたにですよ。俺の幼馴染に、何してくれてるんですか」
冷淡で、底冷えするような声音だった。
「何したも何も、彼女が望んだ結果だよ。力を求めていた。だからきっかけを作ってあげた」
シュボッと、彼は切れかけのライターでタバコの火を噴かした。
「それで、エイレン自身が苦しんだとしてもでしょうか?」
「お互いがお互い、納得した結果だ。それで彼女が何にあったとしても、君が首を挟む事ではないだろう? それとも何かい。君は、彼女の婚約者だとでも言うのかい? 彼女は、君にとっての何だと言うんだ」
からかうように微笑むオートルの瞳は、アランを少しも怖れてなどいなかった。
ビーカーと、培養液と、細々とした魔道具が散らばる小さな研究室内で、アランはぐっと息を呑んだ。
――アラン君に、少しでも追いつきたかった。
エイレンの言葉がアランの胸に突き刺さる。
――また、負けちゃった。今度こそ、勝ちたかったのになぁ。どうして、いつも大事なところで負けちゃうんだろうな……。
俯きながら流していた彼女の涙を、忘れることはできなかった。
「エイレンは、俺の大切な幼馴染だ。それを穢した時点で、俺はあなたを許せません」
――アラン君の、エーテルさんの手で、全て壊してしまってくれた方が……。
姉弟子の儚い願いを内に秘めてアランは両手に魔法力を充填させた。
――天属性魔法。
先ほどよりも、身体中を巡る魔法力は増していた。
度重なる戦闘で身体も魔法力も使い果たしていたはずだったのにもかかわらず、エイレンのあの表情を思い出しただけで無限に力が湧いてきた。
「ふふ」
ふとオートルが笑みを浮かべる。
落雷を生成すべく、アランの頭上に現れた雲だった、が。
「雷神の落雷ッ!?」
アランが発動させようとしたそれは、いつの間にか霧散していく。
「ふふふ、所構わず全力をぶちまけて壊そうとする気概だけは認めるよ。そうだ、言い忘れていたけど、この部屋に魔法は効かないよ。部屋中に魔力障害があるのだから」
ぶぉんと、部屋中に可視化されたのは網目状の紅い光だった。
「君がここにいる限り、この部屋は――」
そうオートルが言いかけた瞬間だった。
ズゴゴゴゴ……。
地鳴りのような音と共に机の上にあった小瓶がカタカタと踊り始めた。
「……何だ、この音は?」
小さかった地鳴りは次第に大きさを増していく。ふと外を見れば試験会場の映像ラグが次々に生じると共に、視界を覆い尽くすような水の存在があった。
「海属性魔法、大津波ェェェッ!!」
ドォォォォォォォンッ!! と、激しい音と建物を外部から破壊する衝撃で多量の水が部屋の中に浸入してきていた。
「う、ウィス先生、これは一体!?」
建物の瓦礫と共に吹き飛ばされてきていたのは、淼㵘の魔法術師ウィス・シルキーだった。
何かの刃の様なもので身体全身に切り傷が生じていた彼女は、びしょ濡れの状態で恨みがましくオートルを見つめた。
「全く、あなたの娘は……!!」
試験会場のラグが剥がれ、崩壊は進む。
学園の一部に大きな穴が空き、空からは不気味とも言える太陽の光が降り注ぐ。
「本物の化け物じゃないですか――ッ!!」
彼女の背後から立ち込める魔力の渦は、その場にいる皆の腹底に大きなプレッシャーとしてのしかかっていたのだった。




