覚悟と責任
ルクシア・シンは謎に包まれた人物だった。
アランとて、彼女に関わったのはほとんど入学試験の時だけだったと記憶している。
第二十三代ルクシア襲名候補の一人。そして、姉弟子ルクシア・ネインの将来のライバルでもある。
アランにとって、姉弟子ルクシア・ネインは幼い頃より魔法を一緒に研鑽した仲でもあり、本当の姉のように慕ってもいる。
だからこそ、ルクシア・シンとの交流が少なくなるのも仕方がないと言えよう。
ルクシア・シンがこの学園に入ってきた理由の一つとしては、来年度に行われるシチリア皇国でのルクシア襲名戦のための駒探しという噂が色濃い。
代々シチリア皇国で行われる王位継承戦において、王の資質を測るにはその人脈、支配力、人望の力――そして王自身の威厳が関与するとされている。
だからこそ、引き抜く人材は金で買っても、脅して買っても、または国単位へ個人から契約を持ち込んだりするもそれは自由。
各国もシチリア皇国とのパイプを多く繋いでおきたいことから、各国がこぞって王位継承戦において最も優位な襲名候補のバックについておくことも少なくない。
そういう点で年齢、性差、国籍関係なく、玉石混交入り乱れるオートル学園に手を伸ばしたルクシア・シンは、他の候補者より一歩秀でていることは間違いない。
『――ルクシア・シンが地属性の使い手を自陣営に据えたのは、大きく勢力図を塗り替えるじゃろうな。今頃どの襲名候補陣営にも話は伝わっておろうて』
別れ際、フーロイドは呟いた。
『でも、俺がルクシアさんの側に立つのは決まってるしなぁ……』
そんなアランの言葉に、フーロイドはピクと眉をしかめた。
『お主、それは直接ルクシアから頼まれでもしたかの? ルクシア襲名戦で、自らの代理をしてくれと直接、お主に申し込んだのか?』
『いや、でも、普通に考えたらそうするんじゃないかな? 今までずっと修行付き合ってくれてたし、ここまで俺がやっていけたのも、ルクシアさんがいてのことだし』
アランの返答に、フーロイドはぴしと指をさして言う。
『ならば、お主の方からルクシアにそんな義理は果たさんで良い。奴がお主に何も言わぬなら、それまでじゃ』
『で、でも――』
『ルクシア襲名戦は、自らの命運を他者に委ねる。そして、他者の命運をも大きく揺れ動かす。彼奴は何より、優しすぎる』
アランが何も言い返せずにいると、フーロイドはふと呟いて、アランに背を向ける。
『まぁ、そういうことじゃ。お主からルクシアに代理戦の候補を持ち込むことは禁止とする。これは、奴自身が乗り越えねば先に進まんことじゃからのぅ』
そう語るフーロイドの背中が、妙に小さく見えたアランだった。
そんなルクシア・シンが自陣営に引き込んだというのは、地属性魔法の使い手。
名は、確かレイカ……とアランは記憶の中を探る。
正直、特進科に進んでレイカほど交流を持たなかったヒトはいないのではないだろうかというほど、彼女との接点は薄い。
唯一話したことがあるのだって、入学前の筆記試験の時と、王都を巨大な竜巻が襲った時くらいだ。
地属性の本領をまだまだ発揮しているようにも見えない彼女が、ルクシア・シン陣営についたメリットも不明ななかで打てる解決策は――。
そんなことを頭の中で目まぐるしく考えていたアランは、ふと会場の喧噪に包まれて我に返る。
『では、第六十三期オートル学園模擬戦争試験を開始しよう』
作られたバーチャル空間に広がるのは、今期のオートル学園特別進学科担任の宮廷魔術師、ナジェンダ・セルエルクだ。
『今君たちが収容されているその巨大な箱は、かつて模擬戦争試験の雛形である入学試験とほとんど同様のものだ。変わったことと言えば、そこら中に君たちを見ている権威者がいることくらいかな』
ふと、側を見てみると確かに一年前と何ら変わらないようだった。
かつての試験と同じ、王都風景の街並み。
確か、一年前はここでエイレンと闘い、エーテルと共闘したのを覚えている。
上空に浮かぶ魔法で出来た球体が、これで恐らくアランたちを映像として権威者たちに見せつけているのだろう。
多少なり技術的な流出はあれど、そのデメリットを上回る程の興行的な側面で集客をしつつ、各国に力を見せつけるメリットの方が大きいと踏んだ。
意外にもここは豪胆で、大胆な手法をとっていることにアランは苦笑いを隠せなかった。
その時は有象無象の敵を蹴散らすだけで良かったが、今回は選ばれた実力者同士のぶつかり合い。
以前のように簡単にクリアさせてくれるということでもないだろうことは、アランも充分把握している。
とはいえ、天下のオートル学園模擬戦争試験がその雛形とほとんど同じ形態というのは、いささか盛り上がりに欠けるんじゃないか? 等と疑念を抱いたアランを見通すかのように、ナジェンダは言う。
『そういえば、例年この場において明かされることだが、この模擬戦争試験が各国から注目を浴びるもう一つの点があるんだ』
ふと、王都中央通りを模した空間に現れる人影が二つ見えた。
それは、会場へと転送された合図に他ならない。
「っかぁぁぁぁぁっ!! 来た来た来た、今度は俺らの番だな! 去年は颷飍と磊垚奴等に取られてたからな!」
「……私としては、あなたとよりは別のお二方と組みたかったですけどね」
「連れねぇこと言うなって。ほとんど同世代だろ?」
「……はぁ」
テンションの高い、一人の男性。
そしてもう片方には、テンションが下がりきった一人の女性の姿があった。
それを確認したナジェンダは、声を張り上げて空間の中に声を轟かせた。
『オートル学園模擬戦争試験名物、現職魔法術師の乱入だ。今年は淼㵘と焱燚のお二方に駆けつけて貰っている。学生諸君、君たちの奮闘を期待するよっ!』
ナジェンダが言葉を終わらせると同時に、試験会場内に開始のベルが鳴らされた。




