第99射:もたらされた情報
もたらされた情報
Side:タダノリ・タナカ
ホーホー……。
そんなフクロウの鳴き声が聞こえてくる。
あ、フクロウに似た何かか。
俺は今、ルクセン君たちが寝静まったあと、家を抜け出し、村の中を歩いていた。
夜風が気持ちいい。
俺としては、静かなこの時間が一番好きだったりする。
理由としては、敵が動いたらわかりやすいからという血なまぐさい理由ではあるが、そのおかげで眠れるのだ。
昼の銃撃戦や人の生活音があると、神経をとがらせて警戒していないと敵の接近に気が付かないからな。
そんなことを考えては苦笑いして、タバコをふかしていると、後ろから誰かがゆっくり歩いてやってくる。
「眠れませんか?」
「いや、いい夜なんで、散歩しにきた。村長たちには迷惑だったか?」
俺はそう言いつつも、振り返ることなく、タバコを吸いながらそう言う。
「いえ。まあ、多少警戒はしましたが、そこまで堂々とのんびりされては、警戒をしようとは思いますまい。しかし気が付いていましたか」
「さてな。ま、魔族だけの村ってことだ。それなりの対策はしているだろう?」
「まあ、そうですな。とは言え、そこまできれいというわけではないのですがね」
「だろうな。魔族の村だ。今まで色々トラブルでもあったんだろうさ。とは言え、無駄な争いをする理由もないわけだろう? こんな辺鄙なところに村を構えているんだから」
「辺鄙とは失礼ですな。ここは私たちにとっては楽園なのですがね」
「ああ、いや、村をバカにするつもりはなかった。謝罪する。戦略的にってことだよ」
「素直な方ですな」
そんな話をしながら、村長は俺の横に立つ。
「で、どうですかな? ユーリアお姫様は、我らのことを話しそうですかな?」
「どういう意味で話すかはわからんが、滅ぼすつもりはなさそうだな」
「それはよかった。しかしながら、私たちがお姫様の名前をいい当てても驚きもしませんな」
「そりゃ、あの宰相と取引してたんだからな。それぐらい知ってると思ったよ」
あれが、裏で動かないわけがない。
というか、こういう場所への新しい人材を送るときは、引継ぎや手回しをしっかりしておかないとトラブルの元だからな。
そういう意味では、宰相は勤勉だったわけだ。
まあ、この勤勉さ、用意周到さで前の魔王討伐で全滅したってのが笑えるがな。
ああ、前王が勝手に行ったんだっけか? 何はともあれ、宰相が付いておいてなんて様だって感じだな。
当時は行けそうな雰囲気だったんだろうなー。
そんなことを考えていると、村長が再び口を開く。
「この前の襲撃事件の裏を聞かないのですか?」
「知っているなら聞いておきたいが、無理に口を割らせても正確な情報か判断できんしな。微妙なところではある」
「厳しいですな」
「俺たちが異世界から呼び寄せられたのは知っているな?」
「ええ。なんとも、痛ましいことです」
「その関係で、何を信じていいかわからん状況だ。あの3人は」
「あなたはそうではないと?」
「そっちと一緒だな。こちらを攻撃する意思のない奴を敵認定するほど戦闘狂でもないさ。そうでもないとこんな所で月でも見ながら喋ることはないだろう?」
「そうですな。では、お互いのんびり者同士として、老人の独り言を聞いてくだされ。勇者様たちを襲った魔族ですが、あの子は……」
ということで、村長が勝手に喋りだしたことをまとめると……。
・魔族は現在、親交派と侵攻派で派閥が分かれている。ややこしいわ。
・俺たちを襲ってきたのは侵攻派の若者 魔族の国ラストで生まれたらしい。
・この村は現魔王リリアーナの推進で行われている、融和、親交政策の1つ。
・侵攻派の筆頭がリリアーナの部下のデキラというやつらしい。
・勇者が呼び出されたということで、侵攻派が騒ぎ始めた。
こんな感じだ。
まあ、色々簡潔にしているが、概ねこんな所だ。
意外とびっくりな情報が満載。
「詳しいな」
「下手をすると、私たちにも被害が及びますし、点在している村々にはそれなりの者を配置して融和政策を試していますからな」
「なるほど。村長も凄腕ってわけだ」
「いやいや、あなたほどではないですよ。あの若者。魔物を操る才能は有りましたし、単純な火力だけなら、私よりも上なのです。それをあっという間に倒してしまうとは」
「本当に良く知っている。宰相からか?」
「ええ。その伝手ですな」
「とはいえ、俺の場合は不意打ちしただけだからな。実力とは違うな」
普通に銃で撃ちぬいただけだ。銃を知らない相手だったというだけ。
それよりも、宰相のやろう。俺たちの情報をじゃんじゃん渡しているな。
これは狙い撃ちされる可能性も十分にあるな。戻ったら情報を吐いてもらうとしよう。
「しかし、その伝手があるとなると俺たちの暗殺依頼を受けていたりはしないのか?」
「ありましたな。ですが聞くだけですな。既に宰相様に力はなさそうなので。今は貴方たちについた方が今後の為にもなるでしょう。あの優しい若者たちなら、私たちと手を取り合ってくれるでしょう」
「目ざといことで。本人たちの前で言ってやるなよ」
「ええ。そんなことは致しませんよ。しかし、あのような若者がいる方が、宰相よりは未来があるように感じましたな」
「そりゃ、若いからな」
「ははは。それだけではありませんよ。異世界の風ともいうべきですかな」
「それはそうだろう。異世界で生きてきたんだ。空気が違うのは当然だ。だからといって、あの若者たちに負担をかけるだけじゃ何にも始まらんぞ」
希望を持つのはいい。だが、それを実際押し付けるだけでは駄目だ。
若者に、しかも異世界の連中に何を頼ろうとしてやがる。大人としての恥をしれというところだな。
ま、そんなことはこの村長は分かっているようで……。
「ですな。あのような若者たちを無下に扱って得る物に何の価値があるのか」
「周りは何かが変わると信じているけどな」
「それは己の破滅でしょう。私たち魔族の王、魔王の始まりも、排斥された復讐で人の国を襲ったことからですからな。確かに、ひどい仕打ちを受けたかもしれません。亡くなった魔族も沢山いるでしょう。ですが、手を取り合う道もあったはずです。今の私たちのようにですな。こう暮らして、ようやくわかりました」
安全なのんびりとした生活と、以前の苦しく厳しい生活を知っているからこそのセリフだよな。
どっちが正しいというのは言えないが、平均的な人の幸せを願うのであれば手を取り合うことだな。地球ではそうして一気に人は数を増やした。
まあ、この世界でそのルールが適用されるかはしらんがな。
とは言え、人同士が殺し合うより、手を取り合う方が、戦力が高くなるのは当然だ。
そこにこの世界の人たちがたどり着けるかはしらんが……。
「リリアーナという女王は、融和、平和を目指しているんだな」
「ええ。女王陛下はいつか人と分かり合えると思っております。そしてその願いを体現しているのが私たちですな」
「なるほど。しかし、それを快く思わない奴らもいると」
世の常だね。
何事にも反対する勢力と言うモノはある。
国ともなればそれも当然か。
「はい。そもそも、魔族が中央の大森林と山脈に囲まれた盆地という厳しい立地に居を構えたのは、いえ、構えられたのは当時異世界から召喚された勇者殿のおかげでしたからな」
「当時? 勇者が魔王を真ん中に追いやったみたいな文献はあったが、勇者のおかげ? せいでじゃなくか?」
「ええ。我々魔族が人に復讐を果たしてからは、人と魔族の戦いと移り変わりましたが、やはりというか、個体の能力は勝っていても、数はそれほど多くないですからね。結局押し込まれるわけです。そこで、異世界から召喚された勇者様が私たちを救ってくれました」
「ちょっとまて、話がわからん。こっちの方じゃ魔王を滅ぼす救世主みたいな感じなんだが?」
結城君たちも魔王を倒すために呼ばれたわけで、そのこともはっきり俺たちに伝えられている。
魔王を倒してくれと。
「表向きは、あの時の勇者様は私たちをあの山脈に囲まれた厳しい土地へと封じ込めたことになっていますが、事実は違うのですよ。彼、トウヤ・ヤシロ様がそこで手を緩めてくれたのです」
「緩めた? というか、トウヤ・ヤシロという名前は日本人の名前か?」
「響きがあなた方と似ているから、まさかとは思いましたが、やはりそうでしたか」
村長はそう言ってにっこりと笑顔を見せてくれる。
「当時の勇者様、トウヤ様も深い悲しみや憎しみを持ちながらも、それでもその気持ちに流されることなく、いつか手の取りあう日が来ることを信じて、私たちを見逃してくれました。表向きには魔王を追い払ったとされていますがね。実のところは、そこで追撃の手を緩めたのです。ここまででいいと」
「……随分できた勇者だな。しかし、当時の各国がそれでよく納得したな」
「色々揉めたようですよ? 勇者殿はそのまま従者と共に逃亡してしまいますし、それから追撃をできる者もおらずに、なし崩し的に今の話になったようです」
「……なるほどな。俺たちと同じように戦いに疑問を持ったわけだ。そして、この世界の連中に喧嘩を売ったわけか」
何とも逞しい。
勇者は各国の意思に反して、世界を敵に回したのか。
「で、その勇者様は元の世界に帰れたとかは?」
「そういう話は聞いておりませんな。ですが、討ち取られたという話も聞いていませんから、無事に逃げ延びたのでしょう。そこで我々魔族も復讐だけに生きるというのがバカらしいという思想が生まれたのですよ。まあ、負けることがわかってしまったという現実もありますからな」
「なるほど。そこから親交派、仲よくしようって派閥ができたわけか」
「ええ。で、現在はその派閥とやはり人は憎いという派閥で割れているわけです。今は勇者などいないし、我々は昔よりも強くなったといってね」
「ま、良くある話だな。で、俺たちの情報が向こうに流れて警戒というか、動きがあるのか?」
一番聞きたいのはここだ。
昔の勇者が活躍したとかもいい情報ではあったが、現状の判断のためにはここが一番大事だ。
相手は俺たちというか、勇者の存在を知っているか。そこが焦点だ。
今までの話から聞くと、魔族にとって勇者は必ずしも敵とは認識されていないことはわかったが、侵攻派にとってはこれ以上ないぐらいの脅威となるわけだ。
だが、村長は残念そうにゆるゆると首を横に振り……。
「残念ながら、ここだけが拠点ではありませんので……」
「やっぱりそんなに甘くないか」
情報は既に魔族の国へ届いている。
現実はそんなものか、ということはお姫さんが見た未来はやはり避けられないか?
「とはいえ、すぐに軍事的な行動に出ることはないでしょう」
「というと?」
「先ほど言ったように、魔族の勢力は二つに分かれていますから、温厚派を押さえつけるのには時間がかかるわけです。まあ、そちらから攻めるようなことがあれば、その限りではないでしょうが……」
「その言い方だと侵攻派、交戦派が必ず動くような言い方だが、その理由は?」
「ご存知かどうかは知りませんが、以前ルーメルが魔族、魔王討伐を掲げて侵攻してきましたからな。その事実が温厚派の勢力を弱めております」
ああ、そういうことか……。
本当にやっかいだな。
だが、時間があるのはわかった。
これをなんとか利用するしかないか。
俺はそんなことを考えながら、3本目のタバコに火をつけるのであった。
こういうことで、リリアーナは温厚派を貫いていた。
それに対してパンツ食いは攻められた事実から侵攻派の筆頭ということだった。
まあ、別個の物語ではあるけど、こうして必勝ダンジョンとはつながっています。
色々見直してみると面白いかもね。
そして、田中たちはどういう行動をとるのか?




