第292射:大地を踏む
大地を踏む
Side:タダノリ・タナカ
ギシギシ……。
そんな音が波に揺れるたびに響いてくる。
そして、船体自体が小さいのでよく揺れる。
「乗り心地はどうだい?」
俺にそんな言葉をかけてくるのは、この船団の長であるゼランだ。
シャノウの町まで、この木造船で向かうことになったので、木造船の動かし方にたけているゼランが乗り込んでいるのは当然だ。
まあ、何よりシャノウの町に知り合いがいるのはゼランだからそういう意味でもついてくるのは当たり前だった。
とはいえ、俺が護衛でついていくことになるとはな。
そんなことを考えながら、ダミーで持っているロングソードを手を当てながら、ゼランの質問に答える。
「ま、木造船で、このサイズならこんなもんだろう」
「意外だね。あのフリーゲート?だったかい? あれに比べるとこの木造船はおもちゃだからね。不満の一つや二つでるかと思ってたよ。あんたはそういうことは遠慮なく言うからね」
「ああ、それは事実だな。性能評価としては木造はだめだな。防御力が流石に低すぎる」
「いやー。あの船の武器を食らえばどんなものでもすぐにぶっ壊れると思うけどね。でも、その様子だと、船酔いもなさそうだね。なんだいこういう船にのったことがあるのかい?」
「ああ、木造船じゃないが、傭兵なんてのはあんな立派な船に乗れることはないからな。普段はこれよりも小さいクルーザーぐらいで移動だから、揺れるのは慣れているさ」
この程度で酔うようなことはない。
ひどいときは船がひっくりかえるしな。
とはいえ、防御力が紙な木造船に乗っているというのはやっぱり心配がある。
火でもつけたらよく燃えそうだし。
まあ、幸い俺はこの世界に来てある程度自由にものを取り出せるから、海に落ちればクルーザーでも呼んで乗り込めばいい。
魔物に食われなければな。
それよりも問題なのは……。
「知り合いがいるといったな。商会の伝手か?」
「ああ、あの港には私の商会があるから停泊するのには困らないね。まあ、情報を得るのには知り合いの商会に顔を出す必要があるってわけさ」
「なるほど。入港で撃ち落とされるよなことはないってことか」
「流石にそこまで危なかったら陸地から訪問するさ」
「で、そうなると気になるのはどこまでゼランは話を通すつもりだ?」
そう、ゼランは何を目的にこのシャノウに来たのかというのをはっきりさせないといけない。
確かに、上の人物と交渉をするというのは間違っていないが、その方向性が問題だ。
「そうさね。まずは魔族との戦いの情勢を聞きたいね。だから、ここの領主には謁見したいとは思っている」
「そうか。それで俺たちが拘束される可能性は?」
「ゼロじゃないね。とはいえ、正直に言う。タナカ殿を押さえるなんて無理だ」
「まあ、大人しく拘束されるつもりはないが、その場合この拠点が使えなくなるぞ。いいのか?」
「その時は仕方がないさ。恩人を売って生きようとは思わないさ。何より、あんたの実力を見抜けないで敵対すると選んだ相手を味方にしても役に立たないさ」
はっきりとそう言い切るゼラン。
なるほど、戦力差はしっかりと理解しているって感じか。
とはいえ……。
「俺が危険だとは思わないのか?」
「ん? あんたは魔族を屠ったからかい? まあ、為政者にしてみれば、新しい脅威ができたと思うんだろうが、私は商人だ。あんたは敵じゃないってのは分かる。敵になるのは、己の邪魔をした時だ。違うかい?」
「概ねあたりだ。とはいえ、仕事でお前の首を狙うこともあるだろうさ」
「あはは。そりゃ、抵抗はさせてもらうよ。とはいえ、今は味方だ違うかい? そんな簡単なルールも横紙破りする奴だったかい?」
「はっ。よくわかってるじゃないか。傭兵は約束を守ってこそ、信頼されるからな。契約を守らないものは仕事にすらありつけない」
「商人も同じだよ。まあ、真っ黒な奴もいることはいるけどね」
「そういうのはどこにでもあることだ。傭兵にもクソなのはいる」
まあ、仲間を売ったり傭兵団の名前を貶めた奴は、始末するけどな。
そうしないと傭兵全体の信用が落ちたままになる。
稼ぎも減るから、真面目にそういうやつは全力で始末することになる。
「はは、やっぱりか。ま、私も同じさ。だから、今回に限っては信頼していい」
「そうか。なら、信用は今の所しておこう」
「おや、これだけじゃ信頼してくれないのかい?」
「向こうで人質でも取られたらそうも言ってられないだろう」
「人質ねぇ。ま、そうならないことを祈るよ。というか、最悪の話ばかりしているけど、大陸の向こうから物資を持ってきた私を邪険に扱うとは思えないけどね」
「そうだといいな」
と、そんな話をしているうちに船はシャノウの港へと入っていく。
港の方へ視線を向けるが、特にこちらを気にした様子もない。
下手をすれば武装した兵士が集まってくるかと思っていたがそうでもないみたいだな。
とはいえ……。
「あまりにも無警戒過ぎないか?」
「一応、先に小舟は出しておいたからね。私の商船だって分かれば警戒する必要はないだろうさ」
「お前たちが戦いに巻き込まれたとかは思わないのか?」
「私たちは海を旅するからね。一か月二か月音信不通でも不思議じゃないのさ。まあ、戻ってこない連中は戻ってこないけどね」
「なるほど」
そういえば、この世界の航海は命がけ。
いや、地球でも航海時代は命がけだっただろう。
だから、数か月なんて別に珍しいことでもないのか。
何より、このゼランの商会は各港に専用の停泊地があるという話だ。
同じ港に戻るなんてのはそれこそ年に一回もあればいいほうだろう。
「そういえば、このシャノウはバウシャイの町とはどういう関係の場所なんだ?」
「ん? 同じ交易港だよ。まあ、所属する国は違うけどね」
「シュヴィール王国じゃないのか?」
「ああ、シャノウはその隣国の所属の港だよ。ほれ、バウシャイの隣はきつい山脈があっただろう?」
「あったな。おれたちが侵入した側に」
おかげで隠れる場所があって助かったが。
「そこがノイア王国との境だよ。山が国境の役割を果たしているんだ。だから、交易するのには……」
「船の方が効率がいいわけか」
「そういうこと。ま、私にとってもなじみの深いところさ。きっとシャノウやシュヴィール王国のことも何かしら知っているはずだ。船の行き来がなくなったんだからね」
「だといいな」
俺は再びのんびりと日常を過ごす港を見つめながらそう返す。
この町にはまだ戦いの空気というのは、今の所見当たらない。
戦争の気配があれば、少なからず兵士を回すはずだが、それとも港には注意を払っていないのか?
敵は陸地からしか来ないという認識みたいだしな。
……ま、どのみち、敵対するのであれば生きて抜け出す。
それだけだ。
「さ、野郎ども! 便利な船に乗ってたからといって腕はなまってないだろうね! しっかり停泊しな!」
「「「おうっ!!」」」
そんなゼランの声と共に、配下の男たちが声を上げる。
……これで接舷失敗して座礁したら笑う所か?
しかし、残念ながらそんな爆笑なことはなく、無難に入港を果たす。
これが地球の港ならば、入国手続きとか、船の橋渡しとかで準備かかるのだろうが、そういう管理がない時代の話だ。
船をロープで止めたりと、船員の仕事はあるが、ゼランや俺たちは最優先で船を降りていく。
「久々の陸地だね。まあ、鋼鉄の船より心もとない気はするけどね」
「自分の家と他人の家、どちらが心休まるかの話だな」
「いやいや、あの船ならどう見ても安全だからね」
「それでも、この場に下りることが必要だったんだろう。進まなければ始まらないからな」
「ま、そうだね。だから頼りにしているよ」
「そっちもうまく交渉をしてくれ。一応ドローンも追いかけてはいるが、これは最小限だしな」
俺が空に視線を向けると、俺たちの状況確認用のドローンが空を飛んでいるのを確認できる。
「本当に便利なもんだね。あのドローンっていうのは。おかげで心置きなく交渉ができる」
ゼランもそんなことを言って空を見つめるが……。
「あくまで万が一のためだ。あれを頼りにするな。まずは自分が交渉を成功させろ」
「わかってるって。任せときな」
そんなことを言いながら、港を進んでいく。
港の中はにぎわっていて、人が行ったり来たりをしている。
「本当に普通だな。ゼランから見ておかしな点はあるか?」
「いや、いつもの通りだね。シャノウは普通で助かったよ。と、まずは私たちのこの場所での拠点にいこう」
ゼランはそう言って迷うことなく港の中へと進み。倉庫とアパートのような場所にやってきた。
「ここが、私の、父の商会が所有している倉庫とこの地での宿さ。はぁ、これがただ新大陸を見つけたという凱旋だったらどれだけよかったか」
「世の中そうはうまくはいかないもんだ」
俺とゼランはそんなことを話しつつ、宿へと入っていく。
船員を受け入れるためでもあるようで、部屋の数は多いようだ。
そして、ゼランが向かうのは3階建ての建物の最上階の大部屋。
「ここが、私や父が使う部屋だよ」
「随分と豪華だな。流石やり手の商会って所か」
「ああ、これだから交易はやめられない。一攫千金。ロマンがあるのさ。タナカ殿とあったのもね」
ゼランはそう言って笑顔になる。
なるほど、根っからの冒険野郎というわけだ。
こんな連中が地球にも沢山いたんだろうな。
だが、今は笑っている場合ではない。
「で、この拠点に来たのはいいが。これからどうする?」
「そうだね……。船から積み荷を降ろして、それをもって周りの商会から情報を集める。そして安全が確認できれば領主に会いに行くってとこだね」
「予定通りってことか。なら俺も予定通りに町の方で情報を集めてくる」
「ああ、そうしてくれ。町の人たちの情報も必要だ。危険になったら、コレで伝えるさ」
そうってゼランは無線機を見せてくる。
本来なら固まって行動した方が個人の安全という意味ではいいのだろうが、今回は強力な敵がいつ攻め寄せてくるかわからない状況だ。
個別に動いてさっさと情報を集めないと、バウシャイのように何も情報が集められずに終わる可能性もある。
なので、そこは最優先で動く。
「じゃ、俺は出るぞ」
「あいよ。あ、これを持っていきな。わたしの商会のモノだって証さ。これで多少話を聞くやつも増えるだろうさ」
「そうか。助かる」
ということで、俺はシャノウの町へ足を進める。
どれだけ時間が残っているかわからないが、バウシャイがあんな風になった以上ここもそうならないとは限らない、なるべく早く情報を集めてここはどこかに移動する方がいいだろうな。
とりあえず、普通に上陸。
さて、ゼランが言っていた魔物との戦いは一体どんな状況になっているのか。
田中たちは戦いに身を投じることになるのか。




