第266射:小さい国
小さい国
Side:タダノリ・タナカ
「……え? ここが本当に国? 国境は? 国境警備隊は? というか、アレ砦?」
「ははは。そんな上等な物を置けるほど国に余裕はありませんよ。そしてあれが王城です」
「「「……」」」
マノジルの回答と目の前にそびえるこじんまりとしたさびれた砦っぽい何かを見て絶句するメンバーたち。
「規模的に砦があるだけ驚きなんですけどねー」
その中で通常通りなのはヨフィアぐらいか。
「え? これが驚きなんですか?」
驚いた結城君が純粋な疑問をぶつけると……。
「えー。常備兵が1000人行くかどうかですからね。税収もたかが知れています。それでしっかりとした砦があるんですから驚きですよ」
「そんなもんですか」
「そんなもんです」
「そうですな。ヨフィアの言う通り、このような砦を持っているのも規模的には珍しいですな。と、迎えがやってきたようですな」
俺たちが雑談している間に、砦、もとい城の方から兵士がやってきた。
俺たちがこの城にやってきたのは巡回している兵士たちに告げていたからな。
「お待たせいたしました。皆様こちらへどうぞ」
幸い、こちらのことを疑うことなく案内をしてくれる。
偽物の可能性も十分にあるのにトラブルなく中に入れてもらえるのはありがたい話だ。
「へぇ。砦の中に町がある」
「ルーメルの地方もこのようなものですよ。砦の中に町を作りいざという時に備えます。まあ、王都も構造的には同じようなものですが」
「え? そうなの?」
「はい。城壁の中に人々が住むのが主です。まあ、人の出入りは多いですから、門の外にも家屋が立ち並んでいるのでわかりずらいかもしれませんが、同じつくりなのです」
城塞都市というやつだな。
その縮小版は砦の中にある町というわけだ。
「田中さんはあまり驚いていませんわね?」
「別に珍しいものじゃないから。日本では珍しいかもしれないが、海外ではよくある構造だ。というより、昔の構造物が残っているって話だ。日本でも昔の建物が残っている地域にはこういう城壁というのはあるぞ」
「え? そうだっけ?」
ルクセン君はピンとこないようだが、大和君は思い当たることがあるらしく……。
「……総構えの小田原城などは有名ですね」
「そうがまえ? おだわら?」
「いや、総構えはともかく、小田原城が分からないはどうかと思うぞ光」
「僕はクォーターだから日本のことが分からなくても仕方ないんだい!」
「いや、威張るなよ。4分の3日本人だろ」
「ぬぐっ! 撫子、晃がいじめるー!」
軽い泣きまねをしながらルクセン君が大和君に抱き着く。
おかげで案内の兵士が何事かと足を止めてしまった。
「えーっと」
「すまん。こっちのじゃれあいだからそのまま案内してくれ」
「はっ。かしこまりました」
兵士が足を進めるのを確認した後、ルクセン君に軽く拳骨を落としておく。
「あいた」
「……叩かれた理由はいらないよな?」
「はい! ごめんなさい! で、撫子。詳しい説明プリーズ」
「はぁ。わかりましたわ。難攻不落の城塞として有名でその城主は三国同盟の一人北条家ですわ」
「あ、それなら聞いたことがあるよ」
「そこの説明が省けて何よりですわ。で、小田原城の総構えというのは、こちらのお城のように街を城壁で囲んではいませんが、堀で街を囲い敵が近寄れないようにしていました」
そう、別に敵の攻撃を防ぐのは高い壁である必要はない。
堀であっても十分だ。
守るという点を踏まえていればいい。
「へー。日本にもそういうってあったんだ」
「あとは、天然の防壁というのがあったのも大きいですわね」
「天然の防壁?」
「光。日本のお城って山の上とかにあるだろう?」
「あー、あるね」
「山城っていう分類でな。そういうのは森自体が防壁になって山道が狭い通路になるんだよ」
「なるほどー。だから見学なのにあんなにつらかったのか」
どうやらルクセン君はお城の見学に行ったことがあるようだな。
しかも山城の。
さぞ登山は大変だっただろう。
とはいえ、俺のような傭兵にとっては山の上の城とかどうぞ侵入してくれっていうような場所だけどな。
まあ、時代なんだろう。
どんなに堅固城であっても爆弾一つとは言わないが、複数で木っ端みじんだしな。
と、そんな話をしているうちに城についたようで門がギギギ……と開けられる。
中は意外と豪華ではない。旗などは確かに飾っているが、バケツや干し草などの物資が置かれていて乱雑な様相だ。
「こちらです」
兵士は気にすることなく、横の階段へ登っていく。
「え? あっちに正面の階段あるよね?」
「ああ、あちらは行き止まりになっております。こちらが正しいルートです」
「へ? 正しいルート?」
またルクセン君が混乱してるな。
「こういう防御に力を入れている場所は、敵が侵入した時もすぐに大事なところに踏み込まれないように迷路にしているんだよ。なあ、兵士さん」
「はっ。その通りであります。あちらの正面の階段は今ご覧の通り広場になっており、私たちの目から見通せるようになっております。あそこに上った敵兵は周囲から矢によって射貫かれることになります」
「ほわぁ。考えているんだなー」
「だなー。実際説明してもらうと違うな」
「ええ。戦うための建物というのがひしひしと伝わってきます」
そんな感じでルクセン君たちが感心している所悪いが、俺としては別の感想を持っていた。
こんな小さい砦がこんな中まで踏み込まれたとなると、偽ルートを駆け上ってきた敵を矢で打ち抜いたところで焼け石に水だろうなと。
まあ、そんな空気の読めないことは言わないが。
「どうぞ、陛下がお待ちです」
兵士がちょいとみすぼらしい扉の前でそういうとそのまま扉を開け中へと案内してくる。
どうやらここでサザーン王国の王様がお待ちのようだ。
特に断る理由もないので全員中へと入るのだが……。
「狭い」
「こら、光さん」
つぶやくルクセン君をすかさず大和君が注意する。
気持ちはわかるけどな。
ルーメルの王城のようにだだっ広い部屋に長机と椅子がドンと置いているわけではない。
ろうそくの明かりを頼りに石壁に圧迫されているような部屋に長いテーブルが置いてあるがかえってそれが部屋の空間を圧迫している。
まあ狭いといっても、俺たちや奥に座っているサザーンの国王や側近達も立っているのだからそこまで狭いというわけでもないが、ルクセン君の比べる基準がダメだったというだけだ。
「はは。勇者殿、こんなところでおもてなしをして申し訳ない」
ルクセン君の言葉は聞こえていたようで、王様がそう返すが別に嫌味でもなんでもなくただ純粋に返事をしている。
「ご、ごめんなさい」
とはいえ、悪口に言った本人はバツが悪いようで謝る。
「お気になさらずに。本来であればもっと盛大に出迎えねばならないのですから。どうぞ、皆さまおかけください」
そう促されて俺たちは席に着く。
「では、改めて遠路はるばるよく我がサザーン王国へ参られた。連合の方々」
「ご丁寧なあいさつありがとうございます。そして、突然の訪問申し訳ございませんでした」
エルジュがそういって挨拶を返す。
「いやいや、今回は我が国のトラブルですからな。こうして対応していただけて何よりです。そして、ルーメル王国のユーリア姫、そしてマノジル殿。仲介をよくぞ引き受けてくださりました。感謝いたします」
「いえ。サザーン王国の危機は我がルーメルの危機も同然です。何より今回の問題は……」
「サザーン王国のことだけで終わりませんからな。ようやく魔族との戦いに決着ついて、皆平和が訪れると信じております。それが崩れ去るのは何としても阻止したいですからな」
ユーリア姫さんの言葉をマノジルが続け、ちゃんと今回の問題はサザーン王国単独での問題ではないと明言し、それに同意するようにうなずく連合軍代表の聖女さんがいて、極めつけには魔王ことリリアーナ女王もいる。
これは連合どころかこの大地に住む人々がこれ以上の戦乱は望んでいないという事だ。
それがサザーン王もわかっているようで……。
「はい。これからこの大地に住む人々が心安らかに過ごせるために私も尽力を尽くす所存です」
そうはっきりと告げる。
この人も国は小さいが立派な王様ってことだな。
「では、意見が一致したところで状況を教えていただけますか?」
「はい。只今別の大陸より避難してきたという避難船団は我が国の最大の港、ノルマンディーで待機してもらっております」
……やばい。
危うく噴き出すところだった。
なんだ、避難船団に地球人でもいるのか?
狙って上陸してきたのか?
史上最大の作戦か?
いや、港の名前を付けたやつか?
と、そんな馬鹿なことはいいか。偶然だ偶然。
「数はどの程度でしょうか?」
「数はおよそ600人」
「「「……」」」
その回答に沈黙する聖女さんやお姫さんたち。
ま、常備兵が1000人前後の国に600人の難民が到着とか悪夢だよな。
あ、違うか。
こっちのメンバーが驚いているのは……。
「600って多いの?」
「いえ、こちらの船の大きさとかは知りませんし」
「地球じゃ1000人単位で乗る豪華客船とかもあるしなー」
その前に理解が追い付いていない3人に説明をしないといけないな。
「話の途中で悪いんだが、600人がやってきたという意味が正確にこっちに伝わっていない。説明をはさんでもらえるか?」
「あ、ごめんなさい。えーと、ユーリア様どう説明したものでしょうか?」
「んー。勇者様たちにどう説明したらいいのでしょうか? マノジル、わかりますか?」
「ふむ。では、まだ話が続きがありますので、手短に」
どうやらマノジルがまとめて現状を説明してくれるようだ。
ま、爺さんならうまく説明してくれるだろう。
「まず、数が600というのはワシが知りうる限りで、かなりの数ですな。サザーン王、船団といいましたが船の数はいかほど?」
「ふむ。数はそこまで多くはなく6隻と聞いておりますな」
「つまり、1隻当たり100人も乗っていたということはそれだけ食料も積んでいたということになりますな」
「「「あ」」」
ここまで結城君たちも規模のでかさが分かったようだ。
自分たちが旅をするのにどれだけ物資がいるかよくわかっているからな。
「そして、その数が移動したのなるとこの土地なら噂になります。大型船を6隻も出港したような話もなければそのような大型船を作ったという話も聞かない。つまり、状況からすると本当に知らない土地から彼らが逃げてきたということですな」
「「「……」」」
つまりそれは本当に魔族から逃げてきたということになる。
さーて、その魔族について詳しく調べる必要がありそうだな。
このレベルになると日本の県以下なんだけど、こういう中世はポッとでの小さな国っていうのは多かったみたい。
まあ、併呑されて淘汰されていくんだけどね。
現代でも小さい国っていうのは存在するから、こういうレベルがあっても何も不思議でないわけです。




