第219射:懐かしの我が家
懐かしの我が家
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
「へぇー。ここがノールタル姉さんやセイールたちが住んでた国かー」
「意外と、あまり変わりはないな。ま、ドローンで見てたからわかってたけど」
「こら、2人とも、きょろきょろしないでください。私たちは一応、潜入しているんですわよ」
「ごめんごめん」
「すまん」
僕と晃は撫子に怒られて、すぐにフードを深くかぶり、田中さんたちの後を追う。
「でも、意外と何もなくここまで来れたよねー」
「だな。ここまで簡単にラスト王国に来れるとは思わなかったよな」
「それは私も同意ですわ」
そう、既に僕たちは魔族の国ラストへと到着していた。
渓谷での伝令兵との遭遇を警戒していたんだけど、実はそんなことはなかったんだよね。
なぜなら……。
「魔物に感謝だな。おかげで俺たちが戦う事無く伝令兵を始末できた。しかも相打ちとはありがたい」
「……タナカ。もっと言い方はないのかい?」
「言い方を変えても一緒だ。兵士は任務を全うするために、目の前の障害と立ち向かって全滅した。それだけだ。そして後続の伝令兵が残骸を見つけて勝手に報告をしてくれる。それだけだ」
田中さんとノールタル姉さんの言う通り、伝令兵たちは渓谷にいた食虫植物の相手をしていたみたいで、僕たちがたどり着いた時にはどちらとも死んでいた。
お陰で、僕たちの存在はばれる事なく渓谷を抜けてラスト王国へと到着したというわけだ。
とはいえ、田中さんの言い方はやっぱりとげがあるなー。
いや、感覚の違いなんだろうけど。
「はぁ、ま、私たちに好都合なのは認めるけどね。せめてあの伝令兵たちの頑張りが無駄にならないように頑張らないとね」
「そうだ。俺たちがあの伝令兵たちにできる手向けは、戦争をいち早く終わらせることだ。終われば魔物が多い森に出る必要もないだろうからな」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
目の前の事ばかりにとらわれるなってやつか。
何度言われても、慣れないけどねー。
とはいえ、昔よりも抵抗はなくなっている気がする。
そろそろ僕たちも染まってきたのかなーと思っているうちに話は進んでいく。
「まあ、伝令兵さんたちのことはいいとして。ノールタルさん。これからどうするんですかー? レジスタンスの場所ってわかるんですか?」
「いや、わかってないね。とりあえず、私の家に行こうかと思っている。あそこなら、部屋もあるしね。まあ、接収されていてどうなっているかわからないけど」
「敵が多いならやめるぞ?」
「それはわかっているよ。とはいえ、セイールたちもさらっているんだ。わざわざ空き家に人をやる理由もないだろうさ。なにせ今は戦争なんだ」
「確かにな。ま、足りないものは俺が出すから心配するな」
「ああ、頼りにしているよ。こっちだ」
ということで僕たちはノールタル姉さんの家に向かったんだけど……。
「おや、意外と家具は残っているね。荒らされてはいるけどね」
部屋の中は荒らされてはいるけど、家具などは壊されておらず、倒れているだけで使うことが可能な状態で残っていた。
「埃が積もっているな。これは当分人の出入りがなかったってことか。ひとまず安心とみていいだろう」
「タナカがそう言うなら大丈夫だね。さて、あとは掃除だけど、窓を開けても大丈夫かな? それとも兵士に感づかれるのを避けて、埃の中で寝るかい?」
「普通に掃除したほうがいいだろう。ここまで普通に来れたしな。ドローンもかなり上空だが待機しているから、敵の接近ぐらいはわかる」
「よし、そうならさっさと片づけよう。ここがしばらく活動の拠点になるしね。埃まみれなのは勘弁だからね」
そういうことで、みんなでノールタル姉さんの部屋の掃除をして、部屋を整えることになったんだけど……。
「特にこれといって、ルーメルの人と生活は変わらないんだね」
「まあね。もともと人から魔族になったからね。生活様式はそうそう変わらないさ」
僕は倒れた家具を戻しつつ、掃除をしながらノールタル姉さんと話をしている。
魔族だから、多少はこう怖そうな装飾があるかとも思ったけど、そういうことはない。
普通の家で、普通の家具が並んでいるだけ。
まあ、姉さんの言う通り、元が人なんだから、そこまで生活スタイルが変わるわけもないか。
「でも、金目の物は全部持っていかれてるよ。ほら」
そう言ってノールタル姉さんが見せてきたモノは、小さな宝箱だ。
中身はすっからかん。
「これに、お金とか入れてたの?」
「ああ。それなりにね。そして、パンを作っていた工房の方は……」
ギィっと、扉を開けた先には、すっからかんな部屋が広がっているだけだ。
「小麦粉全部持っていかれてるね。かまどは無事だけど、火かき棒とか鉄製の物は全部なくなっているね。はぁ……」
その惨状を見てノールタル姉さんが悲しそうに肩を落とす。
マジで許せないね。クソデキラが。
そんなことを考えていると、田中さんが顔を出してきて……。
「こっちは粗方終わったぞ。って、何もないな。かまどがあるところ見ると、ここがノールタルがパンを作っていたところか?」
「ああ、そうだよ。見ての通りすっからかんさ。覚悟はしていたけど、こうして現実を見ると悲しいねぇ……」
ノールタル姉さんは田中さんに顔を向けることなくそう答えつつも、空っぽになった工房から視線を外さない。
涙は流していないけど、その感情を感じさせない顔から、こらえているんだってわかる。
何か言うべきなのか迷っていると……。
ドンッ。
と、そんな音が聞こえて振り返ると、小麦粉の袋が置かれたのか埃が舞い上がっていて、その横には田中さんがもう一袋の小麦粉を抱えて。
ドンッ。
さらに床に置いて、埃がさらに舞い上がる。
「けほっ!? ちょっと、田中さん何やってんの!?」
「何をってパンの材料だ」
田中さんは特に気にした様子もなく、そう言いながら道具をポコポコ取り出して、というかスキルの無駄遣いな気がするけど、そのままノールタル姉さんの前に行って。
「ま、戻らないものもあるが、後ろを見すぎていてもあれだ。ここに道具はあるんだ。作ってみるか?」
「……ははっ。そうだね。うん、そうするよ。ヒカリ手伝ってくれるかな?」
「あ、うん。任せてよ! と、まって、撫子、晃、ヨフィアさんたちも手伝ってー。田中さんも掃除手伝ってね」
「おう。さっさと片づけて、作り立てのパンでも食うぞ」
で、みんなでさっさと片づけをして、パンをノールタル姉さんに作ってもらったんだけど……。
「いや、そうか。パンは発酵する菌がいるとは知らなかった」
「イースト菌がいるのを知らなかったとは思いませんでしたわ」
「意外ですよね。ま、このパンも普通に美味しいですけど」
そう、意外なことに田中さんがイースト菌のことを知らなくて、ぺったんこな、乾パンかナンみたいなものしかできなかったのだ。
だけど、流石ノールタル姉さん。
こういうパンも十分に美味しい。
「うん。アキラの言う通り美味しいよ。姉さん」
「はは、そう言ってもらえてうれしいよ。でも、ふっくらしたパンも作りたいから、機会があれば作りたいね。まあ、こんびに?のパンには及ばないだろうけどね」
そんなことを言う姉さんはさっきよりも随分元気になった気がする。
……良かった。
悲しそうな姉さんを見るのは嫌だったしね。
「コンビニなー。ま、あれになれると、俺みたいにモノを知らない大人が出来上がるからな。楽するのはだめだな」
「タナカが楽しているっていうのは信じられないね」
その言葉に同意。
田中さんが楽しているとか、嘘だ。
絶対一番苦労しているよ。
「そういう意味じゃないんだがな。ま、いいか。飯も食ったし」
田中さんはそういうと、席を立ち……。
「今日は休むぞ。行動は次の日からだ。警戒のローテーションは決めた通りだ。色々話したいこともあるだろうが、休まないと体がもたないぞ」
そう言って、工房を出て行ってしまう。
すると、それに続くように……。
「では、私も失礼します」
「そうですね。これからが本番ですからね」
リカルドさんとキシュアさんも出て行ってしまう。
まあ、それも当然か。いくら、ノールタル姉さんの家にいるとはいえ、ここは敵地なんだし、休めるときに休んどかないといけないよね。
それは、撫子や晃もわかっているみたいで2人も席から立って……。
「そうですわね、寝ますわ。おやすみなさい」
「だな。流石に体がもたない。ノールタルさん、光、お休み」
「はいはーい。添い寝しますねー」
「ああ、お休み」
「時間になったら起こすよ」
姉さんと僕がそう言って見送ると、気が付けばみんないなくなっていた。
お姫様とカチュアさんは先に休んでいる。
やっぱり、森の中を抜けて行ったのはきつかったみたい。
そして、工房に静けさが戻る。
「「……」」
しばらく、その静けさを楽しむ。
あれだけ騒がしかったのに、今では何も聞こえない空間になっているってのは不思議な感覚だね。
そう思っていると、不意に姉さんが口を開く。
「なんというか、ありがとう。ヒカリ」
「え? なんで?」
「いや、なんか言いたくなった。というか、言わないとだめだね。ちゃんとヒカリたちは約束を守ってくれた。私を、私たちをちゃんと故郷に帰してくれた」
そう言われて、確かに、そんなことを言ったと思い出す。
僕たちは、確かにノールタル姉さんたちを家に帰すって言ってた。
そうか、その約束を果たしたことになるの……?
「あー、そういえばそうなるのかな? でも、まだデキラを倒していないし……」
うん、でもデキラは倒していないし、いまだにラスト国は動乱の真っ最中だ。
これで、故郷に帰したって言えるのかな?
「気にすることはないよ。私がこう言うんだ。こうして、ガラガラだった工房も復活したしね」
姉さんの言う先には、後片付けがされていない散らかった工房が存在している。
「ただ一人で帰ってきたんじゃ、こういう気持ちにならなかったよ。いつものようにパンを焼いて、みんなに食べてもらってさ。ああ、帰ってきたんだなって思えた。この散らかった工房はさ、パン屋をやってた頃の一日の終わりの姿なんだよ」
「そっか、パン屋って大変なんだね」
「ああ、生きるってのも楽じゃない。でも、こうしてパンを食べて喜んでくれる人がいるから頑張れる。だから、この生活を取り戻すためにも、デキラの野郎は必ず落とし前をつけさせる」
「うん。そうだね。あの変態野郎は絶対許さない」
姉さんやセイールたち、リリアーナ女王の借りは必ず返す。
すっきりしてから、堂々と帰る方法を探ってやるんだ!
僕は改めて、決意をして……。
「監視しようか」
「……眠い」
相変わらずの辛い夜の監視業務が始まるのでした。
意外とあっさり王都に侵入することが出来ました。
そして、田中はパンがなぜふっくらしているか知らなかった。
まあ、よくあること。
お米を洗うといわれて、洗剤で洗おうとするやつがいるような感じさ!
とはいえ、ノールタルが元気になってよかった。
こうして、田中たちは、ラスボス前の宿屋を確保するのであった。
さあ、ラストバトルは近いのか? それとも……。




