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異世界での職業適性  作者: 子儀
1章 異世界への移住者募集中
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19話 打撃戦

スキルで身体能力は向上しても、なかなかスッキリした戦闘は出来ない主人公達です。

最初はこんなもんですよ。

「だっしゃああああっ!!」

 いささかスマートとは言い難い掛け声と共に、モミさんが空中の毛玉をカウンター気味に叩き落とす。同時に盾で他の毛玉から身を守りつつ、隙あらばそちらも武器として使う。右手の長剣と左手の盾をそれぞれ独立した生き物のように、かつ互いの隙をカバーするように扱う様を見ると、相変わらず器用なものだと思う。

 地面に叩きつけられた毛玉は2,3度バウンドしたが、そのまま力尽きたようにでろりと地面に横たわり、そのまま解れた。よくよく見れば体毛の中から伸びた短い四肢がピクピクと動いている。

 なるほど、見た目のままの丸い生き物かと思ったが、あれはダンゴムシのように丸まった状態だったようだ。むしろ毛の生えたアルマジロか、針が柔らかいハリネズミと言ったほうが近いか。普段丸まって過ごすためか殆ど退化してしまった四肢の代わりに、長い尻尾が随分と発達しているのが分かる。

 一応全力で殴れば身動きはできなくする事は出来るようだが、止めを刺す余裕はない。次々と好戦的に飛びかかる毛玉に、完全に足止めされている。

 

「しっかし、また後衛のフォローを忘れてんなっ」

 モミさんを視界の隅で捉えつつ、ルシャを狙う毛玉を払いのけて密かに愚痴る。とは言っても、俺自身この状況を打開する手段も浮かばず目の前の問題を何とか捌くので精一杯で、人のことは言えないわけで。

 軌道が外れているためにスルーしかけた毛玉から飛び出してきた尻尾を慌てて受ける。親指程もありそうな先端の刺が剣身とぶつかるギャリィッという鈍い音に鳥肌が立つのを堪え、次の毛玉を正面から叩き落とす。

 どふっと鈍い音を立てて落ちた毛玉には、表面にうっすらと痕がついている程度でまったくダメージを負っている様子はない。次の毛玉突進の相手をしている隙にころころと転がって距離を取られる。

「うわー、全然刃が立たないな……」

 全身をびっしりと被った頑丈な体毛が、殆ど斬撃を通さない。

 俺の使っている小剣は決してナマクラではないが、切れ味については然程高いものではない。素手で刃をなぞれば人の肌くらいは切れるが、寄り合わさった繊維の束をスパスパというわけには行かないようだ。

 “切れ味”だけが剣の性能の全てではないが、威力に関わるもう一つの要素についても問題がある。

 すなわち、重量。

 モミさんの持つ長剣も刃物としては俺の小剣と対して変わらない。確かに斬撃によるダメージは与えられていないが、金属の塊による打撃として見ると並外れた筋力と長剣の重量が加わってそれなりの効果が出ている事が分かる。

 だが、重量せいぜい1kgちょいの小剣では、人の身長ほどの高さまで跳ね上がる程の弾性を持つ皮膚に吸収されてダメージを与える事は出来ないようだ。あるいは突きなら徹るかもしれないが、あいにく剣術ビギナーの俺に回転する球体を空中で貫く技術はない。

 そういうわけで、自分自身とルシャにぶつかりそうな奴をはじき飛ばしつつ、時間を稼ぐくらいしか今のところ出来ない俺。

 もうちょっと奮発して長剣にするかいっそセンテとお揃いの鉈にしておけば良かったかとも考えたが、それだと今度は動きが鈍って今のような最低限の動きも出来なかった可能性がある……というか非常に高い。

 己の非力さを悔やみつつ、帰ったらスキル集めだけでなく剣の訓練もした方がいいな、と心の中でスケジュール帳に書き留めるのだった。

 

 まだ数分も経っていないはずだが、それにしてもダルい。

 動きに慣れてくれば結局それは直線的な体当たりであり、死角をついてくる尻尾の存在を除けば四方からボールのように飛んでくるだけの事だ。幼少の頃ドッジボールの鬼と呼ばれた俺からしてみれば躱すこと自体はそんなに難しいものではない。

 何がダルいかというと、先程から毛玉を払い続けていた剣を持つ右手がダルい。

 極端な例えをするならば、モミさんは飛んでくるバスケットボールをバットで打ち返しているのに対し、俺はより短く軽い卓球ラケットで打ち返そうとしているようなものだ。手首への負担が半端ない。

 ルシャが一度[ファイヤー・ウォール]を使用してみたが、ある程度の速度であれば多少焦げたりはするものの、突破自体はそう難しいものではないという弱点が露見するに留まった。

 まぁ、火だもんなぁ。壁といっても物理的な拘束力自体はないようなものだ。効果が少ないものを維持していても仕方ないのでとっとと解除させたため、再び詠唱タイムの時間稼ぎだ。

 そもそも俺、よく考えてみれば剣なんて使ったことないっての。

 下手に慣れてきたおかげで、半ば単純作業化しかけた状況に愚痴じみた事を考える余裕が出てきてしまう。かと言って打開策を練る程の余裕はないというもどかしさに段々とイライラが募る。

 そんな時、視界に飛び込んできた1匹の毛玉。

 位置は正面やや右手。高さは胸。軌道はそのまままっすぐ此方へ。

 まさに狙ってくれと言わんばかりの獲物。

 何の偶然か、ちょうどそれ以外の連中を弾いて体勢を整えた状態。数秒間の余裕。

 右手の中のグリップを握り直し、大きく振りかぶると――

 

 ――<動体捕捉>

 ――<強打>

 

「っだああああああっ、うっとおしい!!」

 これまでの鬱憤を込めた、護拳(ナックルガード)による全力の右ストレートをカウンター気味に叩き込んだ。

 

 ――技能スキル<的中(クリティカル)>習得

 

 ……決まった。これ以上ないくらいに気持ちよく入った。

 見よ、あの飛距離を。

 地面を跳ね回る毛玉の弾性は打撃によるダメージ自体は吸収できるが、その分よく弾むボールのように吹き飛ばされやすくなる。

 これまで数m程飛ばすのが精々だったが、今の一撃は10数mはかっ飛びその先にいるモミさんの所まで届きそうな……届いた。

「――うぉ、なんだいきなり!」

 あ、ごめん。

 背後からの奇襲に驚いた奴に軽く詫びを入れる。

 だが、今の感触……。数秒の間を置いて後続を払い落とす作業を再開しつつも、口元に笑いが浮かんだのを自覚する。

 そうだ、そもそもまともに使ったことのない剣を律儀に使う必要は無かったのだ。

 基本(セオリー)は守りつつ、常識(セオリー)から外れる。それがウェイスト氏にも評価されたのではなかったか。

 チクリと刺すような左腕の痛みに、見れば上腕に軽い切傷。毛玉の尻尾がかすめたのではなく、先ほどの<拳打>時に自分の剣の切先を引っ掛けてしまったのだ。

 なるほど、順手持ちのまま拳を振るうと、刃が内側に来るから自分に当たる。ならばと少し考えて、小剣を逆手で持ち直した。

 護拳(ナックルガード)のついた小剣ではなく、小指側から剣身の生えた護拳(ナックルガード)として使う。

 そのまま2度、3度と余裕を持って毛玉を殴りつつ、調子を確かめる。

 うむ、やはり慣れない剣を振るうより当てやすい。ボールにバットを当てるより、グローブで取るほうがずっと難易度が低いのだ。

 さらには続く数匹を<蹴撃(キック)>で迎撃。余裕ができたタイミングで1匹を躱し様に左手で捕獲。

 この程度、幼き頃ドッジボールの鬼と呼ばれた以下略。

 

 ――技能スキル<捕獲(キャッチ)>習得

 

 刺つき尻尾が動くよりも早く地面に叩きつけ、小剣を逆手に振り下ろす。一瞬びくんと痙攣したあと、動かなくなる元・毛玉。

 やはり突きなら刃も通るな。

 小剣を小剣として使っていたときよりもしっくり来る。こうなってみると、この武器を選んだ過去の自分を褒めてやりたくなってきた。さすがだ俺。

 武器の重さは負担になるほどではなく、<拳打>の重みが増すいい塩梅。

 剣身の長さは邪魔にならず、斬撃にもつかえるギリギリのサイズ。

 金属製の護拳(ナックルガード)によって、打撃力はさらに倍。

 だんだんテンションがあがり、思考が加速していく。この感覚は牙猪(タスク・ボア)の時に味わったのと似ている。

 ――そう、最高に『ハイ!』ってやつだァ!

「WRY「――[フローズン・ランス]・発動(トリガー)」」

 急に抱きついてきたルシャが俺の台詞を遮るように声を響かせると同時、白い靄がルシャの杖を中心に広がり周囲の温度が瞬間的に下がった気がした。

 掲げた杖尻でトンと地面を叩くと、シャリシャリと小さな結晶が擦れあう音と共に俺とルシャを囲むようにして数十にも及ぶ数の氷柱が生まれ、それぞれが身長ほどの高さまで急激に成長していった。

 間が悪く突っ込んでくる最中の数匹が鋭利な先端に貫かれたところで残る毛玉たちは戸惑ったように動きをとめ、ポーンポーンと弾みながらこちらを伺うように周囲をうろつき始めたのだった。

 

「……凄い魔法を使えるじゃないか」

 何故最初にこれを使わなかった。

 白い息を吐きながら腰の辺りにしがみつくルシゃを見下ろすと、心無しか白くなった顔でブルブルと小刻みに震えていた。

「寒いの……だめなの……」

「あー」

 少し時間が経てば空気も攪拌されて暖かくはなるだろうけれど、周囲を多くの氷に囲まれた今この場は氷柱を生成した余波なのか冷凍庫の中にいるような冷気に覆われている。

 ルシャが羽織った薄手のコートの隙間からホットパンツと剥き出しの太腿がちらちらと覗いている。その格好じゃさすがに寒かろう。

「あと、<氷魔法>ランク低いから……」

 つい……と目線を向けた先には氷柱生成の際に取り込まれて氷結した、運の悪い毛玉が。ルシャはそのまま視線を足元に向けると、

「……精度が低くて、味方も巻き込むみたい」

「――うお、どおりで妙に寒いと思ったら!」

 右足の足首から下が、氷の中に埋まっている。ブーツのおかげで多少冷気は遮断されているが、意識した途端に一気に冷たくなったような気がする。

 氷はルシャ――正確には、彼女が杖をついた地点を中心に同心円状に発生している。抱きついてきたのは暖を取るためだけではなく、なるべく安全地帯内に収まるようにするためだったか。味方を巻き込まないようにする程度の分別があったのは幸いだが、残念ながら足がはみ出してしまっていたようだ。

 身体の一部が氷の中に取り込まれた状態というのは、案外精神衛生上よろしくない。足を引っ込めようとして雪じゃないんだからそんな事で埋まった足を引き抜けるはずがない……という考えが一瞬浮かんだが、実際には思った程の抵抗はなく、薄氷を踏み抜くような感触とともに無事脱出が完了した。

「氷がくっついたときに無理やり引っ張ると、皮が剥がれるから気をつけたほうがいいわ」

「怖い想像させんな!」

 実際には張り付いていたわけじゃなく氷の中にすっぽりと嵌っていたようなものなので、ルシャが言ったような惨事に会うことは幸いにして無かった。

「……しかし魔法も案外不便なもんだな」

 ゲームのように味方への当たり判定はないというわけには行かないようだ。当たり前だが。

 

 壁というほど密なものではないが、それでも無数の氷柱によって俺達2人と毛玉との間は分断された。上空まで塞がれた訳ではないので毛玉も飛び込もうと思えばできるのだが、少し狙いがずれれば串に刺さった団子のようになるというリスクを負ってまでこちらを襲う気はないのだろう。

 未練がましい数匹を除けばこちらを狙っていた大部分は早々に諦め、先に森から出て行った他の毛玉を追うようにして平原の方へと去っていった。そういう点では、ルシャの手はそんなに悪い物ではないのかもしれない。

 ……少し離れたところでモミさんが1人、毛玉に囲まれてなければ。

「あ……」

 そこまで考えていなかったというルシャに減点1点。目の前にいる相手にとりあえず火力を叩き込めばいいという考え方は直してください。

 最後まで残っていた毛玉がモミさんへと狙いを変える。

 ひとまずアレを片付けないと。

 然程強い相手ではないが、数が厄介なのはいつぞやの草原狼と同じ。どれだけ肉体的には劣る相手であろうと、ゲームのように攻撃を食らっても無傷という訳にはいかないのだ。

 遠目で見る限りはまだ余裕はありそうな動きに見えるが、だからと言ってのんびり引き篭っているわけにもいくまい。

 壁だったはずの氷柱は、今この瞬間においては檻と変わらない。

 どうやって脱出しようかと考えたとき、先ほど氷から足を引き抜いた時に出来た亀裂が目に入った。

 ルシャに魔法を解除させればよかったと思うより早く、その亀裂に全力で蹴りを叩き込んでいた。

スキルで身体能力は向上しても、なかなかスッキリした戦闘は出来ない主人公達です。

そりゃあ最初はこんなもんですよ。

危うくこの世界特有の、スキル任せ力任せ思考に入りかかってました。

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