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書籍発売記念SS◆甘えちゃうタイプ

 それはある夜のことだった。

 夕食の時間になり、私は食堂へと向かった。マクシム様は執務室にいらっしゃるから、お仕事に区切りがついたら降りてこられるはずだ。お忙しいマクシム様とは一緒に食事がとれない日もあるから、こんな日は嬉しくて気持ちが浮き立つ。

 自分の席に座ると、目の前に最近お気に入りの葡萄ジュースが置いてあった。新作のジュースができるたびに領民の方々が届けてくれるのだけれど、その中でもこの葡萄ジュースは絶妙な喉越しと甘酸っぱさで、私が一番気に入っているものだ。

 喉が乾いていた私は、ありがたくジュースを手に取り、口をつけた。けれど。


(……あれ……? 何だかいつものとは違う……?)


 ゴクゴクと二口ほど飲んだ瞬間、いつもの甘さがないことに気付く。……その上やけに喉の奥が……。


「いかがなさいましたか? エディット様」


 私の表情に気付いたカロルとルイーズが、すぐさまそばにやって来る。


「……あのね、この葡萄ジュース、いつもと味が違うのよ。舌が少しピリピリするし、不思議な風味だわ。それに、喉の奥が熱い感覚がしたの」

「えぇっ!? ま、まさか……!」


 ルイーズが慌てふためいて私のグラスを奪い取ると、カロルと二人でクンクンと匂いを嗅ぐ。そして安心したように息をついた。


「なぁんだ、びっくりしましたー。よもや毒かと驚きましたが、そんなはずがありませんよねっ。これはアルコールですね! ワインの香りですよ、エディット様っ。ふふ、エディット様はアルコールをお召しにならないから、お分かりになりませんよね」

「そ、そうなの?」


 ニコニコとするルイーズの隣で、カロルが眉間に皺を寄せた。


「一体なぜエディット様のお席にワインが……?」


 すると、新人給仕の女性が強張った顔でそばにやってきた。


「た、大変申し訳ございません、奥様……! 本日領民の方が新作のワインを持って来られたので、旦那様の試飲用にと置いていたつもりだったのですが……、ま、間違えてしまったようです」

「何ですって? 迂闊なことを……」


 カロルが声を上げると、束の間ほっとした表情をしていたルイーズも、心配そうに私に問いかける。


「大丈夫でございますか? エディット様……。ほんの少ししかお召しになっておられないので、大事ないかとは思いますが……」

「ええ、大丈夫よルイーズ。カロルもそんなに心配しないで。……あなたも、気にしなくていいわ。でも、今のうちにいろいろと覚えていってね。そのうちお客様をお招きして食事会をする機会もあると思うから……その時には、ひくっ、……このようなミシュをしゅるわけには、いかないもにょね」


(あれ? 何だろう。口が重いような、変な感じがする……)


 泣きそうな顔で謝罪する新人給仕の女性がこれ以上怒られずに済むようにと、彼女をフォローする言葉を口にしていた私だけれど……。

 何だか口が回らない。それに、体も怠くなってきた、気がする……。


「エ……エディット様?」


 カロルとルイーズが私の顔を覗き込んだ、その時だった。


「すまない、エディット。遅くなってしまったな」


 大好きな人の声が、遠くから聞こえた気がした。……体が熱い……。あれ? 景色が、回ってる……。


「だ、旦那様……! 実は今しがた……」

「……何だと? おい、エディット。大丈夫か」

「もっ、申し訳ございません! 申し訳ございません……っ!」


 皆の声が重なって聞こえる。

 次に気が付いたのは、体がふわふわと浮遊しているような感覚だった。


「……ん……」


 いつの間にか目を瞑っていたらしい。もしかしたら、少し眠ってた……?

 瞼を開けると、そこにはマクシム様のお顔があった。どうやら私を抱きかかえ、運んでくださっているらしい。


「まく、しむ、さま……」

「……大丈夫か? エディット。すぐにベッドに寝かせてやる。気分は悪くないか?」

「……ウン」


 もっとちゃんと返事がしたいんだけど、とにかく全身が怠くてしかたがなくて。口を動かすのさえ億劫なのだ。

 彼に答えた瞬間、体の揺れがぴたりと止まった。マクシム様が足を止めたのだろうか。こちらを見つめている。変な声出しちゃったのかな。

 しばらくすると、またふわふわと揺れはじめた。


「……体が、熱いの……」

「……ああ。アルコールの影響だ。しばらく休めばすぐに治まるはずだ。お前の飲んだ量はごくわずかだったようだから」


 ……なぜかしら。マクシム様の声が、いつもと違う気がする。

 ふいに、さっきの新人給仕の彼女のことが気になって、マクシム様に告げる。


「あの、ね……。あの人を……、あまりおこらないでね。……ね?」

「……ああ。分かっている」


 その後しばらくして、柔らかい感触に体がふわりと包まれた。どうやらベッドに寝かされたらしい。


「ん……。マクシムさま……気持ちいい……」

「少し眠れ。水を飲むか? 持ってきてやろう」

「ううん……いらにゃい。……体が、熱いの」

「だ、だから、水を持ってきてやると言っているだろう」


 回らない舌で一生懸命答えていると、マクシム様の声がやけに上擦っている気がした。彼に視線を定めると、ベッドサイドから離れていこうとしている。

 私は咄嗟に手を伸ばし、マクシム様の腕を摑んだ。


「っ? な、何だ? エディット……どうした?」

「やだぁ、マクシムさまぁ。行かないでぇ」

「……っ!?」


 何だか無性に彼が恋しくて、私は必死で引き止める。……酔うって、こういうことかしら。自分の気持ちを伝えたくてしょうがない。


「マクシムさま……大好き。ずっとずっと、私のそばにいて……。ね?」

「〜〜〜〜っ!? く……っ!!」


 マクシム様が顔を赤くし、片手で自分の顔を覆った。……もしかして、彼も酔っているのかしら。あのワインを飲んだのかな。


「一緒に寝よ。……来て、マクシムさまぁ」

「……あ、甘える質だったのか……! クソ、こんな姿を見せられて、誰が正気を保っていられると……!」


 その後ベッドに入ってきたマクシム様が腕枕をしてくださり、その瞬間、あまりの気持ちよさに私の意識はそこで途切れた。


 翌朝、やけに真剣な表情のマクシム様から、「人前では絶対にアルコールを口にしないでくれ」と懇願されたのだった。


 






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