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56. 父と母の分まで

 それから数ヶ月後──────


「おめでとうございます奥様!女の子です!とても可愛らしい女の子でございますよ!」


 数時間に及ぶ痛みとの戦いが終わり、私とマクシム様の大切な赤ん坊がこの世に生を受けた。元気な産声を聞いた途端、安堵のあまり気を失いそうになった。


「エディット!!」


 侍女の報告を聞いたマクシム様が部屋の中に飛び込んでくる。脇目も振らずに私の元へ駆け寄ってくるとベッドサイドに膝をつき、ひしと私の手を握り自分の唇に押し当てた。


「ああ……無事だったか……!俺のエディット……!頑張ったな。よく頑張った……」


 かつてこれほど狼狽えているマクシム様を見たことがない。もう出産は終わったというのに、彼は私の手を握りしめその手にキスを繰り返しながら、何度も神へ感謝の言葉を捧げている。そうしている間に、侍女が真っ白なおくるみに包まれた赤ん坊を連れてくる。マクシム様の背後に立っているけれど、彼は気付く気配もない。


「マ……マクシム、さま……」

「どうしたエディット!きついのか?体が辛いか?」

「いえ、だ、……だいじょうぶ、ですが……」

「ああ、よかった……。本当によかった。何か飲むか?喉が乾いただろう」


 呼吸を整えている私の髪を撫で、額に浮かんだ汗を拭いてくれながら気遣わしげにそう言うマクシム様。後ろの侍女が声をかけるタイミングを待っている。


「あの、マクシムさま……、そ、そこに……」

「よし、果実水だな。おい、誰がエディットに……」


 そう言ってマクシム様はようやく私から視線を逸らし、後ろにいる侍女の存在に気付いた。


「だ、旦那様……、お子様でございます」

「……っ!……俺としたことが……」


 エディットに夢中になってすっかり忘れていた、とは口に出さなかったけれど、きっとそうなのだろう。本当に過保護な人だ。マクシム様はベッドサイドから立ち上がると、侍女が抱いている赤ん坊の顔をそっと覗き込んだ。


「……っ!……何という、可愛らしさだ……。お前にそっくりじゃないか……」

「……そうですか?見せてください……」


 朦朧としていたから、私もまだあまりちゃんと見ていない。マクシム様は侍女からゆっくりと慎重に赤ん坊を受け取り、再びベッドサイドに屈み込んだ。そして私の隣に赤ん坊を優しく寝かせてくれる。


「……かわいい……」


 思わずそう呟いた。


 すでに泣き止んで手足をもぞもぞと動かしている赤ん坊は、栗色の髪にネイビーブルーの瞳をしていた。まさしく私から受け継いだ色そのものだった。


「ああ……。本当に可愛い」


 私たちはしばらく言葉もなく赤ん坊を見つめていた。


 この子は成長するにつれ、私にそっくりになるのだろうか。それとも、マクシム様に似てくる……?


 ふいに、私は幼い頃の自分と亡き両親に思いを馳せた。


 この子と同じように栗色の髪と夜空のような瞳を持つ少女は、優しく愛情深い両親に見守られながら幸せな日々を送ったのだろう。それはとても短く儚い時間ではあったけれど、たしかに私の人生に存在していた日々だった。

 父と母が生きていれば、この子の誕生をどれほど喜んでくれたことだろう。


「……エディットのご両親は、可愛いお前の成長をもっとずっと長く、そばで見守っていたかっただろうな」


 突然、マクシム様がポツリとそう呟いた。同じようなことを考えていたことに驚く。


「……私も、今そう思っていたところでした。この子を見て……」

「ああ。この子はあまりにも、お前によく似ている……」

  

 私たちは再び赤ん坊を見つめる。この世に生まれたばかりの小さな命は、信じられないほど小さく細い指を一生懸命動かしながら、もう精一杯生きようともがいているようだった。


「……ご両親の分まで、この子を愛してあげよう。きっと見守ってくださっている」

「……はい」


 マクシム様のその言葉に、涙が堰を切って溢れた。マクシム様が私の頭を撫で、頬にキスをしてくれる。そんな私たちの間で、生まれたばかりの命はあふ、あふ、と小さな吐息を漏らしながらパタパタと動いていた。




 お父様、お母様。


 私を産んでくれて、育ててくれてありがとう。


 見て、この子を。可愛いでしょう?きっと喜んでくれてるわよね。


 もう何も心配しないでね。私は大丈夫。私も、この子も、大丈夫だからね。


 生涯守り抜くと誓ってくれた頼もしい人の元で、私は今、こんなにも幸せに暮らしています──────






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