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35. 事故の真相(※sideマクシム)

「仲違い、か。度重なる金の無心に、バロー侯爵夫妻が愛想を尽かしたのか」

「というよりも、融通してもらった金をオーブリー子爵夫妻が無駄に浪費していることにバロー侯爵が気付き、厳しく叱責したようなんです。これについてはある元使用人が、侯爵とオーブリー子爵夫妻の言い争う声をはっきり聞いたことがあると言っていました」

「……なるほど」


 だんだんと奴らの本性が分かってきた。

 エディットが全てを打ち明けてくれて以来奴らに対して抱いていた煮え滾るほどの憎悪が、ますます膨れ上がる。


「侯爵邸の応接間の外に待機していた使用人は、バロー侯爵の“そんなことに使うのならもう二度と金は貸さぬぞ”と叱責する声を聞いたそうです。それに対して子爵夫妻が、いやそれは困るだの、誤解があるんですだの、二人がかりで必死に言い訳をしていたとか。……オーブリー子爵夫妻は領民たちの暮らしなどに興味がなくあまり精力的に仕事をしていなかった上に、夫婦それぞれがよく出歩いていたそうですから、まぁいろいろと浪費する先はあったのでしょうね。子爵は酒だの女だの博打だの、夫人は衣装だの宝石だのパーティーだの。そんなところでしょう。……それから数ヶ月後だそうです。バロー侯爵夫妻が、馬車の滑落事故で亡くなられたのは」

「……。……セレス……」


 その言い回しが妙に引っかかり、心臓が嫌な音を立てた。

 確かめるように顔を見ると、セレスタンは表情のない顔で俺を見つめ返して言った。


「団長。バロー侯爵夫妻の事故死は、仕組まれたものである可能性が高いです。……おそらくは、奴らの手によって」

「……何だと……?」


 まさか。

 奴らは、金の無心が上手くいかなくなりバロー侯爵夫妻を亡き者にしたというのか……?

 呆然とする俺の前で、セレスタンはさらに言葉を続ける。


「オーブリー子爵家の当時の数少ない使用人たちは、事故の後皆解雇され、かなりいい金額の退職金を貰って各々故郷に帰されています。今子爵家にいる使用人たちは、皆事故の後に新たに雇われた者たちのようです。……こうして何人かの元使用人を当たるうちに、一人、重要な証言をしてくれた者がいます。その男はオーブリー子爵家で御者を務めていた者なのですが、オーブリー子爵から他言無用だといって多額の金を渡され故郷に帰されたようで、なかなか打ち明けてはくれませんでした。ですが、こちらはその倍以上の金を出すからと言ってどうにか口を割らせましたよ。……構いませんよね?」

「もちろんだ」

「よかった。……で、その男が言うには、バロー侯爵夫妻が事故に遭う二月程前から、オーブリー子爵の様子が目に見えておかしくなってきたそうなんです。これまで一度も足を踏み入れたことのない界隈に馬車を走らせるよう指示されたこともあれば、全く見覚えのない連中を迎えに行き、人目を忍ぶようにして屋敷の離れに招いて密談らしきことをしていたとか。そしてある日、バロー侯爵邸の方向に向かって馬車を出すよう指示されたそうなんです。その時、オーブリー子爵の他に、その頃急に付き合いを始めた人相の悪い男たち数名を乗せたと」

「……。」

「侯爵の屋敷までは行かなかったそうです。ですが、まるで道のりを確認するように何度か行ったり来たりさせられたと。途中休憩している時に、子爵と男たちは馬車の中で何やら真剣に話し込んでいたらしいんです。その様子を外から伺っていると、小窓から子爵と目が合い、御者は厳しく叱責されたそうです。何を覗いている!もっと離れていろ!と。……そしてしばらくして、バロー侯爵夫妻は無惨な死を遂げた。……御者は考えたそうです。もしやあれは、暗殺の相談をしていたのではないかと。バロー侯爵邸の周辺には幅の狭く高い位置にあるかなり険しい道があり、馬車で通る時は慎重に行く必要があった。……考えれば考えるほど恐ろしくなった御者は、誰かに話すべきか悩んだそうです。しかし、事故から間を置かずに、御者の男は子爵から解雇されたらしいです。多額の金を渡され、“故郷に帰り、ここで見聞きしたことは一切他言するな”と。血走ったオーブリー子爵の目を見て確信を持った御者ですが、恐ろしさが勝り逃げるようにしてオーブリー子爵邸から去ったそうですよ」

「…………。」

「ね?限りなく黒に近いと思いませんか?まぁ、滑落事故はただの事故として処理されているし、もう15年以上の月日が経っています。今さら調べ直して奴らを法で裁くなんてことはできるはずもありませんが……。他に近い親戚がいなかったこともあり、侯爵夫妻の死後すぐに、残されたエディット嬢の後見人として名乗りを上げたオーブリー子爵夫妻に侯爵家の財産が渡った。胸くそ悪い話ですが、そう考えると辻褄が合いますよね。商売下手な浪費家のくせに、今のオーブリー子爵家がやたらと羽振りがいいのも、エディット嬢が絶対に外に出してもらえなかったのも。エディット嬢がオーブリー子爵家での自分の扱いを誰かに話してしまうことも避けたかったのでしょうが、成長した娘が周囲から両親の話を聞いて疑問を抱くことも恐れたのかもしれませんね」


 ……言葉が出ない。

 この渦巻く怒りを奴らにどうぶつけてやればいいのだろう。

 奴らの身勝手な事情のために、エディットは長年閉じ込められ、苦しめられ続けてきたのだ。

 愛されることも、大切にされることもなく。


「…………ご苦労だった、セレス。心配ない。報復は必ずしてやるさ。……必ずな」


 どうにか気持ちを鎮めようとして握りしめた俺の拳は、小刻みに震えていた。







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