その灰色の瞳
レオナルド視点です。
「こんな人だとは思いませんでした」
なぜか俺の下で働きたいと言って来た人間は女性が多く、そして彼女たちは同じようなことを言って辞めていく。
「レオ、きみはもう少し物柔らかな言い方を身に着けないとだめな気がしますよ」
薬草部のタイラーからもため息交じりに言われてしまうが、俺のせいだろうか。勝手に俺の外見から想像した姿を押し付けて違うと分かったとたんに勤労意欲をなくすってのは悪くないのか?
陛下を経由して俺のところに新しい秘書兼助手が来ることになったのは、それからしばらくたってからだった。なんと今度来るのは元第5側室で薬草部勤めらしい。なんでそんな女性がと思っていたら陛下の提案らしい。
「いいか。ノエリア様は元側室。陛下がいつまでもレオの助手がいないのはよくないと考慮して選ばれた方だ。優しくしろよ」
「私はノエリアを植物園から去らせたくないんですよ。優秀な人材ですから…レオ、彼女には優しく接してくださいね」
タイラーだけじゃなく、なぜか庭師部のリードまで俺に言う。しかもリードは“ノエリア様”と敬称までつけて。聞いた話だと男爵家の位を返上して、今は元側室の一般人という位置づけだったはず。“様”っているのか?
でも、この2人に逆らうとあとがうるさいし面倒だ。それに俺が見たことある側室は第1側室のグロリア様だけで、他の側室たちは見たことがない。どんな人物なんだろうと興味をもつのは当然じゃないか。
そしてやってきた元第5側室のノエリア・ベルデ嬢は背丈は普通、少々華奢で髪の色は黒に程近い褐色、顔立ちも普通で印象的なのは大きめな灰色の瞳くらいだ。やや薄い灰色で青緑がかっている。第一印象はおとなしげで、本当に優しくしないとすぐ泣いてしまいそうな感じだった。
ところが、仕事をして早々にそれは見事に裏切られることになった。俺の言動を聞いても顔色を変えたり涙ぐむどころか、負けてない。そしてなぜか俺のつきあっている彼女たちを把握しているらしく、俺の服についた香りで判別してしまう…こいつの鼻は犬なのか?そしてどうして俺は敗北感を味わうんだろう。
なんか陛下がノエリアを見込んだ理由が分かる気がする…陛下の側室を選ぶ基準はまっっったく分からんが。
それから間もなく1年がたとうとしている。陛下とグロリア様の挙式の日付も決まり国はお祝いモード一色だ。元彼女が押しかけてきた日に“俺のそばにいればいい”と言ってから俺の生活態度はそりゃあもう清廉そのものである。ノエリアが鼻をくんくんさせることもなく、この研究室はいたって平和だ。
しかし何故かたまにやってくる人間が増えた。
「なあなあ、レオみたいな性格のことをキワの世界の言葉でなんていうか知ってるか?」
「なぜ、お前がここにいる。ヴィン!!」
「それはなー“へたれ”だ。へ・た・れ!」
「人の話を聞けよ。だいたいお前はここにきて暇を潰す時間があるのか」
「やだねえ、へたれ植物学者は。俺のような天才的魔法使いは時間の使い方も天才なんだよ」
「天才?厄災の間違いだろうが。なんでキワさんはこんなのと結婚するんだろうか。お前、変な魔法でもかけたんじゃないのか?」
「何を失礼な。俺はキワにちゃんと気持ちを伝えてるからね。どこぞの情けない植物学者とは違うのさ。それに今日はキワがアルベルティ商会でドレスのデザインを決めるだけだからな。俺に用はないの」
「なるほど、お前にセンスなどというものはないからな」
よし、図星をさされた魔法使いが黙り込んだ。なんと驚くことに陛下たちが結婚したあとに、この魔法使いも結婚するのだ。異世界から召喚されて自ら保護した女性と。
「…ふん、まあセンスはなくとも俺は気持ちをちゃんと伝えられてるからな。へたれのお前とは違う。やあ、ベルデ嬢」
その視線の先にはやれやれといった表情のノエリアが立っていた。
ヴィンシェンツが帰った後、俺を見てノエリアが笑う。
「お茶、入れましょうか」
「ああ、頼む。魔法使いはここに何をしにくるんだろうな」
「何しにって、おふたりとも仲良しじゃないですか」
「はあ?!俺があのくそったれ魔法使いと仲良し?冗談だろう」
「いいえ、どうみても仲良しさんですよ。よっぽど気が合うんですね。まあ似たもの同士ですし」
あれと似たもの同士なんて絶対に違うはずだ。人のことを“へたれ”だなんて失礼な。
お茶が目の前に置かれて、俺はノエリアを見上げる。
「ロッソさん、私の顔になにかついてます?」
「い、いや何もついてない」
「そうですか」
いれてくれたお茶はカモミールの香りがする。いつか気持ちを伝えたら、きみはどう思うんだろうか。驚くのかな、それとも…
「蘇芳色のひねくれもの」はこれで完結です。次回からはまた主人公が変わります。




