植物学者と魔法使い
ロッソさんの瞳の色が分かって私はちょっとすっきりした気分になった。もっともすっきりしてるのは私だけで、あれからロッソさんは鏡で自分の顔を、というより目をまじまじと見て“蘇芳色…だからなんだってんだ”とぶちぶち独り言を言っていた。
しかし、優秀な部下(:自称)はそういう上司の独り言はさくっと無視をするものだ。私は聞こえないふりをしてロッソさんに嫌がらせのように出された大量の論文をせっせと植物園の園長に提出する形にタイプをうつ。
優秀な植物学者であるロッソさんが提出するものはいつも驚きがある。それを誰より早く読める特権が嬉しい。これでもう少し字がきれいなら…いや汚いというよりクセがすごい。もしやロッソさんの字の判別能力は私が植物園一だったりして。
「にやにやしながら清書するな。まったく何が楽しいんだか」
「ロッソさんの論文は面白いです。それを一番に読めるなんて嬉しいな~と思って」
「ふん、それならしょうがない。ありがたく思え」
椅子をくるりと動かしてロッソさんは窓のほうに向いてしまった。でも、耳が赤いのを発見してしまった…まさか照れてる?!褒められるとひねくれものでも嬉しいらしい。
とはいえ、それを指摘しようものなら嵐が吹き荒れそうなので私はおとなしくタイプに集中することにした。
そんなとき、ノックの音もそこそこにドアが開いた。
「レオ、いるか。いるよな」
「……ここに何の用だ、魔法使いが」
やってきたのは、魔法使いのヴィンシェンツ様だった。
「レオに用事はない。キワがベルデ嬢の作ったハーブティーを気に入ってさ。よければ少しもらえないかなあ。お礼はもちろんするよ」
「お礼なんていりませんよ。私の作ったのでよければ喜んで」
キワはヴィンシェンツ様の婚約者だ。なんと異世界からやってきたとかで家政婦として雇われたのちに恋仲になったんだとか。なんだか物語みたいで、現実主義者の私もちょっとうっとりしちゃう。
彼女と仲良くなったのはグロリア様主催のお茶会にフランが連れてきたのがきっかけで、 最初はあのヴィンシェンツ様を手のひらで転がしているだなんてすごい猛者だなと思っていたけど、実際は気さくな人で、たちまち仲良くなった。
「おい、こいつだって暇じゃないんだ」
「ベルデ嬢本人が了解してくれたのに、なんでレオがぶつくさ言うんだ。お前に言われるすじあいはないね」
「こいつは俺の部下だ。ハーブは俺の花壇の一部で作ったものだ。俺の許可がいるだろうが」
「そういういのはへりくつって言うんだ」
「ふん、ケチケチ魔法使いのくせに」
「ふん、この了見狭い植物学者が」
この2人、わりとまともだけど基本変わり者っていう共通点があるのに、顔を合わせるとこうやって口げんかが始まるんだよね…これを止められるのは陛下だけだ。陛下がいないときは互いに飽きるのを待つに限る。
私は休憩がてらそっと席を離れ、ハーブティーを取りに研究室の台所に行った。
*****************************
ノエリアがそっと出て行ったのを見計らって、俺はレオを見た。
「お前さ、最近夜の街に出没してないらしいな」
「研究と論文で忙しかったからな」
「本当にそれだけか。どんなに忙しくても息抜きだと称して夜遊びしまくっていたくせに」
「単に忙しかっただけだ。これが一段落したらまた遊ぶ。それに…」
すると何を思い出したか眉をひそめて、俺をじろりと見た。
「…ノエリアが朝ここに来るたびに、いちいち相手を当てられる。なんだあの的中率のよさは」
「それは俺が最初に教えてやったからだ」
「はあ?!なにしやがる、このくそったれ魔法使い!!」
「あいつ(注:国王)がさ、彼女をお前のところに異動させると決めたときにお前の3人の彼女たちのことも教えておけって俺に言ったの。だから、キワの許可を得て俺が彼女たちの出没する地域に連れて行って顔とそれぞれの香りを覚えさせたわけ。あいつには聞いてたけど彼女の嗅覚ってすごいよね。俺もびっくり」
「なんで陛下がそんなこと」
「彼女がレオの下で働く際に知っておくべきことは教えないとってね。もっともリードやタイラーから“優秀だけどひねくれもので、口が悪いうえに生活態度がだらしない”という評判を聞いていたらしくて俺がレオの3人の彼女たちの話をしたら “忙しいのにまめな方なんですね”とあっさりしてたな。
おい、何衝撃受けてるんだ。お前の私生活なんてベルデ嬢は全然興味ない証拠だから気楽でいいだろうが」
「……俺、仕事以外はろくでなしって思われているってことか?」
「そんなの知るか」
珍しくレオが落ち込んでいる。もしかして、これからすごく面白いことが起こるんじゃないだろうか。
その後、戻ってきたノエリアからハーブティーを受け取って俺はキワが待つ家に帰ったのだった。




