その色は蘇芳色
「あっ!!この色だわ!!」
「ちょっと~、いきなり大声出さないでよ。手元が狂うじゃない」
「ごめんごめん」
「ふふ、2人のそのやりとり懐かしいわ。ノエリアが植物事典をひろげてて、フランはせっせと刺繍や小物作り、アンジーとハンナはそれぞれお菓子とお茶のレシピを考えてたし、わたくしは経済学の本を読んでベルナデットは来たり来なかったり」
ここは元第1側室にして正妃になるグロリア様の私室だ。日当たりがよく家具は柔らかい色と華やかな色がいい感じに調和している。部屋の主であるグロリア様のように温かみのある部屋だ。
ハンナは6番目の側室で、お茶好きが高じて自分でブレンドをしたお茶を皆に飲ませるのが趣味だ。たいていは美味しいんだけど、なかにはとんでもないものもあった…あんまり思い出したくないくらいひどかった。
側室だった頃、皆でこの部屋に集まった。話をすることもあればグロリア様が思い出したようにそれぞれ好きなことをしてまったり過ごすもあった。現在、アンジーとハンナは王都を離れ、ベルナデットは…彼女が屋敷のなかで何を思っているのか私たちには分からない。
私たちがその集まりを楽しんでいたようにグロリア様も楽しかったらしく、時間があると王都在住の私とフランにはお誘いがかかる。
「ところで、ノエリアはフランが持ってきた色彩事典で何をみてそんなに叫んだの?」
「ちょっと気になってたことが解決したので、つい。たいしたことじゃありません」
「そうなの?でも、あなたが植物事典以外でそんなに興味をもつなんて何かしら。気になるわ」
「私も興味あるなあ。ねえねえ何色を見たのよ」
この2人、知りたいことに貪欲なのよね…しかもこの組み合わせは諦めが悪い。
私はあきらめて、色彩事典のとあるページを開いた。そこには黒味を帯びた赤色の説明が書かれていた。
「あら、蘇芳色がどうかしたの?」
「この色、ロッソさんの瞳の色なんだよ。何て名前の色なんだろうって気になってたんだよね」
「まあ、ロッソ博士の瞳の色…まあ、そうなの」
「へー、ロッソ博士ってこんな色の瞳なんだ」
ロッソさんは植物学の博士として王宮に勤めているのでロッソ博士という呼び名は正しい。でも、な~んか変な雰囲気である。
「そういえばノエリアはロッソ博士のもとで働いてもう半月以上たってるのよね。仲良く働いているようで安心したわ」
「そうそう“最短半日・最長3日”のロッソ博士でしょう。私も大丈夫かなって思ってたんだけど…グロリア様、杞憂でしたわね」
「うふふ。フラン、わたくしたちは余計な心配をしていたのかもしれないわ」
そっかー、2人とも心配してくれてたのかあ……じゃなくて。なにその目配せ。
「2人とも誤解してない?私がロッソさんの瞳の色を知りたかったのは」
「「知りたかったのは?」」
「こ、好奇心よっ」
「「ほんとにそれだけー?」」
「そ、それだけに決まってるでしょう」
ここで、メイドが陛下の来訪を告げたため私は2人の追及を逃れることができた。
寮に戻る前に私の花壇の様子を見ようと立ち寄ると、なぜかロッソさんが立っていた。
「ロッソさん、どうしたんですか?」
「ちょっと研究に煮詰まっててな。しょぼい花壇でも見ようかと」
「しょぼくてすいませんね。何かお手伝いしましょうか」
「お前、今日は休みだろうが。グロリア様のところで遊んできたのに休日出勤とはお前も奇特なやつ。ま、どうしても手伝いたいっていうなら話は別だが」
「ロッソさんが煮詰まると私の仕事も滞るんです……なるほど蘇芳色か」
「お前、ほんっと口が減らないよな。で、蘇芳色ってなんだ」
「ロッソさんの瞳の色です。前から気になってたのでフランの色彩事典で調べてみました」
「はあ?!お前は仕事中に何を見てるんだ」
「仕事はちゃんとしてます。でも気になったものをそのままにするのって気持ち悪いじゃないですか」
私がそう言うと、ロッソさんがお前は馬鹿かという目で私をじろりと見たあと、くるりと背を向けて歩いて行ってしまった。
「ロッソさん、待ってください~」
私が声をかけて追いかけると、ロッソさんはいつも立ち止まり振り向いて待っててくれる。
「早く来い」
そして、いつも同じことを言うのだ。




