小さな花壇で夢を語る
ロッソさんは専用の研究室の他に温室と庭を持っていて、何を思ったのか使っていない花壇の一角を私専用にしてくれた。その場所はほどよい広さで日当たりもいい。
その親切な申し出が嬉しくて私が思わず笑顔になるとロッソさんはなぜか肩をすくめた。
“ここで好きなハーブと薬用植物を育てろ。ただ薬用植物を扱うにはお前はまだ経験不足だ。まずは台所用を育ててみろ。薬師の試験には自分で調合した物の提出が義務付けられているから、いろいろ試してみるといい。礼はいらん。リードとタイラーが人の顔を見るたびにお前には優しくしろとやいのやいの言うからうるさくてかなわん”
それでもと私がお礼を言うと、鼻で笑われてしまったが。
現在、私の花壇ではミントやカモミール、レモンバーベナを育てていて、収穫したものはお茶として飲んでいる。あとは乾燥させてポプリにしたり薬草部で精製してオイルにしたり。ちなみに毎朝ロッソさんに出しているお茶はこの花壇で収穫したハーブからできている。
自分で作ってみてわかったのはやっぱり薬草部の先輩方が作ったもののほうが上等だということ。ほんと、私はまだまだ未熟。部長ブレンドのハーブティーの配合は内緒だということで教えてもらえないけどあれは美味だ。
「ロッソさんって案外いい人なのかも。新人職員(私)の作ったハーブティを黙って飲んでるんだもん」
「案外は余計だ」
気配を消す歩き方をする人間は陛下とヴィンシェンツ様だけで充分なんだけどな。
「…びっくりさせないでくださいよ。気配を消さないでください」
「俺はそんなことしてない。お前がアホのようにぼけーっとしてただけだ」
私の横に立っているロッソさんから漂ってくる蠱惑的で官能的なイメージの香り。珍しく顔に何もついてないな。
「この香り…今日は女優の彼女ですか」
朝、仕事部屋に顔を出したら“出かける”と言って外出したっきりで、間もなく3時のお茶の時間だ。昨日で分類に一区切りがついたからちょっと浮かれてるのかな。浮かれたロッソさん………だめだ、グロリア様以外の側室仲間の部屋で夜を過ごす陛下くらい想像つかない。
「だから人の服をくんくん嗅ぐなと言ってるだろうが。ふん、だいぶ上手に育てられるようになったじゃないか。ところでお前は薬師になって何をしたいんだ?」
この人が他人の将来に興味を持つなんてことあるんだ…明日、天変地異とか起きないよね。
「おい、今ろくでもないこと考えていただろう」
「えー、そんなこと考えたこともありませんよう。それと、どうして私が薬師になりたいかというと将来食いっぱぐれがなさそうだからです」
「確かに収入も悪くないし需要は高いな」
「そして王宮なり薬屋に勤めながら自分で化粧品とか入浴剤を開発して、そこから得る収入を老後の資金に宛てたいんですよ。誰だって年取って体動かなくなるから収入源は確保したいじゃないですか」
「まあそういう目的で薬師になるのもありだが…お前、その性格でよく側室やってたよな……俺には陛下の趣味が理解できない」
最後にぼそりとつぶやくなよ。確かに何も知らない人から見れば陛下が側室を選んだ基準は謎だろうな。
「ま、そういうことは陛下に直接聞いてください」
「正妃が決まったのに聞けるか!!」
「そりゃそうですね。あ、3時のお茶はどうしますか?今日はグロリア様から元第2側室のアンジーが送ってくれた一口パイを分けてもらったんですよ。中に織り込んだラズベリージャムが最高で」
「仕事部屋にもってこい。ついでに書類仕事を手伝え」
「わかりました。それではお茶の用意をしてきます」
花壇から離れるときに、ちょっとだけ後ろを見た。ロッソさんは私の花壇の前から動かず、なぜか私が育てているハーブをなでていた。
彼女とケンカでもしたのか…ハーブが慰みになればいいけど。




