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Where Or When  作者: 春隣 豆吉
蘇芳色のひねくれもの
26/32

ただいま最長記録更新中

 朝、いつもの時間に仕事部屋のドアを開けるとスパイシーで甘い香りが漂っていた。

「昨日は歌手の彼女か」

「……お前の鼻は犬並みか」

 ソファで寝ていたらしい上司がむくりと起き上がった。

「おはようございます、ロッソさん。朝です…うっ…歌手の彼女にもう少し香水を控えめにするように言ってくださいよ。いつもよりきついです」

 私は急いで近くの窓を全開した。

「馬鹿野郎!!書類が飛ぶだろうが!!お前、そういうとこほんと雑だな!!」

「雑?それはロッソさんに言われたくありませんね。昨日仕事が終わったときに私はちゃんと書類が散らばらないように箱に入れたんですから。それをこーんなぐっちゃぐちゃにしたのは誰ですか」

「…………さっさと片付けろ。俺は風呂入ってくる」

 そういうとロッソさんは乱れた格好のまま部屋を出てしまった。陛下が彼に単独の研究所を与えたのは正解だ。あの格好で王宮なり植物園内をうろつくって犯罪だと思う。

 ロッソさんには歌手、女優、貴族の元愛人という3人の彼女がいて、それぞれうまくかち合わないようにおつきあいをしている。今まで順調そうなのを見ると、おそらく外面をかなり偽っているんじゃなかろうか。黒味を帯びた赤色の目が特色の甘い顔立ち、後ろで一つに結んでいる艶やかな藍色の髪、細いけどちゃんと筋肉ついてる体つき。ほんと、リードさんが言うように見た目だけなら観賞に値するわ。

 働き始めて1週間くらいはあの乱れた格好(:なんと上半身がほぼ丸見え!!)に内心あわあわしていたが、半月たってすっかり慣れた。

「まあ、どんなにだらしなくても仕事部屋に彼女たちを引っ張り込まない分別だけはあるのよね」

「当たり前だ。お前は俺をなんだと思ってる」

 いつのまにかロッソさんが戻ってきて不機嫌な顔をした。お、香りがなくなってる。

「香りが消えてますね。あーよかった。あの香りで頭痛になるかと思ってました。それに顔についてた口紅もきれいに落ちてます。歌手の方は最近真紅の口紅がお好きなんですね」

「だからお前は犬か。くんくんと嗅ぐな。それから口紅の好みは知らん。それよりお茶」

 瞳の黒味が濃くなってきているのは機嫌が悪い証拠だ。さわらぬロッソにたたりなしってことで私は黙ってお茶の準備をした。


「おい、今日のお茶はミントが強くないか?」

「いつもの倍入れましたから。ロッソさんが朝から機嫌悪いのでリフレッシュですよ」

 じろりと私をにらむけど、気づかないふりをする。さっきみたいな言動とこの目つきで耐えられなくなって人が続かないんだろうなあと気づいたのは働き始めて3日目だ。そりゃ見た目に惹かれて立候補したならあれで心が折れるだろう。

「……そうか。ところで薬師の勉強は進んでるのか」

「いい感じに進んでいます」

「ふん、ならいい」

 ロッソさんの返事はそっけないけど、薬師の勉強ができるのはこの人のおかげだ。部長とリードさんから何を聞いたか知らないけれど私が異動してきたその日に“薬師になるための勉強は続けていい。受験資格もちゃんともらえるようにしてやる”と言われたのだ。

 お礼を言った私に“俺を誰だと思ってる。王宮付きの植物学者だぞ、しかもトップクラスの。おまえの受験資格くらいわけない。感謝しろ”と言い放ったのはちょっとどうかと思うが。

「それにしても、その服はスカートが短いな」

「これですか?元第4側室の新進デザイナー、フランカ・アルベルティの最新作です」

 今日の私の服は側室仲間のフランが作ってくれたワンピースだ。上半身が黒一色のスクエアネックの五分丈でスカート部分はカラフルな小さい布を縫い合わせた生地でできている。裏地は黒で歩くたびにすそがふんわりとゆれて可愛さ爆発である。アクセントは真っ黒な太いベルトで、フランいわく“ノエリアの細いウエストをアピールするのにうってつけ”らしい。

「これはフラン一押しのミモレ丈です。いつものスカートより動きやすくて仕事するのにぴったりなんですよ。王宮で仕事をする女性に流行らせたいから広告塔になってくれと頼まれて。気に入ったので代金を払うと言ったら、すっごく安くしてくれたんです。ありがたい話ですよね」

 フランはタダでいいって言ったんだけど、私が粘って生地代を半分出すってことで話がついたのだ。

「広告塔なんて他に誰かいなかったのか」

「どうでしょうかねえ。まあ元側室つながりで頼みやすかったのかも。ロッソさんの実験のお手伝いをするときには白衣着てますし問題ないかと思ったのですが、だめでしょうか」

「俺に着るものの話をふるな。植物の分類以外は知らん……腹が減ったな」

「私は朝食をすませましたから、ロッソさんが食事をしている間に仕事の準備をしておきますね」

 私の返事を聞いたロッソさんが眉をよせる。二日酔いでもしてるんだろうか。

「さっさと準備しとけ。今日も昨日の分類の続きだ」

「わかりました」


 ここに勤めて半月…私は周囲もびっくりの最長勤務記録を更新中。さて、仕事だ。


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