最短半日・最長3日
王宮植物園の職員になってはやくも3ヶ月が過ぎようとしていた。今年薬草部に配属された新人は私ともう一人いて、ハーブと薬用植物の世話や収穫をするのは新人の仕事だ。
「あーあ俺、こういう細かい作業向いてないんだよなあ」
彼は庭師部を希望していたらしく仕事にいまいちやる気が出ないらしい。まあ私は一緒にしているこの仕事をしてくれれば何の文句もないので、彼がいう愚痴を私は適当にやり過ごす毎日だ。
でも庭師ってのはこういう細かい作業をするものじゃないか。部長のリードさんだって帽子かぶってせっせと勤しんでいたぞ。まず手を動かせっての。
「ハーブと薬用植物も大事だけど、俺は体を動かすほうが好きなんだよね~」
確かに頭使って考えることが苦手そうだよな。しかし実際にこんな発言をして恨みを買うほど私は馬鹿ではない。
「私は体を動かすのってちょっと苦手だから運動神経がいいのって羨ましいな。今日の収穫すべきものを全部そろったのならリストと照合しない?」
「え。もう収穫終わったの?ノエリアってすごく薬草部の仕事に熱心だよね。俺、感心しちゃうよ」
当たり前だ。私の脳内は筋肉ではないからな。薬草部に配属されたとき、ここで5年以上働くと薬師の受験資格が得られると聞いた。薬師はハーブと薬用植物の専門家で、その需要も高く収入もなかなかいい。その分難関だけど挑戦しがいがあるというもの。
ゆくゆくは薬師の腕を磨いて化粧品や入浴剤を開発し、目指せ老後も安定した収入源ってやつだ。
リストとの照合を終え上司に収穫してきた薬草とハーブをわたすと、いつもなら先輩たちの仕事の手伝いを始めるんだけど、今日は私だけ上司に呼び止められた。
「ノエリア、タイラー部長がお呼びよ…あなた、何したのよ」
「はい…特に呼ばれるようなことした覚えはありません」
上司に声をひそめて尋ねられても身に覚えがないから首をひねるばかりだ。もしや収穫時に同期に対して脳内で暴言をはいているのを魔法部の誰かに読まれたとか。魔法部ってヴィンシェンツ様はわりとまともだけど、それ以外は変人が多いから。
とりあえず部長に呼ばれたら部下はさっさと顔を出すにかぎる。
部長室に行くと、そこには部長だけじゃなくてリードさんもいた。
「お久しぶりです、ノエリア様。とてもよく働いていると部長からも聞いてます。よかったですね」
「お久しぶりです、リードさん。はい、毎日が充実しています」
今はリードさんのほうが偉いのに、彼は昔のままノエリア様と私を呼ぶ。庭師部の部長に様つきで呼ばれるってどんな女だと一時話題になったので勘弁してほしい。
それにしても部長の様子が変だ。いつも癒しの空気全開で、オリジナルブレンドのハーブ茶を飲みながらのんびり陽だまりの猫みたいなのに、今日はため息ついて落ち込んでいる様子。
「タイラー、お前がここの部長なのだから自分で言わなくてはだめだ」
「でもリード。私は有望な若手をあのへんくつのせいで失うかと思うと残念でしょうがないよ」
「だけどノエリア様は陛下が見込まれた方。きっとあのへんくつ相手だって大丈夫さ」
「そうだな。うん、きっとノエリアなら大丈夫だ……ノエリア」
「はい」
「きみに異動の辞令が出ました。王宮付きの植物学者レオナルド・ロッソの秘書兼助手として植物園に付属している彼の研究室で働いてください」
「えっ!!ど、どうしてですか?!私、薬草部で何か過ちをおかしてしまったのでしょうか?」
「いや、私はきみのことを将来はこの部署をしょって立つ人材だと思っているよ!!しかし…陛下がきみのその性格ならと指名したのだよ」
「陛下が……なんと余計な事を…それで、私の性格ならとはどういうことでしょうか」
私がそういうと、おじさん2人が顔をあわせ何やら目配せしあっている。発言を押し付けあってる……あ、今度はリードさんが負けたようだ。
「あ~…レオは若いがとても優秀な植物学者なのだが……その、性格が少々へんくつでしかも口が悪い。ついでに言うなら生活態度も少々だらしない。ただ、見た目がいいから下につく人間は自ら希望した女性が多くて…今まで最短で半日、最長で3日しかもったことがない」
「その方の秘書兼助手ってことは新手の解雇通知ですか」
「違いますよ!!私はものすごく反対したんです!!でも、きみはご存知でしょう?陛下の性格を」
「ええ。時に圧をかけてくるんですよね」
「そのとおりですよ、ノエリア」
……陛下、私のことをどんな性格だと思っているんだ。そりゃ多少のことではへこたれないけどさ。そこか!そこが見込まれたのか!!
こんなことなら、少しは気弱なふりをしておくんだった…。
「わかりました。陛下に見込まれて光栄ですわ。レオナルド・ロッソ様のもとで頑張ります」
ああ、私の安定した老後プランはどうなる…。




