偶然か計画的だったのか
この話の主役は第5側室様です。側室の役目を終えた彼女のその後になります。
私の名前はノエリア・ベルデ。いちおうベルデ男爵家の次女。というのも私は当主の兄が駆け落ちした相手との間にできた子供だからだ。そして当主である叔父が兄夫妻の死後に私を引き取ったので、正式には従妹なわけ。
引き取られてからずっと、この屋敷で一番居心地がいいのは温室。よく目にする植物から珍しい種類までいろいろあって楽しい。この温室は私からすると曾祖母が管理していたものだけど、叔父がここに立ち寄るのは年に一度あるかないか、おばと従姉にいたっては虫がいて汚れると言い絶対に立ち入ってこない。
だから、ここは私にとって唯一のびのびできる場所だった。温室を管理しているのは王都から来たという庭師のリードさんだ。ここにいる理由は温室にある珍しい植物を管理するようにと王宮植物園から派遣されてきたのだという。温厚な人で王都に妻子を置いて単身赴任をしているらしい。
この人だけは、私が扉を開けても冷ややかに対応しない。いつも“やあノエリア様”とにこやかに出迎えてくれた。
ある日、おばと従姉に罵られているところを偶然目にしたリードさんがちょっと憤慨していた。
「ノエリア様はあのようなことを言われて、よろしいのですか」
「私はこの家では歓迎されてないの。駆け落ちした兄の忘れ形見は“家の恥”なんですって。でも、私の両親は子供の私から見てもとても仲がよくて楽しく暮らしていたのよ。叔父夫婦みたいなよそよそしさは全然なかったわ」
その楽しい思い出があったから私は現在もここで暮らしていけるのかもしれない。食事も自分の部屋でとれと命じられてるし、服も靴も従姉が着古したお下がりと決められている。彼らが私を見る目つきや態度は冷たいものだし時々罵られたりしてるけど、まあ衣食住は確保できてるし必要事項以外は何もしゃべらない家庭教師が勉強と礼儀作法は教えてくれたから、そんなに悲惨なものでもない。
むしろ、我ながらたくましさが増したかもしれない。実際、両親はいないし助けてくれるキラキラの王子様もいないから泣くより踏ん張るしかない。
「ついでに言えば私の将来は、うんと年上のお金持ちの後妻にするっておばに言われてるし。だから私、後妻になった先で自分をなぐさめられるように植物をたくさん育てるの。きっと、小さい温室を作るくらいは許可をくれるわよ」
「……ノエリア様。あなたはそれでいいのですか?夢などはありませんか?」
「私の夢は王宮植物園で働くことよ。リードさんの話を聞いてから、いつか回り道をしてでもって思ってるけど…今の私には王都へ行くお金も手段もないのよね。だから後妻でいるうちになんとか資金を貯めたいところだわ」
私がそう言うと、リードさんは何事かを考えていた。
「ノエリア様、ちょっとまし…いやかなりましな方法で王宮植物園への道が開ける、と私が言ったら信用してくれますか?」
うまい話には用心しろというのは、いにしえからの知恵だ。でも、リードさんは叔父一家よりはるかに信用できる。
「ええ、リードさんのことは叔父より信用してる」
「まあ、あれと一緒にされると私も困りますが…失礼。でしたら、国王陛下へお手紙を書いてみてはいかがでしょう?」
「国王陛下??どうして私の夢に陛下が関係してくるの。それに手紙って何を書けば」
「そうですね。ノエリア様が将来叶えたい夢のことをなるべく具体的に書いてください。そして最後に元側室の肩書きがほしいということを必ず書くこと。国王陛下の側室になると、その者が暇を賜ったあとの人生に誰も口出しができないんです。もちろん下賜されたり実家に戻って結婚する方もいますが、商人や学者になったという方もいらっしゃいます」
「でも側室なんて…。私、女同士の争いに巻き込まれたくないわ」
「陛下は第1側室のグロリア様だけでよかったところ、大人の事情で側室を迎えなくてはいけなくなった方なので、他の側室様も元側室の肩書きがほしい方ばかりですよ。私の知る限り、皆さん仲もよろしくて。ノエリア様が手紙を書いたら私が責任をもってお届けしましょう」
この人、本当にただの庭師なんだろうか。やけに国王陛下の事情に詳しくない?
でも、リードさんの言うとおりに手紙を書いて側室になることができたら後妻にならなくてすむうえに、自由に人生を生きていく肩書きも手に入れられる…だったら、思いきって賭けてみてもいいんじゃない?
だめだったら、また考えればいい。私はリードさんの言葉に従い、国王陛下に手紙を書いた。
その後、陛下から私を第5側室に迎えるとリードさん経由で返事が届き、その3日後に迎えの馬車までやってきた。なんでお前ごときがと罵るおばと従姉、呆然とする叔父をよそに私は小さいカバン一つで馬車に乗り込んだ。
こうして私は第5側室として王宮で生活していくことになり、グロリア様を始めとする側室様たちと仲良くなり朝から晩まで王宮植物園に通う日々を過ごした。
そして、リードさんの正体が王宮植物園の“庭師部”の長で、庭師というのが庭いじりだけではなく別の意味もあると知ったのは、側室をやめたとき。
なんと叔父一家の長年にわたる税金不正徴収やその他諸々の悪事が発覚し、財産没収のうえ当主の座を剥奪され王国永年追放の処分。その後、唯一の跡取りである私は男爵家の爵位と領地を王家に返還し領地は王家、温室は王宮植物園の管理下となった。
私は自分が望んだ肩書きと仕事だけあれば、もう何もいらない。




