深緑色にとらわれて
ヴィンシェンツ様の家に到着すると、出迎えてくれたキワは一瞬驚いた顔をしたけど、視線が下のほうに行き私たちが手をつないでいるのを見ると、ふふふと楽しそうに笑った。
「まあ、いらっしゃい」
「こんにちは。キワにデザイン画を見せようと思って持ってきたの」
「俺は例の件がどうなったかと思って」
「なるほど。フラン、デザイン画を楽しみにしてたのよ。早速見たいわ。フロリー、ヴィンならさっき帰ってきたから今は部屋にいるわ。まずは2人ともどうぞ入って」
例の件って何だろう?疑問に思いつつも応接間に案内される。ベージュ色の壁に淡いブルーのカーテン、茶色のソファに淡いグリーンやピンクのクッション。あめ色に磨かれた家具…キワの好みで統一されてるな、ここ。
「ヴィンは部屋なんて寝る場所があればいいって人だから、インテリアは完全に私好みなの。それもどうかと思ったんだけど、本人は喜んでるからいいかと思って」
「それでいいのよ。だって側室時代に聞いた噂でヴィンシェンツ様の仕事部屋は足の踏み場どころか人が出入りできないって言われてたのよ」
私がそう言うと、キワがぷっとふきだす。
「それはちょっと大げさだよ。足の踏み場くらいはあったわよ」
「寝る場所もあった。久しぶりだな、アルベルティ嬢とスカリーの息子」
「…お、お久しぶりです。ヴィンシェンツ様」
いつの間にかヴィンシェンツ様が立っていた。気配消すなよ、魔法使い!!
「で、今日は何しに来た。俺とキワの時間に立ち入るとはずいぶん…」
「ヴィン。フランは服のデザイン画を持ってきてくれたの。フロリーはあなたに例の件が聞きたいんですって」
「なんだ、そうだったのか。スカリーの息子、お前せっかちだなあ」
「す、すいません。でもフランに誤解されっぱなしは嫌だったから…そ、それと俺には名前があって」
「ふん、それくらい知ってるぞ。フロリード・スカリー」
だったら名前で呼べよと思っていると、キワも同じ事を思ったらしい。
「ヴィン、だったら名前で呼びなさいよ」
「ずうずうしくもキワに頼み事なんてしやがって、直接頼めない度胸がないやつは俺に名前を呼んでもらう資格なんてないね」
「彼はフランの大切な人だから頼みを聞いたの。なに心の狭いこと言ってるのよ!!」
「わ、分かってるけど…キワが利用されてるみたいで嫌だったんだよお」
ほんとにこれが王宮では傲岸不遜な魔法使いと評判の方だろうか。キワに怒られて小さくなってる姿が…いかん、笑ってしまう。でも笑ったらカエルどころかハエにされてしまうかもしれない。
ヴィンシェンツ様がフロリーを連れて部屋に行き、私とキワはそのまま応接間でデザイン画を見た。
「やっぱり素敵。うん、これで作ってください。それにしてもミモレ丈なんてフランも思い切ったことするわね」
「フロリーに聞いたんだけど、南では暑い時期にはこれより少し長いくらいの丈を普通に着ているんですって。だから、案外受け入れられる可能性が高いのよ。まあ、文句やからかいを言う人はいるかもしれないけど、新しいものが生まれる瞬間にはつきものだと思ってるし」
「まあ確かにね。でも、私はフランの心意気が素敵だと思うから協力する」
「ありがとう。それにすごい協力者もできると思うし」
「すごい協力者?あ、まさか」
きょとんとしていたキワだったが、ぴんと来たらしく顔がひきつっている。
「王宮を出るときにグロリア様と約束したんだ。新しい服を作ったら必ず見せるって。キワ、私と一緒に王宮行こうね」
「ええええーっ」
グロリア様、キワに会いたがってたんだよね~。あ、でもヴィンシェンツ様がいい顔しないかも…ま、そこはグロリア様が笑顔で押し切るか陛下が圧をかけるだろうし。
服ができたら知らせると約束をして、私たちはヴィンシェンツ様の家を出た。外は夕方と夜の中間で薄暗い。
「フロリー、今日はごめんね。思いっきり誤解してたみたい」
「いや、俺はちょっと嬉しかったぞ。フランが嫉妬してくれてさ」
「はあ?!嫉妬なんて…」
してない、と言おうとしたけど言えなかった。確かにあのとき、私は2人の様子にちょっと嫉妬してたのだ。
「と、ところで例の件って何なの?」
「え。それはだな。えーっと…」
今度はフロリーがうろたえ始めた。大丈夫かと思ってみてると、今度は深呼吸をして自分を落ち着かせ始め、なにやら上着をごそごそし始めた。
「どうしたの、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ。例の件ってのは、これだ…開けてみてくれないか」
そう言って私の前に差し出したのは見覚えがある長細い箱。緑色のリボンがきれいに結ばれている。
「ここで?うん、分かった」
箱を開けると、そこには細い銀色のチェーンに深緑色と淡い水色の色石が透明な石をはさんで花のようにデザインされていたネックレスが入っていた。
「とってもきれい」
「旅先で見かけて、フランに似合うと思って買ったんだ。キワさんに頼んで、ヴィンシェンツ様に保護魔法とかかけてもらってから渡そうと思って」
「そうだったんだ。これ、深緑はフロリーの瞳の色と同じ。淡い水色は私の瞳の色と一緒だ」
「あ…気づいたか。だから婚約してるお前にあげるのはどうしようかと思ってたんだけど、今はしてないんだからプレゼントしてもいいかなと思って。受け取って欲しい」
「ありがとう…大事にする。私、もしフロリーがカエルになっても私がきっと見分けてキスをするからね」
「え。それって」
薄暗くてもフロリーが照れているのは分かる。私がふふふと笑うとつないでいた手がぎゅっと強くなった。
その後、私がデザインしたキワのスカートを見たグロリア様や植物園勤めの側室仲間が気に入って着用してくれたおかげで、ミモレ丈は多少の困難はあったものの1年後にはすっかり女性たちの間に定着したのだった。
「深緑色にとらわれて」はこれで完結です。次回からはまた主人公が変わります。




