新しい生地
朝食を終えて作業部屋で考える。キワが教えてくれたスカート丈は斬新だった。
最近の生地は種類が増えていて、無地だけじゃなく柄物や透け感のあるものが出始めている。今のスカート丈だと重く感じてしまうこれらの布だって、短い丈ならどうだろう。透けてるのだって透けない布と重ねれば逆に今までになかった素敵なものが出来上がるかも!!
現在、これらの布はスカートやブラウスには使われておらず、小物としてリボンやコサージュに帽子の飾りが主だ。私が最初に使えば大きな機会をつかめるんじゃない?
ただ、問題なのは普段私たちが履いているのは黒のべたんこ靴だということ。短い丈は靴にも目がいく。ちぐはぐになるものが出来るかもしれない。
今度キワが来たら異世界の靴事情も聞いてみよう。それからフロリーに柄物と透け感のある生地を見本じゃなくてスカート丈にする長さで何点か持ってきてもらおう。買い取って小物に仕上げるからといえば、文句は言うまい。私の作る小物は商会の売れ筋なんだから。
思い立ったら即実行、ということで私はフロリーの家に出かけることにした。
フロリーの家である「スカリーの生地屋」は商人たちで賑わっている。私とも顔見知りの人が多いため挨拶しながら店内の奥に進んでいく。
ちょうどフロリーの父親がお客様との商談を終えて私に気がついた。
「やあフラン、早いねえ」
「こんにちはおじさん。フロリーは奥?」
「新しく入荷した生地に番号を振ってるところさ。入っていっていいよ」
「ありがとう」
フロリーがいたのは店の一番奥で、周囲が生地に囲まれたスペースだった。そこにいたのはいつもの幼なじみじゃなくて生地問屋の跡取り息子だった。生地の手ざわりやほつれやシミの有無を確認して丹念にノートに書き込んでいる姿は真剣そのものだ。なんだか声をかけづらい…と思っていると、ふいと顔をあげて私に気がついた。
「思い立ったら即行動ってやつだな。フランらしい」
「そういうこと。仕事が一段落するまで待ってていい?」
「いいよ。もうすぐ終わりだからちょっと座ってて」
勧められた椅子に座って周囲をぐるりと眺める。ここは相変わらず色があふれている。そういえば側室になるまえもよくここに来てたなあ。おじさんが生地の切れ端をたくさんくれたから縫い合わせてリボンにしたりとか、服の飾りにバッグも作ったっけ。
あの“世界にただひとつ”を作り上げた満足感……あれが夢の原点になったんだ。そういえばリボンやカバンを作り上げて、それを身に着けて歩く私を同級生たちがからかったときフロリーが怒ったことがあった。いつだってフロリーが怒るのは私が何か嫌なことをされたときだ。“フランが怒らないからだ”って彼は言うけど…なんだか私たちってあんまり進歩がないのか?!
「フラン、おいフラン」
「―?!うわっ」
いきなりフロリー声をかけられて驚く。
「人の顔見て驚くなんて失礼なやつだな。ぼーっとしてんじゃねーよ。生地を見に来たんだろ?」
「ちょ、ちょっと考え事をしてたのよ!!…わっ!!」
「危ない!」
立ち上がったときにスカートのすそをふんでよろけた私を支えてくれたのはたくましくなった腕。び、びっくりした…でもフロリーって陛下やヴィンシェンツ様ほどじゃないけど整った顔立ちしてたのね。明るい茶色の髪に深緑色の瞳…小さい頃からのわんぱくフロリーとしか見てなかったから不思議。
互いに見つめあってるのに気がつくと、顔が赤くなってばっと離れた。
「……大丈夫か?」
「あ、ありがとう…大丈夫」
「そ、そうか。よかった。これが新しいやつだ」
そう言ってフロリーが出してくれたのは色んな糸を織り交ぜて作った柄や透け感と光沢がきれいな生地にもちろん無地のものもあるけれど…
「これ、無地だけどこのへんで出回ってるものよりも柔らかくて手触りいいわね」
「それは南のほうで作ってるんだけど、涼しげでいいだろ」
「ほんとね。この新しい布、キワに見せたいわ」
「そう言うと思った。スカートの長さくらいだろ?切ってやるよ」
「すごい、なんで分かるの?」
「フランは単純でわかりやすいからな~」
「なによそれ、失礼ね」
「フランはそこがいいんだよ…俺は…ええっと、持ってきた布をとりあえず一通りでいいか?」
フロリーがなぜか焦ったように裁ちばさみを持った。しかもなんか顔が赤いし。
「う、うん。よろしく」
釣られて私もなぜか顔が熱くなってくるのがわかった。




