生地問屋の息子
私はフロリーの頭を一発べしっとはたくと、黙ってドアを閉めて鍵をかけた。
「…ごめん、キワ。変なのが現れて」
「いや、スカート丈を教えていたタイミングだったからしょうがないよ」
「そう思ってくれると嬉しいわ。決してわざとじゃないのよ、あいつは」
キワの採寸中によその男が乱入なんてヴィンシェンツ様が知ったら……アルベルティ商会が危機に陥る。
「フラン、ヴィンはそんなに心の狭い人じゃないから大丈夫だよ」
キワは分かってない。ヴィンシェンツ様はキワに関することには極端に心が狭いのだ。ベルナデット様のことだって陛下が彼を収めなければ、恐らく伯爵家が一件潰れていたはず。
ドアの向こうでは“フラン、痛いじゃないか。ひどいぞっ!!”とわめく声がしていた。
キワの服装を確認すると、私はため息をついてドアを開けた。
「ひどいじゃないか!!心配する幼なじみの頭をはたくなんて!!」
「フロリーの馬鹿!!友達の採寸中だったのに、いきなりドアを開けるなんて失礼きわまりないわ!!」
「え。友達?……あっ!!!」
そこでようやくフロリーはキワの存在に気がついた。
「本当に申し訳ない」
「いいえ。もう服を着ていたし、気にしないで」
メイドにフロリーの分のお茶も頼むと、私は2人を互いに紹介した。そこでキワがヴィンシェンツ様の婚約者だと知ると、フロリーの顔は真っ青になった。
「フラン…俺、明日の朝にカエルになってたらどうしよう」
「まあ、そのときはそれでもいいって言ってくれたお嬢さんにキスでもしてもらうのね」
「おまえはカエルにキスをしたいか?」
「無理ね」
私たちのやりとりを聞いていたキワがぷっと吹き出す。
「2人とも幼なじみだけあって気心知れてる感じだね」
「まあ赤ん坊の頃から知ってるからな」
「私とフロリーって家が近所で産婆さんも一緒だし、学校も同じなの」
「じゃあ、15歳までずっと一緒だったのね」
こちらの学校事情を知っているキワはうなずいた。王国では貴族以外の男女は6歳から15歳までは同じ学校に通う。15歳になるとそれぞれ進路が分かれていき、昔はそのまま結婚なんて人もいたらしいけど、現在は上の学校に進むか手に職をつけるか親の跡をつぐべく修行をする人がほとんどだ。
「私は3年間女子学校に行ってその後側室になったの。フロリーは生地問屋の跡取り息子だから、生地の生産地をまわって勉強をしてきたのよね」
「これからは店で仕事をするからって帰ってきたらフランの話を聞いて。俺、腹がたってしょうがないよ。なんであのくそったれのかっこつけはフランを裏切ったんだよ。フラン、あいつを殴らせろ」
「殴ったって事実は変わらないわ。落ち着きなさいよ」
「なんでおまえはそんなに冷静なんだよ」
昔からフロリーは私がいじめられたりすると、私よりも腹を立てて怒ってくれた。外見こそ背が伸びてがっしりとした体つきになって声も低くなったけれど、こういう部分は昔のままだ。
「私、ジェフロアのことをものすごい好きって感じじゃなかったからかなあ。きっと私のこういう気持ちが彼に伝わっちゃって、自分に一心に気持ちを傾けてくるルチアに動いちゃったのよ…いろいろと」
「そうだとしても、ルチアとどうにかなる前にお前に知らせるのが義務ってもんじゃないのか」
「それはそうなんだけどね…」
ここでお城の鐘が昼3の時をつげる。
「私そろそろ帰らないと。フラン、生地見本はいつ見に来ればいい?」
「本当は今日見てもらおうと思ってたけどフロリーが乱入してきたから、お詫びに新しい生地見本を一番に見せてもらうとして明後日の午後2の時はどう?」
「本人の都合は無視で決定事項かよ!!まあ明日は店にいるからいいけどさ」
「2人とも本当に仲がいいんだね。じゃあ明後日の午後にまた来るね」
キワにふふっと笑われて、思わず2人して顔を赤くしてしまった。




