元側室、脱力する
この話の主役は第4側室様です。側室の役目を終えた彼女のその後になります。
私の名前はフランカ・アルベルティ。つい3ヶ月前まで王宮で国王様の第4側室を勤めてたんだけど、正妃が第1側室のグロリア様に決定して私を含め他の側室たちは役目を終えた。
私の家は国一番と言われているアルベルティ商会なので、貴族に知り合いは多くても根っからの庶民。だから側室になったときには貴族のお嬢様のなかでやっていけるのかと内心はびくびくしていた。でもグロリア様をはじめ他の皆様と仲良くなれたし、私のやりたいことに自信が持てたのは大きかった。うん、私が選んだ側室という選択は間違っていなかった。
私が王宮から戻ってくると、両親がうきうきして待っていた。
「フラン、お役目ご苦労さま。さっそく挙式の準備に入ろう」
「お父さん、挙式ってだれの?」
「フラン、あなたのよ。側室に決まった日に、役目を終えたらジェフロワと結婚するって約束したじゃないの。3年前の約束を忘れてたわね?」
「……あ~~~、そういえばそんな約束したような気がする。ごめん、お母さん」
「ぷっ、フランらしいよ。戻ってきて“よきにはからえ。おーほっほっほ”なんて言われたらどうしようかと思ってたから安心した」
「兄さん、今どきの貴族のお嬢様にだってそんな人いないわよ」
あ。ベルナデット様にそういう要素あったな。でも兄には言わないでおこう。
ジェフロワは父の友人の息子で、うちほど規模は大きくないけど老舗とよばれている立派な商家の跡取り息子だ。小さい頃から家族ぐるみのつきあいで互いに大きくなっても行き来があった。彼と最後に会ったのは私が側室として王宮に行くことが決まった3年前。
私が側室に立候補した理由を彼に話したうえで、他に好きな人が出来たら手紙をちょうだいと言っておいたが、側室やってる3年間にそんな手紙は来なかった。ということは、彼は私が側室になった理由を理解したうえで待っててくれたということになる。これに報いるのは当然だ。
彼に胸が高鳴ったりとかはないけど一緒にいて気楽だし、共働きにも賛成してたから穏やかな家庭を作れるに違いない、とそのときは暢気に思っていたんだけど。
「信頼というのは築き上げるのは大変だが、なくすのは簡単なものだよ。ジェフロア」
父が冷静に一言いうと、2人の肩がびくっと震えた。
「ジェフィー、よりによってまたなんで」
兄の呆れはてた声に彼はうつむき彼女はキッと兄をにらみつけた。でも兄の表情が口調とは裏腹だったことで顔色を変えてうつむいた。
「言いたいことはたくさんあるけれど…なんだか頭痛がするわ」
メイド長に頭痛薬をもらった母はそれを飲むと大きくため息をついた。
「あのさ、2人はいつからそういう仲に?」
私が一番知りたいことはこれだ。私たち家族の目の前で顔色変えて座っているのはジェフロアと私の遠い親戚(母方の祖母の妹の娘の義姉の娘)のルチア。
今は確かうちの支店で販売員してなかったっけ。それもあんまり勤務態度がよくないってことでクビになりかけてるはずだ。
おまけにルチアは妊娠3ヶ月。貴族ほど男女交際に対して潔癖じゃないけど、さすがに配偶者や婚約者がいる人と肉体関係を持つのは大問題だ。
妊娠3ヶ月ってことは…女子学校時代に授業で教わった妊娠月の数え方を頭のなかから引っ張り出す。え~っと…おおざっぱに計算すると…
「少なくとも、私の側室時代なのは確実ってことか」
「フラン、あなたいちおう元側室なんだから下世話な計算はやめなさい。まあ、だいたいそうでしょうけど」
母よ…さすが親子と言うべき?私は母につっこむことをせず、ジェフロアに向き合った。
「ねえジェフィー、私は側室になる前に“好きな人が出来たら手紙をちょうだい”って言ったよね。言ってくれればすぐに婚約破棄を申し出たのに」
「俺は、フランと結婚するつもりだった。フランを待ってたよ。でも…」
でも下半身は別なのか…元側室だって心のなかでつぶやくくらいは許されるはずだ。ちょっと遠い目をするとうつむいていたルチアが顔をあげて私をにらみつけた。
「フランカが悪いのよ!!私の望んだものを全部持っていくんだもの!!」
「え、私?!でも私、ルチアの望んだものなんて知らないんだけど」
「あなたのそういうところがすごく腹立つ!!アルベルティ商会本家の娘だからって何でもかんでも…私が望んでいたのはね、陛下の側室になることとジェフィーよ!!あなた元側室って肩書きを手に入れたでしょう?だったらジェフィーは私にちょうだい!!」
ルチア…まず陛下はあなたを絶対に選ばないわ。代々の国王様の選択基準は知らないけれど陛下の側室はグロリア様とベルナデット様以外“将来かなえたい夢があるから元側室の肩書きがほしい”と立候補したんだもの。伯爵家、男爵家、子爵家、商家って分散したのは偶然だ。
「ちょうだいって、ジェフィーは物じゃないわよ?」
「ルチア、お腹の子にさわるからそんなに興奮してはいけないわ」
「うるさいうるさいうるさい!!あんたたちには私の気持ちは分からない!!私はいっつもフランカと比べられてばかり……」
興奮したルチアが今度はさめざめと泣き始めた。妊娠すると感情が高ぶることもあるって確か学校で教わったけど…なるほど、本当だわ。
それにしても自分の子供を妊娠した女性が取り乱してるのにどうして何もしないんだ、ジェフロアは。家族一同が同じ事を思ったらしく、視線がジェフロアに注がれる。そして代表するように父が口を開いた。
「ジェフロア。私たちへの説明はもういい。きみの家族にこのことを話したかい?」
ジェフロアのお父様は誠実な人柄で、父とは長年の友人だ。不正や曲がったことが嫌いなので自分の息子の起こした事を知っていれば絶対に謝罪に来るはず。
「…いいえ。まずはアルベルティ様のほうに説明をしようと思いまして…」
「なるほど。だったらそれぞれの両親を呼ぶから話し合うといい。場所は提供してあげよう。ルチア、うちは産休がとれるけれどきみはどうしたい?」
「私は好きで働いていたんじゃないわ。辞めてジェフィーのいい奥さんになるんだもの」
いい奥さん、ね……ルチアの行く道に幸あれってところかな。それにしてもなんでここに双方の両親呼ぶかなあ。元婚約者の家で修羅場ってちょっとどうなの。
「それがいいわね。ルチアの体調も心配だし、話し合いの決着は速やかなほうがフランもすっきりするし、ジェフロアとルチアの結婚だって早いほうがいいわ」
「あの奥様。俺はまだルチアと結婚するなんて」
「あら何言ってるの、ジェフロア。あなたに選択肢なんてあると思ってるのかしら?」
うん、ジェフロアは我が家で一番怒らせちゃいけない人間を怒らせたな。
「ジェフロア。俺はきみのお父上は尊敬できる人物だと思っている。今後、私の代になっても仲良くしていきたい。でも、そちらが代替わりしたらそのときは別だよ」
兄よ…母の怒りにふれたジェフロアにだめ押しか。おかげで私の怒るタイミングがなくなった。
「ねえジェフロア。ルチアと仲良くね」
後日、私のこの言葉は兄いわく“あいつにとって一番の打撃”になったと言われた。




