伯爵の反省
クロード視点になります。
プロポーズするはずが、お菓子作りの指導役として雇う話になっていた……なぜこうなったんだ。
あの琥珀色のゆるやかなウェーブのかかったつやのある髪、春の青空のように穏やかな青い瞳。そしてゆったりとしたあの物腰。私は一目見たときから心奪われたというのに物好きと言われるとは。
「どうしてプロポーズが雇用の話になるんだい、クロード」
「せっかく陛下にお膳立てしてもらったくせに、何やってるんだか」
陛下はともかく、ヴィンシェンツには言われたくない。自分だって家政婦として雇ったキワさんになかなか思いを告げられなかったくせに、両思いになったとたんにこの上から目線。
「ヴィンはクロードのことをとやかく言えないよ。言動の軽いヴィンと肝心なことを言いそびれるクロードを足して2で割ればちょうどいいのかもね」
「俺の言動は軽くない!」
「軽いだろ。愛の告白をしてパンのおかわりをねだるときみたいと言われたのは誰だい?」
うっと言葉につまるヴィンシェンツを見てちょっとすっきりする。なるほど、キワさんが彼の扱いに長けているという噂は本当かもしれない。
「それでクロード。このまま新規事業の協力者として彼女を迎え入れてそのまま期限が過ぎたらお別れかい?それとも私の人を見る目がなかったのかな。きみならアンジーの個性をありのまま受け入れる度量があるかと思って許可したんだけど」
確かにこのままだと彼女は自分の仕事が終わったと思ったら屋敷から出て行ってしまう。冗談ではない。それに我が家の使用人たちはどういうわけか、私がアンジェリーナ様のことを妻にしたいのを皆知っていて王宮に出向くときに総出で“頑張ってください”と重圧をかけてきたのだ。
まあばらしたのは誰だか想像がつくが…とにかく、このままでは絶対いけない。
「陛下。私はアンジェリーナ様を妻にすることを諦める気はさらさらありません」
「うん、いいね。そういう気合の入った人間じゃないとアンジーの下賜は許可できない。頑張りなさい」
陛下がにこにこと激励してくれた。
領地に戻ると、帰宅を聞きつけたのか友人のギスランが部屋に入ってきた。
「プロポーズはうまくいったか?」
「彼女のことを使用人たちにばらしたのはお前だろ」
「何のことだ。さっさとプロポーズのことを話せよ」
ギスランと私は学校の同級生であり一番気が合う存在だ。かつて彼は私の補佐役として領地で働いていたのだが、その理由は子爵家の次男だからと家族から冷遇されていて自立する機会を狙っていたからだと本人から打ち明けられた。
ところが甘やかされた彼の兄は病にかかってあっさり未婚のまま亡くなり、さらに気落ちした両親までも亡くなり、当初渋っていたギスランが親戚中から説得されて跡取りとなった。現在は疲弊した領地を見事に建て直し“頼もしい領主様”として慕われている。
「ギスラン、仕事はどうした」
「親友の報告を聞きたいから仕事は早めにすませてきた。この私が仕事をおろそかになどするわけがないだろう」
この男は仕事と領民の安泰が何より大事なのだ。
アンジェリーナ様のことを話すと絶対陛下と同じ反応するだろうな…いや、ヴィンシェンツみたいな反応もありえる。
「ほら、さっさと話せよ」
「わかったよ」
私は仕方なく口を開いた。
「…クロード。お前、馬鹿だろ」
「馬鹿とはなんだ!失礼な!!」
「ま、お前の性格ですぐにプロポーズできるとは思ってなかったが…アンジェリーナ様って天然か。普通、下賜って言ったら結婚を連想するものと私は思っていた」
「アンジェリーナ様は少々職人気質というか…雇用の話しだと思ってくれたのでこちらに招くことが出来たのかもしれない。恐らくプロポーズしようものなら即断られていただろうな」
私の話を聞いたギスランが噴出しそうなのを必死にこらえている。
「……アンジェリーナ様ってすごいなあ。早くお目にかかりたいものだ」
「お前には絶対会わせない」
ギスランが何を吹き込むか分かったものではない。
「そう言うなよ。クロードのことを男性として意識してみてもらえるように協力してやるからさ」
「いらん。自分の仕事してくれ」
「え~、私の生活って意外と娯楽少なくてさあ」
「人の恋路を娯楽扱いすんな」
彼女が来たら、今度こそ間違えない。




