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Where Or When  作者: 春隣 豆吉
チョコレート色の誘惑
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物好きな伯爵

 王宮にある応接間の一つで、私はシャテニエ伯爵様と顔を合わせた。

 伯爵様は背が高くがっちりとした体つき、髪の毛と瞳の色はチョコレートの色だわ。それもミルクなしで砂糖も控えめの甘くない黒めのチョコレート。もっともチョコレートは王国では大量に流通していないので、数えるほどしか食べたことはない。口のなかでさらっと溶けてほろ苦さと控えめな甘さが広がるチョコは絶品だった。

「アンジー、こちらはクロード・シャテニエ伯爵。伯爵、彼女が私の第2側室のアンジェリーナ・サントノーレ。サントノーレ伯爵の次女だ。さて、2人には申し訳ないのだが私はこれからヴィンと打ち合わせがあって、そろそろ行かねばならない。悪いけど、2人でちょっと話していてもらえるかな」

「…陛下?!」

 元側室になるのは決まっているけれど、まだ側室の私が他の男性と2人きりってどうなのでしょう?

「大丈夫だよ、アンジー。外にいる騎士や女官を部屋に入れるから。それにクロードは“紳士”だから女性に無体なことなどしないよ」

 陛下は“紳士”の部分を強調して部屋を出て行ってしまった。


 いつまでも沈黙なのが気まずくて、私はお茶を一口のむと伯爵様に話しかけた。

「陛下は伯爵様のことを信用しているんですね」

「…ええ、そのようです」

 ……会話が続かない。私のどこがよくて下賜を希望したのだろう、と思っていると伯爵様が口を開いた。

「アンジェリーナ様は私の領地の果実を食べたことはありますか?」

「ええ。何度かいただきましたが、甘さも瑞々しさも素晴らしかったです」

 いきなり聞かれたのでちょっと驚いたけれど、ごまかす必要はないので正直に答える。

「果実の評判は私たち一族も少しは力を貸しましたが、領民たちのたゆまぬ努力のおかげです。しかし、そんな果実も形や色が悪かったりすると味は同じでも値段が安くなってしまう。

 だったら自分たちで菓子やジャムなどの加工品にして販売してはどうかと案が出ているのですが、肝心の加工品を作る技術が売り物になるレベルではなくて」

 なるほど、これが私の下賜を希望した理由なのね。うふふ、私の唯一と言ってもいい趣味を認められるって何ていい気分なの。

 私が黙って(でも内心はうふふ)聞いているのを見た伯爵様はハッとした顔になった。

「申し訳ありません。領地のことになるといつも話しすぎてしまうのです」

「いいえ。伯爵様は領地と領民をものすごく愛してらっしゃるのが分かりましたわ。それに、伯爵様が私を望んだ理由も分かりましたし。私に領民の皆さんに菓子やジャムの作り方を教えてほしいってことですよね。期間はどれくらいでしょうか」

「え。期間?!」

「ええ。領民の皆様が自分たちで作れるようになったら私の役目は終わりですもの。

 私、自分の店を開くまで菓子職人養成所に通うかこれと思った菓子職人の方に弟子入りして修行しようと思っていましたの。でも私の趣味が伯爵様の領地のためになるのでしたら喜んでお役にたちます。

 下賜なんておっしゃるから物好きなと思っておりましたが、そういう意味でしたのね。そうだわ!私の作ったお菓子を試食してもらえませんか?」

「え」

「だって、伯爵様は私の作ったものを食べたことがないでしょう?新規事業に私が適任か確認しないのはどうかと思いません?」


 数分後、タルトを持ってきたメルバが伯爵様の前に切り分けたものを置いた。

「お召し上がりください」

「それではいただきます」

 伯爵様はタルトの皿を手に持ち、フォークで一口大にすると口にいれた。すると一瞬ハッとした顔になり、表情が柔らかくなった。

「む、これは……クリームにも小さく切ったイチゴが入っているのですね。おいしいです」

「お口にあったようで何よりです。私は、合格でしょうか?あの、もし私がそちらで働けるのでしたら、少々お願いをしたいことがあるのです」

「私はあなたに助けて欲しいと思っている。それで、願い事とは?」

「はい。まず、こちらにいるメルバも一緒に働くことです。彼女は私の大切な協力者ですから。それと出来ましたら、いろいろ試作品を作ることになりますので台所付の小さな部屋か私とメルバが生活できる台所付の家がお屋敷の近くにあるか教えてほしいのです」

「メルバの件は了承しますが、住居のほうは屋敷内の使っていない台所を作業場にする予定なので、滞在したほうが便利だと思います。ぜひそうしてください」

「でも…」

「滞在してもらえないと、シャテニエ伯爵家は元側室の方をないがしろにしていると変な噂がたってしまいます。噂というのはやっかいなものだということはご存知でしょう?」

 確かに噂って広がるとやっかいな代物だ。

「わかりました伯爵様。ご意向に従います」

「ありがとうございます。それでは、14日後に王宮へお迎えにあがります」

「え。あの私は実家に戻ろうかと思っていたのです。両親と姉夫婦には話をしておかないといけませんから」

 私がそういうと伯爵様は一瞬“しまった”という顔をしたあとに私の父と面識があるのかくすりと笑った。

「……確かに私があなたを連れ去ったと伯爵に怒られてしまう。どうしました?」

「な、なんでも、ありません」

 反則だ。伯爵様の笑った顔があんなに甘いだなんて。甘いお菓子以外でときめかなかった私がこんなに焦るだなんて。

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