第二十一話 大罪VS大罪
「まさか……その姿の時に能力は使えない筈……」
「うん? 確かに能力は使えないよ? でも――」
少年は無知な大人を嘲り笑うと、両手の人差し指をたてると、そっとクロスさせてこう言った。
「この『力』まで使えないとは一言も言っていないよね?」
「ッ!?」
ウツロが指をクロスさせた瞬間、目の前の空間に敵対者の首を刎ねるための一対の巨大な刃が出現する。
「チョキンッ!」
建物が崩れ落ちる音と共に、巨大な刃はヴァーナードを真っ二つに仕様と接近を開始する。そのおぞましい光景はテレビ上に映し出されることは無かったが、その場にいたであろう多くの者の目に留まったことは間違いない。
「クッ!」
ヴァーナードはとっさに能力を使用して少年の背後を取ると共に、それまでとは違って躊躇なく少年の首をへし折らんと両手を伸ばした。
しかし――
「だーかーらぁー、同じ手ばっか使うの飽きちゃったんだけど?」
完全に背後を問ったはずのヴァーナードが逆に背後を取られてしまい、無防備な背中を相手に向かって晒してしまう。
「さっきのお返し!」
今度はウツロがヴァーナードの背中を蹴り飛ばすが、その脚力はおよそ華奢な人間が放つ者とは正反対の尋常じゃないほどの力が加えられている。無論背後からまともに喰らったヴァーナードの呼吸は一瞬止まり、そして呼吸を再開した瞬間には地面が間近に迫っているような状況と化している。
岩盤が割れる音と共に土煙が舞い、その光景を少年は特に何も感じるところも無くじっと見つめている。
「……確かにこれじゃ表ちゃんの方は勝てないかもねー」
さっきの一撃で敵の能力の全てを見切ったのか、ウツロは少しだけ口角をあげると共に、対策を打つために次なる行動へと移ろうとしている。
「ちょっとだけ技を借りようかな。反転・地下――」
次の瞬間、土煙をかき分けた火球がいくつもウツロの方へと飛び出してくる。しかしウツロは何もうろたえる事無くすいすいと身を逸らして回避し、代わりにと地面を右足で強く踏みつけて岩盤を割る衝撃波をまっすぐと火元の方へと走らせる。
「もう一回沈んどけ!」
丁度ヴァーナードが落下した場所に再び火柱ならぬ瓦礫柱が打ち立てられ、地面は更に深く亀裂を走らせてめり込んでいる。
「……あっ、重力持ってるの忘れてた」
その言葉と同時に瓦礫の柱は弾けるかのように砕け散り、そして行く手を阻む大岩を拳で打ち砕きながら走りくるヴァーナードの姿がウツロの目に映る。
「がああああアアアアアアアアアア!!」
「へぇ……じゃあこれはどう?」
ウツロがまたも右足をドンと地面に叩きつけると、今度は黒い靄がかかった西洋の剣が六つその場に現れる。
「むぅッ!?」
「ねぇ、ダーインスレイヴって知ってる?」
一度刀身を露わにしたが最後、誰かを斬りつけるまで決して剣を納めることが出来ない魔の剣。ウツロはそれを六つもこの場に顕現させたというのである。
「人間の想像力って面白いよねぇ。こんな現実には存在しないフザけた魔剣をも想像できるんだから」
ウツロが右手を軽く薙ぐと、その六つの魔剣はまるで意志を持ったかのようにまっすぐにヴァーナードの方へと突き進んでいく。
「偽・ダーインスレイヴ」
「なんだと!?」
それまでにない能力。あくまで榊真琴の能力は事象を反転させるだけであり、この世に存在し無いものを存在させるような、まるで事象を思い通りにする力では無かった筈であった。
しかし目の前に立つ少年は自分の思い通りに、あたかも全能であるかのように振る舞っている。そんな状況をヴァーナードはまともに受け入れることなどできずにいる。
「くっ、吸収させて貰う!」
まともに弾き返すなど不可能と考えたヴァーナードは、自身の持つすべての力を振り絞り、六つの魔剣全てをその右手に吸い込み吸収する体制に入る。
「吸収!!」
六つの剣がヴァーナードに襲い掛かるも、前に突き出した右手の平がまるでブラックホールのように対象とした六つの魔剣を吸い込み始め、そのまま体内へと吸収していく。
「ハァ、ハァッ……!!」
「やっぱり紛い物だと吸い込まれるかー」
一発一発が即死の力を持つ魔剣を六つ吸収されているのにもかかわらずウツロは一切余裕の表情を崩さず、寧ろ吸収できたことを賞賛していた。
「凄いねー人間って」
「人間だと……貴様は人間じゃないとでも言いたいのか!」
「さぁて、どうかな……」
ウツロはかの魔人のような――黒い靄を渦巻かせて右手に集約させると共に、周囲の全てを捻じ曲げるかのような暴風と重力をその場に生み出していく。
「馬鹿な! 空間を捻じ曲げるなどできるはずが――」
「はぁ、本当に勉強不足も甚だしい。まぁ、この身体の持ち主もそうなんだけど」
ウツロがそう言って右手を地面に叩きつければ地面を黒い斬撃波が這い進み、斬撃波はそのまままっすぐとヴァーナードの方へと向かっていく。
「これも吸い込んでみれば?」
「これは……!」
ヴァーナードは斬撃波を前にして吸収することなくその場から離れると、その跡には深い溝が出来上がっている。
「流石にこの世に存在し得ないものを吸収なんてできるワケないか」
「あり得ない……あり得ん!!」
防戦一方であったヴァーナードにとって、このままでは敗北は濃厚だという考えに至るには時間はかからなかった。そんな焦りから一転して攻勢を仕掛けるべくウツロの死角へと瞬間移動したが――
「――だからもう見飽きたってば」
ウツロは背後を見るまでもなく後方へと手のひらをかざし、そしてヴァーナードの目の前で光の弾を生成し始める。
「うっ――」
「もう一つ。たとえこの世のものであっても、極端に質量が大きいものはどうするのかな?」
ヴァーナードの肉体が、極限の光に包まれていく――
「ば、馬鹿なぁアアアアアア――」
その日、天に向かって伸びる光を見た者は、誰しもが世界の終焉を予感したのだという。
◆◆◆
――半径百メートル。その場に残ったのは、巨大な光線の余波で破壊されたビルの残骸と、一人の少年だけであった。それまで壮絶たる爪痕を残してきた戦いも、少年の最後の一発で全て上書きされてしまい、後に来た者にとってはここで何か大きな力が炸裂したのではとしか想像ができないであろう。
「さぁて、そろそろ――」
少年は突然としてまるで何者かの攻撃から回避するかのように素早くその場を離れた。そしてそれが当たりだというかのように、辺り一辺から灰燼が舞い始め、そして一つの人影を模って少年の前に姿を現す。
「――キミだったか」
「オレ様を差し置いて随分と目立った真似してくれてんじゃねぇか、ナァ? ウツロォ!!」
「面倒だなぁ、アッシュ=ジ=エンバー」
灰色の髪に深紅の眼。変わり果てた穂村正太郎のことを別の名で呼ぶと共に、ウツロは静かにまた戦う姿勢を固めていく。
「キミは確か穂村正太郎に負けてどこか奥底に追いやられたはずじゃなかったっけ?」
「ハッ!! 今度はアイツが奥底に吹っ飛ばされちまったから、オレ様が全てを消し炭にしてやるのさ!!」
「そりゃ困る。ボク達はあくまで舞台装置なのに――」
――表だって暴れまくってたらこの物語が終わっちゃうよ?
これで一応前半戦は終了です。後半戦は穂村正太郎(?)との戦いから始まり、また大きな敵を倒していきたいと思います。後半戦はパワー・オブ・ワールドが追い付き次第進めていきたいと思います。




