第四話 S = D?
今回はひなた荘組視点の三人称視点の文章となります。
「さあ! 今回参加する全サバイバリストの紹介が終わった所でいよいよ今回の狩人、均衡警備隊からえりすぐりの――ってええっ!? ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!! 皆さん、とんでもない情報が入りこんできました!!」
「ちょっと待っても何も何で勝手に一人で興奮しているんだろうねーあの人。ちょーウケる」
「そう……ですね……」
時刻は既に五時をまわっているが、未だに日は落ちず空を照らしている。しかしテレビの中の光景は対照的に暗雲漂う頽廃した街を映し出しており、これから起こる出来事の不吉さを物語っている様にも感じ取ることができる。
既に多くの人間がそのような光景に釘づけにされている最中、ここひなた荘の大広間のテレビ前でもだらしなく横に寝転がってはテレビに夢中な女子大生が一人。
「それはそうと、晩御飯どうします? 神住さん」
「んー? あー、均衡警備隊側の紹介まで終わったら一緒に外に買いに行こっかー」
エアコンが効いた部屋でありながらも、藁墨神住は暑さゆえにジャージのチャックを降ろして胸元のほくろを露わにしていた。
「ごくっ、ごくっ……ぷはーっ! やっぱテレビを見ながらのビールはたまらないっすわ!」
「…………」
「ん? どしたのー?」
「いえ、なんでもないです」
ほろ酔い状態の藁墨を前に苦笑いを返しながら、澄田詩乃は空になった缶ビールの回収し、台所近くのゴミ箱へと捨てていく。
――今からほんの数日前に魔人から連れられてきた彼女のことを、澄田は半信半疑の疑いの目でじっと見てきた。魔人曰く「幸運の置物として置いておけ」とのことらしいが、今のところ食費がかさばる原因である疫病神といった方が正しかった。
「大体、買い物も全部励二のカードを使っちゃってるし……」
「ほらほら! 詩乃ちゃんこっち来て! 均衡警備隊の奴等すっごいメンツ揃えているみたいだよ!」
神住が指差す先――テレビの画面に映っているのは、二人のAランク処刑人と、均衡警備隊の最高司令官の姿だった。
「ここ力帝都市でも数少ない殺しの許可が下りた双子の処刑人! 『エクスキューショナーズ』エム&エスゥー!!」
拳銃と鎌。過去と現代を象徴する二つの死刑執行用の武器。そしてそれらを持っているのが中学生二人組だというのが末恐ろしい。
どちらも深くかぶったフードの奥にはぎらついた笑みが見え、顔には威嚇の意味も込めてか蛍光色のラインが引かれており、この暗雲漂う中妖しく光を放っている。
「新規気鋭のこの二人! なんとまだ十五歳だというのが末恐ろしい所であります! しかしその実力は一級品で、どちらもAランクの実力を持つ能力者と魔法使いであります!! 詳しいプロフィールをご紹介したいところですが、生憎まだ手元に資料が届けられていません! ですが二人はなんと! 一時期有名になった外界の者ではなく、本家本元の『処刑者達』の異名を持っているそうです!!」
二人に関する情報クリアランスは一般的に公開できるものではないようで、このような一大エンターテインメントの場ですら二人の情報は秘密に包まれたままである。しかし『エクスキューショナーズ』の本家本元となれば、それなりの実力を持っていることは間違いないと考えることが出来るだろう。
「そしてある意味一番のサプライズかもしれません!! なんと! あの均衡警備隊最高司令官であるヴァーナード=アルシュトルムが!! 今回エクスキューショナーズと共に初出場でありまぁす!!」
『絶対的正義』とさえ言われる、世の均衡を保つ最強の力の持ち主。それがヴァーナード=アルシュトルムであり、『吸収』なのである。
「何時見ても威圧的なその肉体!! 練り上げられた筋肉はある意味人間としての美さえ感じさせます!!」
当然ながら身体能力は極限まで鍛え上げられており、その身体一つでもAランクは下らないとさえ噂されている。しかし彼が最高司令官にのし上がるには、やはり『吸収』の恐るべき力無しには無理な話であっただろう。
「そしていよいよ!! 今宵日没と同時に!! なんでもありの無制限サバイバル、断罪のギルティサバイバルが開幕されるのです!!」
「さーて、今から三日間家に引きこもるんだし買いだめにでもいこっかー」
出場する全員を確認し終えた藁墨は気怠そうにその場でぐっと伸びると、膝をついてその場に立ちあがる。
「そういえば詩乃ちゃんってランクカード放棄したんだっけ?」
「そうですけど……」
「あちゃー、じゃあ原価そのままで買うしかないかー。あたしいくら持ってたっけかなー」
藁墨はペラペラの財布の中身を確認しているが、澄田はここで違和感を覚えた。
魔人から聞いた話の通りなら彼女はSランク、金銭面では一切の心配をする必要がない。それにもかかわらず目の前では一万円札一枚にため息をつく稿墨の姿がそこにある。
「……あの、一つ聞いてもいいですか?」
「ん? 聞きたいこと? 何でも聞いてよ! ……分かった! 今のバストサイズがいくらか気になるでしょ? 分かる分かる、詩乃ちゃんも結構大きいよねー。でも流石に90の大台は――」
「そうじゃないです! ……私が聞きたいのは、藁墨さんはSランクのはずなのにどうしてそんなにお金のことを気にするのかです」
Sランクともなれば力帝都市内でも破格の待遇であり、殆どの店において金額は全て免除される。これを利用しないSランクなどいないはずと澄田はそう思っていた。
しかし返された答えは予想だにしなかった、意外な答えであった。
「あー、もしかして魔人の言葉を百パーセントそのままの意味で受け取っちゃった感じかな」
藁墨はそう言って申し訳なさそうに頭をぽりぽりと数回掻いた後、財布の中から黄色のカードを一枚取り出して澄田の前へと提示する。
「ッ!? これって――」
「あたしは公にはDランク――つまり力なんて持ってない一般人だって認識されてるのよ」
魔人は嘘をついていた。単なるDランクの女子大生を、ワケありのSランクだからという理由を使って、ごり押しで泊めさせていたのである。
「じ、じゃあ藁墨さんは――」
「待って待って、結論を急くのはよくないよ?」
そう言って藁墨は今度はVPを触り始め、スクリーンショットで取っておいたネット上での画像を澄田の前で提示される。
「これ、とある人にかかっている賞金」
「えっ――」
その圧倒的な桁数を見た瞬間、澄田は思わず絶句してしまった。以前に魔人が市長から直々に賞金首に指定されたされた時も天文学的数字を直視したことがあるが、あれはあくまで魔人自身の力を知っていれば至極当然のことであり、そしてそんな賞金を掛けられたとしても誰も魔人を倒すことなどできないことを知っているからこそただの絵に描いた餅状態だった。
しかし今回は違う。名目上はSランクだが、情報によれば対象は無能力者であり魔法使いでもない。単なる一般人に対してこれだけの賞金を掛けるなど――魔人と同等の賞金を掛けるなど、逆の意味で割に合わない。
「で、でもこれって――」
「そう。これって――」
――無いんだよね。顔情報が。
それ以外にも、ありとあらゆる情報――しいて言うなら個人を特定できるような情報は微塵も載せられていない。
まさに存在するはずの無い者に対してかけられた賞金。しかしそれは裏を返せば市長ですら情報を得られずにただこうした牽制をかけることしかできずにいることの表しでもある。
「……もしかして、藁墨さん――」
「そういうこと。あっ、表でこれを言ったら魔人が来て周囲一キロは全て本来の意味で消し去るらしいから、絶対言っちゃダメだよ? お姉さんとの、お・や・く・そ・く」




