第二十話 究極の面倒くさがり
「待て!!」
「アハハッ☆ 待つと思う?」
そりゃそうだけど、それにしても逃げ足の速い。こっちが普通に走っているだけで、向こうは余裕しゃくしゃくで遠のいていく。
向こうは通りの人ごみなど無かったかのようにスラスラと前へ進む一方、こっちは人ごみをかき分けながら何とか見失わないようについていくしかない。
「くっ、こうなったら反転するしか……」
「しかし反転できる場所を見つけている間に相手は遠くに行ってしまいますよ」
「だったらどうしたら――」
「アゥオオオオ――ン!!」
逃げようとするロザリンデの眼前から、オオカミが喉笛を引き裂こうと突進してくる。
「うわっ!? ちょっとどういう事よ!?」
「ロザリオさん!」
「へぇ、あれが援軍ですか」
回避の勢いでその場に倒れ込むロザリンデに、追っていた俺達のそばで変化を解くロザリオ。そしてロザリオの背中にしがみついているロレッタ。
「……へぇー、へぇー! そうかそうか、ロレッタちゃんいつの間にかそんな知恵つけていたんだぁー!」
「っ、お姉さま……」
「お嬢、下がっていてください!」
狼から変化したロザリオが庇うようにロレッタの前に立つ様子を見せると、ロザリンデは驚いたかのように一瞬目を見開いて、そしてその後あくどい事を考え付いたかのような笑みを浮かべる。
「いいわいいわぁ! よりによってロザリオに輸血していたなんて、ワタクシ超びっくりー! 先にセバスを呼んでおいて正解だったかもー!」
ロザリンデはそう言って指をパチンと鳴らす。するとどこからともなくスッと一人の執事が姿を現す。
ピッチリとした七三分けの髪形に対して、目の下にくまを作った気怠そうな表情。そして誰とも目を合わさないように常に視線はそっぽを向いている。
……あれ? この男が執事なの?
「セバスぅー、あのロザリオって男、確かアナタが指導した男じゃなかったかしらぁ?」
「そ、そうですね……分家に送り出す際に、再教育を施したはずですが……」
セバスはまるで面倒事を押し付けられたかのように視線を外して言葉を濁し、なんとかロザリンデに対して言い訳をするかのようにしどろもどろに答える。
「まったく、セバスってば肝心なところで手を抜くんだから……」
ロザリンデは大きくため息をつくと、改めて俺達から逃走するためにその場に背を向け始める。
「お迎えを寄越してちょうだいな。それと……」
「はい……」
「あの人達のお片づけを、お願いね☆」
「かしこまりました……はぁ……」
「今ため息ついた?」
「いっ!? いえ何も!」
本当にこんな奴に足止めできるのか?
「じゃあワタクシは先を急ぎますので、ごきげんよう」
ロザリンデが再び逃走を開始し、俺と之喜原先輩は後を追おうとした。しかし――
「あーあー、人が間に立っているってことはくい止めるってことくらい察してもらえませんかねぇ」
その一歩を踏み出そうとした瞬間、俺達の足元に一発の弾丸が放たれる。
弾丸はもちろん実弾であり、そしてそれは血ではできていない。
「普通の、銃……?」
「とにかくさぁ、てっとり早く終わらせましょうよぉ。その方がたがいにとってWin‐Winじゃないですか」
セバスは右手に持っている煙が立ち昇る銃を見て忌々しく思いながら、乱雑にその場に投げ捨てる。そうしたセバスと呼ばれていた男が来ているコートの裏に、いくつもの拳銃が見え隠れしている。
「俺こう見えても潔癖症なんで、銃を一回使っただけで触りたくなくなるんですよ。でもそれって、ロザリンデお嬢様にとってはもったいないみたいで」
セバスは新たに懐から拳銃を二丁取り出し、両手に一つずつ持つことで戦闘態勢を取り始める。
「なのでできれば一発ずつ、計三挺で済むように棒立ちで死んでくれませんかねぇ」




