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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
名実
131/223

名実54 {82単独}(191~193 いよいよ大島逮捕へ向けて動き出す)

 その後西田は、小会議室でこれからのことについて小藪達と相談し、逮捕状請求と共に、東京に派遣する捜査員を、吉村と日下の両主任に任せることにした。そしてすぐに、捜査員全員を招集し、事態の急転を報告した。


 だが、捜査員は全体的に思った程反応しなかった。ここ最近の出来事から、こういう想定外の動きに対して免疫が出来ていたのかもしれない。


 一方、吉村と日下は、大役に心の準備が出来てなかったせいか、少なからず動揺していた。とは言え、札幌に連行し終わるまでは、どうせまともに報道されないはずだから、95年当時の本橋の札幌への護送のような大騒ぎにはなるまい。2人にもそう伝えると、多少落ち着きを取り戻した。特に本橋の護送を体験している吉村は、あの騒ぎを実体験しているだけに、それと比較したのか、むしろ余裕が出て来た感じだった。


 必要案件を済ませると、西田は休憩を装い、方面本部庁舎を一度出てから、東京に居る道報の五十嵐に直接連絡を入れた。竹下を介しても良かったが、今は直の電話番号を知っていたのと、直接「取引」する方が、伝達ミスなどが無いと考えたからだ。


 さすがに、五十嵐は思ってもいなかった、スクープにつながるリークに歓喜した。しかし、現時点では、細かい予定までは立っていなかったので、翌日以降から更に詰める連絡をすると断りを入れ、電話を切った。


※※※※※※※


「吉村、ちょっと来てくれ」

既に逮捕状も裁判所から受け取っていた午後6時に、吉村を人気のない小会議室に呼びだした。さっきの電話同様、建物の外で話そうかとも思ったが、そこまですることもないと思い直していたのだ。

「明日のことについてですか」

そう言いながら付いてきた部下に、西田はリークの件を告げた。


「そういう大胆なのは、まさに竹下さんの専売特許で、課長補佐のやることじゃないなあ」

聞いた直後は、呆気に取られたような感じで、返しの言葉自体は不満のありそうな言い回しだったが、表情からは特に文句があるようには見えなかった。

「明日の16日からは、京葉病院の所轄担当である、(警視庁)四谷署に協力してもらうことになってるから、あちらでの打ち合わせが済んだら、俺に情報入れてくれ。更にそれを、俺から五十嵐さんに伝えるから」

「そう簡単に言いますけど、こっちも必然的に巻き込まれるってわけですか……。まあいいですけど、高く付きますよ!」

恨めしそうに西田を見つめる。

「お前の『高く付く』は、案外安上がりだから、こっちは一向に構わんぞ」

これまでの付き合いや経験を踏まえた西田の発言に、

「まあ飯と酒で済みますからね」

と、これまでの険しい表情を崩し、茶目っ気たっぷりに言った。

「日下には、この件は言わなくて良いからな。反ってやりづらくなるだろうから。知らぬが仏って奴だ」

丁度そう口にした時、竹下から連絡が入った。


「お、こいつは良いタイミングだ。竹下からだわ!」

すぐに電話に出ると、

「西田さん。五十嵐さんから連絡もらいました。スイマセン、色々気使ってもらったみたいで……。でも本当に良いんですか?」

と、いきなり念押しされた。

「ああいいよ。方面本部長も黙認してくれるとさ」

「方面本部長もですか!? まあそれならいいんですけど。西田さんにしては、随分思い切ったなと思って……」

竹下も吉村と似たような感想を述べたので、西田としては何となく居心地が悪かった。

「でもまあ、高松首相の訪朝のタイミングに、わざわざ合わせて来たって言う、相手も汚いやり方してるんで、罪悪感は薄れますよね」

「いや、お前程俺はスレちゃいないよ」

続けて発せられた、竹下のやや他人事のような言葉に、西田はちょっとイラッとしたが、的外れな指摘ではなかったのも確かだった。


「それはそれとして、いよいよ本丸に辿り着いたんですよね。こういう展開は予想してなかったにせよ……。こうあっさりとその時になると、大した感慨も湧かないというか……。こっちのセンスク使った工作活動も、大半が無駄になってしまいましたが」

口では感慨が湧かないと言いつつ、受話器の向こうには、それなりの「感情」を抱いているだろう竹下の姿が、西田の脳裏にははっきりと映っていた。

「確かに、想定した流れからは外れたが、確実にあの記事は、政権の今回の決断に影響はしたはずだぞ? そもそも、思ったより早く逮捕出来そうなんだから、悪い話じゃないだろ?」

「そりゃ……。あっちが勝手に動いてくれたのは、良い意味で予想出来ませんでした。ただ、政治に翻弄されているという本質は一緒なんでね……」

気を取り直したように見せて、竹下らしい結論に、西田は内心「らしいな」と思ったが、敢えて言及しなかった。そして、

「ところで、夕刊の1面はこっちになるのか、北朝鮮絡みになるのか?」

と尋ねた。

「交渉の結果や拉致被害者の状況にもよりますが、道報だけの視点限定で見れば、北海道選出の大島が、殺人容疑で逮捕されたってことの方が、おそらくニュースバリューはあると思いますよ。何しろ国会議員の殺人容疑なんて、知る限り前代未聞ですからね。まして大臣経験者なわけですし。本来なら、全国的にも間違いなくこっちなんですけどねえ……。まあそれが相手の狙いでもあるわけですから、それはそれで仕方ないんですけど……」

「仕方ない」と口にしつつ、竹下は露骨に不満を口にしていたが、その通りである以上、西田も異論を挟む余地はなかった。


「それで、大島の逮捕の時間帯が昼前後となると、連行されてきた札幌では、どう考えても時間的に無理ですから、東京の段階で写真撮らないと間に合いません。写真抜きならどうでもいいですが、逮捕報道で1面なら、逮捕連行時の写真は欲しいところでしょう。自分は編集ではないですが、それは間違いないと思います。ただ、写真は勿論のこと記事自体も、事前にある程度用意しておかないと、到底夕刊には間に合いませんから、ウチだけしか無理でしょうね、リークが他紙にもされてない限りは。例の本橋の大阪の時の記事と一緒です」

竹下は、本橋の佐田実殺害関与発覚の、大阪府警での記者会見の時の話を例に出してみせた。


「俺もあの時の竹下の手法が、逮捕の時間帯から可能だと思ってこうしたのさ」

西田はすぐに自白した。

「そうでしたか……。そいつはお役に立てて良かった。結局こっちのためにもなっちゃってるから、まさに『情けは人のためならず』って形になるのかな。ただあの時は、何が起きるかは、五十嵐さんには直前まで明かしてなかったんですが、今回、西田さんは完全に明かしちゃってますからね」

「あの時は、旧知の仲の竹下ですら、五十嵐さんにどれくらいの信用が置けるか微妙だったんだろうが、色々協力してもらってる今なら、絶対大丈夫だと思ったんだよ」

西田は言い訳するように、対応の違いを説明してみせたが、事実、今の五十嵐への信頼感は、西田の中でもかなり高いものになっていた。そして、

「写真の件は明日以降になってみないと。どういう形で逮捕・護送になるのか、こっちとしてもまだはっきりしてない。逮捕が病院内なのか、一度退院させてからなのかってことにも左右されるだろうし」

と続けて喋った。


「つまり北見側は、この逮捕についての主導権は、『主』ではないどころか、完全に『従』の立場なんですね。西田さんがそこまでわからないとなると」

竹下は、嘆かわしいとでも言いたいような口調だったが、捜査本部が、捜査そのものは邪魔されてないとしても、何らかの圧力の下にあるという点は否定しようがない。圧力に屈していると言う側面だけ捉えれば、圧力で捜査妨害されていることと、本質は一緒だからだ。言うまでもなく、今回は逮捕を指示されているという意味で、見た目の方向性は真逆だったが……。

「それでも逮捕出来ないよりは、遥かにマシだろ?」

思わず、最悪の事態を例に出して、竹下の意見に反論してみた。

「そりゃそうですが……」

何か言いたそうな相手の先を制すように、

「ただ、国会期間中じゃないのは良かった。余計な手続きも必要ないし」

と口にすると、

「6月の増川議員の逮捕の時は、国会が開かれてて、逮捕許諾請求が必要だったんですよねえ……。確かにそれと比較すれば、手続き的に楽は楽でしょう」

と同意してきた。国会が開かれていれば、国会運営と関わってくる以上、関係機関との協議も裏でやっておく必要がある。今回はそれがない点でかなり楽だ。


「それはともかく、自分が五十嵐さんに果たせなかったスクープの約束、まさか7年越しに西田さんに叶えてもらうとは……。それについては、ホント感謝しかないです。五十嵐さんも喜んでました。取り敢えず言いたいことは、やっぱりそれが一番ですよ、ここまで色々言っておいて何ですけど」

「こっちも単なる善意だけじゃないんだから、そこまで感謝されても、むしろ心苦しいだけだ」

下手に出られたら出られたで、今度はやけにくすぐったい思いがしていた。


「自分も何か協力出来ることがあればしたいんですが、今の段階では、なかなか思い浮かばなくて。週刊誌の件は、まあ多少は効果あったようですが、その先は今は何も……」

言い淀んだ竹下に、

「否、竹下には既に大分世話になってるから気にしないでくれ。今回も相手が動くきっかけを作ってくれたのは間違いない。それに、何か力添えしてもらうことが、この先必ずあると思う」

と嘘偽りない本心を伝えた。

「わかりました。もしそういうことがあれば……、万が一あったら、喜んでさせてもらいます。自分としても、これが解決しない限り、何時まで経っても一区切り出来ないと思ってますんで」

一区切りという言葉に力が自然とこもっていた。

「そうだな。俺もそう思ってるが、竹下にとっては更に、(警察を)辞めた理由だもんな、このヤマが」

ボソッとした西田の言葉に、竹下は聞こえなかったのか、或いは聞こえなかった振りをしたのかは不明だが、

「じゃあ、また電話しますんで。失礼します」

とだけ言って電話を切った。


 あの時、たった1人であれ、優秀まとも刑事デカに見限られた警察は、この事件を乗り切らないことには、何も変わらなかったとしか言いようがないのかもしれない。しかし乗り切ったところで、ここまでの過程を見ている限り、本質的には大して変わっていないこともまた確かだと自嘲しながら、西田は携帯をポケットに仕舞った。


※※※※※※※


 9月16日、月曜日。世の中は敬老の日で祝日だったが、吉村と日下は、朝から東京へ向かう機上の人となっていた。西田はと言えば、直属の部下である黛と北見署の捜査本部メンバーから、遠軽署時代に縁のあった宮部を札幌へと連れて行くため、14時前には北見駅舎内に居た。


 大島が逮捕から勾留決定まで琴似留置場、勾留期間中には、医療設備のある札幌拘置支所に勾留することになると、札幌で取り調べせざるを得ないからだ。因みに、道警本部の捜査一課から応援に来ていた木俣と森という刑事は、早朝のオホーツク2号で札幌へ一足早く戻っていた。


 北見でも取り調べしている上に、吉村と日下も大島を逮捕して、そのまま札幌で取り調べすることとなると、北見の主力メンバーをこれ以上手薄にするわけには行かない。それが黛と宮部の若手2名を抜擢した理由だった。


 宮部については正直、西田との遠軽書時代の絡みによる「縁故採用」と言われても仕方なかったが、北見署からも誰か連れて行くとなると、どうしても目が行ってしまった。と言っても、西田との関係は、他の誰もまともに知らないのだから、誰に責められるわけでもないと開き直ってはいたが……。


 木俣と森については、捜査の応援に初期から北見へ派遣された際、西田から直接、大島の殺人関与の可能性についてレクチャーを受け、完璧とは言えないまでも、佐田実殺害事件についての概要を理解していたので、札幌へと戻す形になっていた。


 吉村と日下の方はと言えば、昼前には東京の四谷署で、札幌の道警本部から直接派遣された捜査員2名と合流しているはずだった。そこで羽田までの護送に協力してくれる四谷署の捜査員と、警察庁さっちょうからの指示を受けて、詳細に打ち合わせしてるはずだ。そして取り敢えずは、話がある程度まとまった段階で、西田は吉村に連絡を寄こすように伝えていた。更にその情報を元に、西田は今度は五十嵐と、打ち合わせを行うつもりだ。


 吉村には既に道報へのリークの意志を伝えていたので、念の為吉村と五十嵐の間でも、西田を介さずに直接連絡出来るようにしておいた。明日何か大きな変更があった場合、西田を介した伝言ゲームの時間は存在しないからだ。

 

 西田は、14時過ぎ北見発のオホーツク6号で、札幌へと向かうつもりだったので、出来れば列車が出発する前には、吉村から連絡を受けておきたかった。だが既に北見駅に居て、網走からやって来るオホーツクの北見駅到着時間が迫りつつ合った。勿論、今では携帯が列車の走行中も通じるようにはなっているが、さすがにモロに山中となる留辺蘂から生田原の間や、白滝から上川の間辺りだと、走行中の車内から携帯が通じるかは、相当疑問だったからだ。


 しかし、オホーツク6号の乗客向けの改札が始まり(作者注・列車の本数が少ない地方の有人駅では、常時改札を行っていない駅が多い)、改札口から構内に入場して跨線橋を渡っている最中に、吉村から連絡が入った。

「課長補佐、今話せますか?」

「遅い! 待ってたぞ! 今からホームに列車入ってくるから、ちょっとエンジン音でうるさくなるかもしれないが、まだ大丈夫だ」

「そうですか。じゃあ出来るだけ手短に。警察庁の担当者から色々聞きました。既に病院関係者から大島側には、診断書の撤回が告げられたそうです。ただ、入院については継続可能とはしましたが、かなり秘書から抗議されたみたいで……。大島本人は特に何か言うことはなかったようですが」

「そうか……。相手も状況の変化は察したみたいだな。それで逮捕の時間は正確に決まった?」

「病院内で12時前後に逮捕して、病院内に職員しか通らない通路があって、そこから地下の駐車場までエレベーターで降りて、そのまま護送用のワンボックスカーじゃなく、普通のミニバンで、病院出て羽田と言う流れです。病院には、今報道陣で詰めてる奴らはいないそうです。羽田でも特別ゲートから入る手はずが出来てるようで。まあそこまでは、四谷署の捜査員が運転してくれるんで、俺らは乗ってるだけですけどね。千歳からは、道警本部の車で、本橋の時と同じく新川インター降りてってところです」

「飛行機の便はわかってるのか?」

「えっと、ちょっと待って下さい。今確認しますから」

先に同行の2人を行かせつつ、跨線橋の階段を注意しながらゆっくりと下っていた西田だったが、網走方向から轟音を立てて、オホーツクがやって来たのがわかったので、少しピッチを上げた。


「えっと、羽田を午後2時に出て、千歳に3時半の奴です。琴似に留置場には5時には着けるでしょう」

「確認しておくが、病院からの出口は普通の所からで、車は普通のミニバンタイプだな? 写真抑えさせるのに都合が良い車種タイプだが、出口そのものが違うところから出られると困るからな」

「いや、スイマセン。出口は……。ちょっと確認しますんで、後からもう一回掛けます」

そこに丁度、オホーツクの車体が、轟音を立てながらホームへと滑り込んで来た。案の定ディーゼルエンジン音でかなり聞き取りづらくなったが、西田は大きな声で、

「わかった。今から札幌にオホーツクで向かうところだから、途中携帯通じない区間があると思うんで、その点は承知しといてくれ!」

と叫ぶように伝え、黛と宮部と共に乗り込んだ。


 その後すぐに、吉村から折り返しの電話があり、報道陣が見当たらないとは言え、そのまま普通に出口から出るのもマズイので、職員用の出口からということだった。西田はそれを確認した後、旭川付近を走行中にデッキから東京の五十嵐に連絡を入れ、状況を伝えた。


「……というわけで、今のところ予定はこんな感じです。直前に何かあったら、直接五十嵐さんとこに連絡行きますんで、大丈夫かと思います」

「何もないことを祈りますよ。こっちも本社の編集にねじ込んで、北朝鮮より大島逮捕を一面にしてもらう手はずになってますからね! 写真に失敗したら何言われるかわからない」

「記事はもう書いたんですか?」

「大まかには用意してますけどね」

そう西田に伝えた時の声は、自信に満ちており、大まかというよりバッチリ書けているのだろうと西田は確信していた。


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