5.悪い宮廷魔導師を討ち滅ぼしました。
――そんなの、あたしたちを踏みにじる理由にはならない。
「生き汚いやつだなぁ~、ほんとに」
無限増殖。
攻撃しても攻撃しても再生をするマクスウェルの体に、ラプラスは舌打ちをする。
ターニャから魔力を返還されたとはいえ、本調子にはほど遠い。
さらには。
「ラプラス。この王都の生命力を吸い尽くすまで、俺は再生を続けるぞ!?」
「おーのー! それはいただけないな。自分の魔力でもないくせに」
マクスウェルが再生に使っている魔力はすべて、この王都オーデの住民から搾取した魔力である。
いたずらにマクスウェルを傷つければ、そのぶん無抵抗の国民が魔力を失うことになる。魔力はすなわち生命力。もしも、病人がいたら。もしも、幼い子供が居たら。多量の魔力を失えば、それはすなわち。
「っくっく。どうだ、俺を攻撃はできまい!」
「なるほどなるほど~。しかしな、マクスウェル~。ひとつ思い違いをしていないかい?」
ああ、なんておめでたいヤツだ。
ラプラスは思う。
この期に及んで薄ら笑い。
この期に及んで、まだ自分の勝利を疑っていない。
全部、ヒトから奪ったもののくせに。
「お前は、私を偽物というけれど、お前はなーんにもわかっちゃいない」
「は?」
「お前が、何を奪っているか。お前が、どれほどの存在か。なにもわかっちゃいないんだ。全部全部全部、勘違いも甚だしいな~」
自分が偽物なコトくらいは分かっている。
それでも、自分の怒りは自分のモノだ。
ターニャがそれを、教えてくれた。
「だからこそ、さ。あんたの殺し方なんて心得ているよ。不老不死同士ね~」
「は?」
「あたしが死なないのは、無限に近しい魔力を持っているから。あんたは愚かにもそれを模倣しようと、無様にも三〇〇年もがいてきた。竜神の血を引くこの身に降りかかった呪いを羨んだ」
ラプラスの血液に刻まれた複数無数に折り重なった魔術式。壊されようと時間さえあれば自動修復する術式を組み込んだそれは、本来であれば魔力切れなどを許さない。
魔法陣の罠によって、一気に魔力を抜かれてしまうなどというイレギュラーがなければ本来ラプラスに魔力切れはありえない。
「だからこそ、魔力切れを起こしている状態で殺されれば……不死者であっても死に至る」
「だ、だから何だ! いまの俺は王都と一心同体。俺を生かすは、俺にあらず。俺を生かすのはむしろこの街、だ!」
「ふふん。どっかで聴いたことあるようなこと言っちゃってさ」
この期に及んで、余裕の態度を崩さないマクスウェルに。
ラプラスは同情すらも感じる。
初めには、爪の先ほどの理想を持っていたかもしれないけれど。
いまや何もかも。
理想も矜持も失ってしまった魔導師に。
――はやく、引導を渡してやろう。
「のんのん、我が愚かなる父上よ」
「……っ?」
「優秀で美しく、したたかで可愛らしく有能で美しいあんたの娘が教えてあげよう~」
否。
同情を差し挟む余地すらない。
「あんたの負けだ。ここで死ね」
「は?」
「ターニャ!」
「はいよっ!」
「アリエノーラちゃんは任せたからね~! あと、例のヤツやっておいてくれた?」
「おうよ、例のヤツ。ばっちり完了しておりますよ。魔法剣士さんに任せなさい~っ」
「あ、それあたしのセリフ~」
例のヤツ。
その言葉にマクスウェルはぴくり、と眉を動かす。
ラプラスの視線。
その先。
自分の、懐。
「ぶん殴られた、だけだと思った?」
アリエノーラを抱いて不敵に笑うターニャ。
そうだ。
殴られた衝撃が蘇る。
懐。
気にもしていなかった。
恐る恐る。
マクスウェルは懐に手を入れる。
こつり、と当たる堅い感触があった。
薄く、丸い。
金貨。
「……これはっ!?」
「大昔の悪巧みに滅ぼされる気分はどーかな?」
くくっ、とラプラスは嗤い。
宣言する。
「さあ、あたしの魔力。ぜーんぶ返して貰おうか!」
***
かつて。
ラプラスに汚名を着せて封印したマクスウェルが企んでいた『不老不死』を叶える術式。
魔術的な処理を施したオリハルコン金貨を流通させ、王都の人間たちから魔力を搾取する術式。
通貨と都市は切っても切り離せない。貨幣は使われ、隠蔽され、生活の奥深くへと入り込む。
ラプラスは。
封印される間際。
その金貨を持っていった。
ぱちん、と。
ラプラスの指が、鳴る。
「ん、な、くそ……っ!」
ラプラスの起動した魔術は。
かつて、マクスウェルが目論んだのと寸分違わぬ動きを――魔力の搾取を実行する。
ただし、その精度は大魔女様みずから起動している分、桁外れのものとなっている。
金貨を伝って。
マクスウェルの身体から。
魔力が吸い出されていく。
投げ捨てなくては。
慌ててマクスウェルは金貨を握りしめようとするけれど。
そう思っても。もう、借り物の身体が動かない。
「また、街から魔力を吸い上げればいい……って顔してるねぇ」
そのとき。
地面が揺れた。
塔が揺れているのか?
「でもさ」
否。
「あんたの魔力は、いまはゼロに等しい」
地鳴り、ではない。
「魔力はすなわち生命力。魔力が尽きないから、あたしは死ぬことが出来ないんだ。逆を言えば、魔力が尽きれば『不老不死』は崩れ去る」
揺れの原因は、ラプラスだった。
彼女の周囲にすさまじいまでの魔力が渦巻いている。
金貨を通じた魔力搾取は凄まじく。
街からの魔力供給ではとうてい間に合わない。
なんだ。
なんだ、これは。
「……へいへい。人から奪って自分のものにしていた力が失われるのは、どういう気分かな~?」
マクスウェルの背筋が凍る。
三〇〇年。
生きてきた年月は、いままで遠ざけてきた死への恐怖を増大させる。
「今のあんたを殺すのなんて、わけないよ」
俺は。
――俺は、死ぬのか?
「や、やめ……っ!」
月光の下。
魔力の奔流に長い黒髪とスカートをたなびかせるラプラスは。
大魔女、という二つ名に相応しく妖艶で。
「こうなれば、指先ひとつで十分だね~。でもさ。どうせだったら。あたしがかつて発明した、とっておきの『魔術』で殺してあげるよ」
そして。
自信に満ちあふれていた。
「 ―― ――黄昏より来たれ破滅の王」
***
「え、なんだし。これ」
「……ターニャさんたちの仕業ですか、ね」
突如、糸の切れた人形のように倒れていった【花嫁】たちに、キャサリンとナディーネは声をあげた。
床に崩れ落ちるように倒れる人造少女たち。
「っ、これは?」
物陰に隠れていた白装束の侍女、ヴィスが声をあげる。
「魔力が、戻ってくる……」
【花嫁】たちから。
正確には、ナディーネが彼女たちに貼り付けたオリハルコン金貨から、魔力が放出されていく。
その魔力は、もとの持ち主たちへと還っていく。
なんとなく怠かった身体が回復し、四肢に魔力が満ちていく。
「あ、キャサリンさん。顔色よくなってますね」
「え? ああ、そう……」
微笑みかけてくるナディーネに、キャサリンは微笑みかえす。
「ランキング戦では、わたしのボロ負けだったけど……ちょっとは見直してくれた?」
「見直すも何も。キャサリンさんはいつだって優等生じゃないですか」
そのやりとりは、背中をあずけて戦った者同士の信頼に満ちていて。
キャサリンは、胸がふわふわと温まるのを感じた。
どうにか、やるべきことはやった。
あとは、無茶苦茶なふたりに任せるしかない。
男がいなくたって。
自分の決めた「正義」のために、自分の力で戦えるんだ。
ピクリとも動かない【花嫁】を眺めつつ、キャサリンはほうっと息をつく。
……まぁ、ギリギリだったけど。
魔力を吸われたうえに、業火球・狐を連発していたのだ。
あとちょっとで、倒れるところだった。
「それにしても、すごい量の魔力……って、あんた何やってんの!?」
「え? なにって、この女の子たちの手当ですが」
「放っときなよ!? いつまた襲われるかなんて分からないんだしっ!?」
お人好しにもほどがある。
先ほどまで、『死』そのもののような気迫で立ち回っていた女と同一人物とは思えない。
「あのっ」
言い争うキャサリンとナディーネに、声をかけたのはヴィスだった。
立ち上がり、毅然と背筋を伸ばしている。
「この魔力……時計塔に向かっています」
第一皇女の安否を気遣う彼女は、静かに告げる。
「お二人とも、私を時計塔まで連れて行ってください」
***
【花嫁】たちから放出された魔力はラプラスに還っていく。
並の魔術師が百人、否、一千人束になってもまだ足りない魔力量が、ひとりの美女に集束する。
その麗しい背中を見つめながら、ターニャは思う。
……まじで敵じゃなくて良かった。
「え、でも。あの呪文って」
「う、ん……」
「あっ。アリエノーラ様っ。大丈夫ですか?」
頬に色がもどっている。
抜かれていた魔力がもどったからか。
「あ……ラプラス、さ、ま」
その菫色の瞳が。
魔力を翻して呪文を紡ぐラプラスをとらえる。
母を見るような。
姉を見るような。
そんな、憧れを含んだ視線だった。
「すごい。かっこいい、です」
***
ラプラスは歌うように呪文を紡ぐ。
「塵は塵に、灰は灰に」
三〇〇年前に自ら開発した魔術。
あの日、荒野で灰桜色の女魔術師がぶっぱなしていた、あの魔術。
「――我が言の葉に応えてその鉄槌を振るえっ」
「や、やめろっ! その呪文はっ! 人に向けるものじゃないだろうっ!?」
「うるさい」
「俺は……俺はただ、認めて欲しかっただけだっ!! 嫁にも、娘にも、ないがしろにされた俺の気持ちが分かるか!?」
「……」
「ただ、認めて欲しかった、だけなのに……っ」
「……だから、どーした。そんなもん、あたしたちを踏みにじる理由になんてならないよ」
居るんだよ。
こんな大規模な上級魔術を、人に向けてぶっぱなす無茶苦茶な女が。
怒っていいんだと。
持てる力を振り絞って、理不尽をぶっとばしていいんだと教えてくれた女が。
彼女は。
彼女は、すごく格好良くて。
「じゃ、さよなら」
魔力を吸い出され、ただの人間に成りはてた男に。
大魔女の一撃が、炸裂する。
「喰らえっ、――【灰燼裂罪】!!!」
白く。
全てを。
音さえも焼き尽くす、眩い魔術の光が。
三〇〇年間、王都を裏で操っていた男を。
女たちへの劣等感だけで、それを続けてきた男を。
……ラプラスの炎が、焼き尽くした。
***
空を割るような閃光が晴れるのに、どれくらいかかっただろうか。
ターニャが目を開けると、そこに広がっているのは雲ひとつない満天の星空で。
「すごい。さっきまであった雲が……ぜんぶ吹き飛ばされちゃいました」
ぽつり、とアリエノーラが呟く。
塔の上。
時計塔、とは名ばかりの。
時計部分が完全に消失してしまった、決闘の場に。
「いえーい。大勝利ー。今の見てた、ターニャ?」
立っていたのは、麗しき大魔女で。
「めっちゃ見てましたよ、ラプラスさん」
『相棒』の復讐を見届けた魔法剣士は、小さな皇女を抱きかかえたままに魔女に歩み寄る。
パシン、と。
乾いたハイタッチの音が星空に弾けた。
皇女は思う。
今まで自分を。
王家を。
王国を。
縛ってきた影が、消し去られたのだと。
もう、私はこの二本の足で立っていいのだと。
――いつか、彼女たちのようになる日を、夢見てもいいのだと。
ラプラスさんの復讐編、これにて閉幕です。
次回、いつもの幕間で後日談をやって次章からはノリが軽めの日常編(キャサリン×ナディーネの料理修業編、ターニャの里帰り編、ラプラスと妹たち編を予定……予定は未定だけど、予定)です!!!!
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