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第四章 エピローグ 一 不幸・幸・メシマズ・不可解

 どこかの国には、禍福は糾える縄の如し、という言葉があるらしい。

 不幸と幸が、より合わせた縄のように交互にやってくる、という意味だそうだ。


 なるほど。

 その言葉は真理を語っているな、と俺はしみじみ思った。


 先日の種族主義者の暴走は間違いなく不幸な出来事であった。

 誰しもが思い出したくもない、最上級の不幸であることは間違いない。


 しかし幸いなのは、さきのことわざ通り、その不幸がいつまでも続かなかったことだろう。

 そして、先日の不幸と釣り合いがとれているか。

 それは甚だ微妙だけど、今日はちょっぴりハッピーなイベントが起きていた。


 そのイベントの発生地は他でもない、街の外の丘の上。

 俺に宛がわれた屋敷。

 その応接間にて起きていた。


 テーブルの上に広がるのは、スコーンが乗った皿、クロテッドクリームとジャム。

 そしてケーキスタンドに、ティーポットとカップのセット。

 カップからは香気とともに湯気が立ち上り、中をのぞけば真っ赤な液面が静かに揺れていてる。


 理想的、の一言に尽きるアフタヌーンティーの光景が広がっていた。


 それだけでも、十分幸福なシーンだというのに、それだけでは留まらない材料が、また存在していた。


 それは――


「美味。アリス。料理の腕、あげたね」


 ――ちょっと奇妙な経緯で再会した、戦友、レミィの存在。

 そんな彼女の一言は、アリス謹製のサンドウィッチを、小鳥よろしくに啄んだあとのもの。


 俺にアリスに、レミィにヘッセニア……

 そう。

 俺は戦友、そしてそこにアンジェリカを加えた面子でティータイム。

 舌鼓を打ち、満ち足りた表情を浮かべる友人たちと一緒にお茶をする。

 ささやかなれど、しかし人生で上位に入る幸福を、ただいまの俺は味わっていた。


「ありがとうございます。どうぞ、遠慮せずにお食べ下さいね。お土産として持ち帰っても構いませんから」


「感謝。本当に助かる。なにせ、ここ最近、ロクでもないものしか食べてなかったから」


「ん? 種族主義団体はそんなに粗末なもの食べていたのかい? ウォールデン家の秘密裏な支援を受けていたのなら、そこまでひどいものは出ていなかったんじゃ?」


「否。ウィリアム。ひどかったのは守備隊。ここ数日、調査協力で隊舎に缶詰。寝床はとても快適。なのに、食事の時間が来る度にげんなりしてしまう。それほどまでに、あそこのご飯はひどい」


「あー……なるほど。糧食の味に関しては、王国。思いっきり発展途上国だしなあ……」


「えー? 糧食に関しては? 発展途上国? ははっ。ナイスジョークですぜ、軍曹殿」


 くちばしを挟んできたのは、さっきまで大口を開けて、スコーンをむさぼり食っていたヘッセニアだ。

 唇の端についていたクロテッドクリームを、横着にも舌で舐め取った彼女の面持ちは、にやりにやり。

 それはそれは、とても嫌みったらしい笑みに満ちていた。


 ヘッセニアがこんな顔をするときは、なにかを茶化すときと相場は決まっていた。


 今回は……まあ、話の文脈から言って、きっと王国のメシマズを茶化すのだろう。


「荒廃国の間違いでしょう? 王国の料理の質に関しては。私ねえ、王国に来てびっくりしたんだよ。屋台がさあ。どれもこれも、まあマズい! 鉄の味がするチキンなんて、王国以外で食べたことないよ?」


「……ハズレの店引いただけだろう。それも相当あくどい店だよ、それ。多分、鶏肉の色を良く見せるために、鉄が混ざった塗料を使っていたんだと思う」


「うげ。やっぱり。王国は食べ物の偽装が横行しているとは聞いてたけれど……まさかそんな都市伝説めいた話が、本当だったとは……」


「でも、それはどこの国行っても同じだろう? 屋台は食品偽装と切っても切れぬ縁があるのは」


「否。それは王国限定の話。間違いなく」


 今度の茶々はレミィのものだ。

 口元についたサンドウィッチのソースを、ナプキンでしっかりと拭う。

 ソースが取り払われていた彼女の唇は、うっすら皮肉げに歪んでいて。

 やっぱり彼女も、王国の料理をボロクソに言う気概に満ち満ちている、ように見えた。


「各国政府。彼らが発行している観光ガイドブックを見てみるといい。大体どこの国も屋台街を勧めている。ところが王国にはそれが皆無。それどころか、こうも書かれている。"目利きの素人は手を出すな。危険。屋台で食べるな"と」


「え……そ、そんなこと書いてあるのですか?」


「現実。残念なことに」


 木イチゴのソースがかかったケーキ。

 それを丁度自分の皿によそったアンジェリカの表情は、とても引きつっていた。

 彼女は寒村出身故に、屋台が建ち並ぶ光景というものを見たことがない。

 だから、食べるだけで健康を害する店が存在する、というレミィの発言に、打ちのめされているようであった。


 これはいけない。

 彼女のためにも、今の発言は偏見に満ちたものであること。

 それを教えてやらねば。


「で、でもでも。よその国だって、屋台は当たりハズレ大きいだろう? それをさも、王国が異常みたいな言いぶりは、とてもフェアではないよ」


 自虐で王国の飯はマズい、と言うのはいいけれど、他人に言われるのはなんだか腹が立つ。

 特に今日は、いつも真っ先にメシマズネタに反応する、クロードが仕事で出席していないのだ。

 いつもは彼の反応で、覚えたフラストレーションを解消する部分もあった。

 故に、今日に限ってそれを解消するためには、自分で解決するしかなかった。


「ウィリアム……お姉さんがいいことを教えてあげようか?」


 けれども、そんな様がとてもみっともなく見えるのだろう。

 俺と一つしか歳が変わらないのに、ヘッセニアは不自然なくらいなまでに大人ぶる。

 そして俺に語りかける。

 大人が子供を諭すような口調で。


「王国の屋台には当たりがひとすくいほどしか存在しない。あとは一握りのハズレの店と、星の数ほどの可食毒物売っているような店。そしてこれは、王国限定の話なの」


 ヘッセニアの言にうんうんと、黙って頷くのはレミィ。

 心からの同意を示しているように見えた。

 どうやら、彼女も王国の屋台でひどいめにあったことがあるらしい。


「お、お金をケチって屋台に手を出すからだよ。ちゃんとしたお店で食べれば、毒物まがいの代物なんて絶対に出てこないんだし」


「ほらあ。ウィリアムも認めてんじゃん。ガイドブック通りじゃん。王国の屋台ってロクでもないのがデフォルトなんだって」


 勝ち誇った笑みを作っている、ヘッセニアの鋭い一言。


 ……なんだろう。

 必死に否定するたびに、なんだか形勢が悪くなっている気がする。

 と、言うか思いっきり墓穴を掘ってしまった。

 この状況を逆転するのは、ちょっと難しいかもしれない。


「それはそうとレミィさん。調査は順調であったのでしょうか? 立て続きに種族主義の事件が起きているだけあって、気になるのですけれども」


 魔族とエルフによる、王国メシマズ口撃。

 それを止めてくれたのは、俺の空になったカップにお茶を注いでくれたアリスであった。


 気心を知れた者同士の皮肉は、会話を円滑にする作用をもたらすが、行き過ぎれば、毒となって逆に場の空気を蝕むもの。

 どうやらアリスは、これ以上の泥沼化を避けたかったらしい。


 気遣いのできる彼女らしい、パーフェクトな話題変えであった。


「順調。考え得る逃げ道を断ちながら、アジトのガサ入れをしたおかげで、欲しい情報はおおよそ手に入れることができた。目標の八割は達成した」


「へえ。上々じゃないか。欲しい情報ってのは、過激派種族主義団体同士の繋がりを示す資料?」


「是。それを手に入れた以上、ゾクリュの過激派一掃はそう遠くはない。生憎、街の外の団体との関係をにおわせるもの。それは手に入らなかったけど」


「アーサー・ウォールデンからなにか聞いてなかったのか? 一応潜入には成功していたんだろう?」


「生憎。奴は口がかたかった。ハドリー・ロングフェローは自分が殺った、くらいしか引き出せていない」


「アーサーがやったのか、あれは。てっきり君がやったものだと思っていたよ」


「不快。情報を集めるために、そして連中を捕縛するために、私は忍び込んだ。私が殺っちゃ意味がないだろう」


 まだ、入局して日が浅いレミィであるが、自らの職への誇りはすでに持っているらしい。

 レミィが殺したのでは、という俺の言に、彼女は口を尖らして抗議した。


「情報源が生きているんだから、そこまでの痛手ではないと思うけど。アーサーってのをを尋問すれば、それでいいんじゃないの?」


 ヘッセニアの言ったことはもっともであった。


 前回のハドリー・ロングフェローの件と違って、今回は幹部であるアーサーが生存しており、しかも現在守備隊が拘束しているのだ。


 これは言うまでもなく、守備隊にとっては望ましいこと。

 尋問、取引、あるいはやるべきではない暴力的な手段。

 それらを駆使すれば簡単に情報を引き出せるのだから。


 で、あれば、そこまで悲観すべきではない事態。


 しかし、である。

 王国の情報機関、国憲局に就職した戦友の顔は浮かばないもの。


 苦虫を噛みつぶす。

 その表現そのままの表情で、じっと手元のティーカップをのぞくのみ。


 なにかがあったのだ。

 それも守備隊とレミィにとって不都合ななにかが。

 多分それはきっと――


「聴取、できないのか?」


「……是。悔しいことに」


「まさか。もう、ウォールデン家が干渉を?」


 貴族の力が弱くなったとはいえ、それでも王国社会における影響力は、いまだに無視できない。

 

 その上、ウォールデン家は戦争で没落もせず、それどころか領地に国営の軍需工場を誘致し、その地代によって富を蓄えた大貴族であるのだ。

 水面下の妨害工作があってもおかしくはない。


 今、まさに大貴族家の干渉を受けているから、浮かばない表情をしている。


 俺はそう推測したのだけれども、しかし、そうではないらしい。


 彼女はゆったりと、しかし、しっかりとした動きで。

 二度三度、栗色の髪を揺らしながら、ふるふる。かぶりを振った。


「じゃあ……なにが?」


「……不可解。そう、本当に不可解この上ないことが起きた」


 顔色、そして声色。

 その二つから察するに、アーサーの身に起きてしまったこと。

 それがあまりに不自然なことなのだろう。

 顛末を知るレミィ自身でも納得できないくらいに。


 レミィは逡巡している。

 こんな与太話、真面目に話していいものか。

 そう、悩んでいるかのようにみえた。


 しかし、しばしの間ののち、それでも話さねば、と結論を下したらしい。

 未だ迷いが色濃いけれども、彼女は視線を紅茶から引き上げて、俺たちを見て。


「情報源。そうなるべきであった、アーサー・ウォールデンは正気を失った。会話を交わせなくなってしまった。いつ元に戻るのかはわからない」

 

 ぽつり、そうささやいた。


 唐突に発狂して、意思の疎通が出来なくなってしまった。

 地下であれだけ流暢に話していた男が。


 本当に?


 その事実がにわかに信じられなかった。

 けれども、レミィがデタラメを言っている様子は一切見られないことから、それが真実であることを悟った。


 それは彼女の言う通りの不可解なできごとだ。


 あまりの不可解さに、俺はレミィに返す言葉。

 それをしばらくの間、見つけることができなかった。 

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