第四章 二十二話 割のいい賭け
奇襲気味な空中回し蹴りによって一体。
突進のカウンターとして放った掛け蹴りでもう一体。
そしてその後、最大強化の回し蹴りで、さらに一体、調子に乗ってサマーサルトをお見舞いしてついで一体。
そして――
「よっと」
たった今、飛び膝蹴りを放って、手近な猿人級の頭部を吹き飛ばす。
いくら再生能力が際立つ邪神とは言え、頭を破壊されてしまえば生存は不可能。
頭を失った猿人級は一度その体を、大きく波打たせたのちに、どうと転倒。
あとは細やかな痙攣を繰り返すだけで。
痙攣は徐々に、徐々に小さくなっていって。
そしてついには震えもなくなり。
ぴたり。
生命活動、停止。
「喜ぶべきか、それとも悲しむべきかなあ。これは」
今度の言葉は猿人級に向けたものではない。
回し蹴りにサマーソルトにそして飛び膝蹴り。
さきほどより、大技を連発しているものの、体はまったく思い通り動いてくれたことに対する独り言だ。
アンジェリカ狙いの乙種のときにはなまりが見られた体も、どうやら完全に復調してしまったらしい。
最近は激しい運動する機会に恵まれていたからだろう。
気が引き締まったと喜ぶべきか、物騒な世の中だと嘆くべきか。
やれやれ、なんだか複雑な心境だ。
「おい! あんた! ウィリアム・スウィンバーンか!」
「いかにも。そういう貴方は……守備隊員ですねね。それも相当ベテランの」
乱入したことで、猿人級の意識がすべて俺に向いたからだろう。
半ば我を忘れて戦っていた守備隊は、ほんの少し余裕ができようだ。
きっと、指揮を執っていたであろう最先任らしき(初対面の)軍曹が、言葉を投げかけてきた。
「加勢感謝する……と、言いたいところだがな! 悪いことは言わないから、逃げたまえ! 我ら損耗率激しく、すでに最終フェーズ移行が決定したところだ!」
「……最終フェーズって言うと」
「ああ! そうだ! 拘束砲撃だ! このままでは巻き込まれてしまうぞ! 逃げろ!」
少し、助太刀をするタイミングが遅かったようだ。
彼らはもう、戦線の維持能わぬと判断して、自らの生命を消費して、一矢報おうと覚悟を決めてしまったようである。
その証拠に、ほら。
言葉をかけてきた彼の目はどこかすわっていた。
「一つ。聞きたい」
「なに?! はやく言いたまえ! そしてこの場から立ち去れ!」
「最終フェーズ移行を進言したのは、いつの話ですかね?」
「さっきだ! 君が加勢するその直前だ!」
その話を聞いて、俺は少しほっとした。
最終フェイズを要請してそこまで時間を経っていないのであれば、だ。
「なら良かった」
「なにが!」
「だって砲撃までまだ時間があるのでしょう? そうであれ、ば」
話の途中にもかかわらず、無粋にも突進してくる猿人級。
そんな人類の天敵の一撃を跳躍することで躱して。
大きな邪神の肩に一瞬飛び乗って。
したたかに蹴り上げる。
まるでフットボールのような動きで
そして猿人に似た頭は砕けて、消えた。
「砲撃が始まるまえに、彼らを片付ければ。それができたのならば、砲撃中止することができるよね。あなたたちは死なずに済みますよね?」
「馬鹿なことを言うな! そんなこと――」
「できますよ」
相手の台詞を遮る。
有無を言わせないように、短くシンプルに自身を表明。
はっきりと言い切った効果はあったようだ。
これっぽっちも失敗したときを考えていない俺の姿に絶句したか。
件の軍曹は出かかった言葉を、はくりと噛みつぶした。
「なに、この程度の困難。戦争中の無茶振りに比べれば、まだ可愛いものです」
これからもまだ、面倒事が続く、と仮定すれば、だ。
不本意ながら、目覚めた体とは裏腹に、未だ眠気眼の戦闘勘を取り戻した方が、なにかと都合がいいだろう。
だから、速度が要求されるこの状況は、リハビリには最適だ。
それに、もし、失敗したとしても。
(ダメそうだと思ったときには。守備隊の面々をなんとか説得してこの場から逃がせばいい。その代わりに俺が、猿人級を足止めすれば。かかる犠牲を最小限にすることができる。俺一人が死ぬだけで済むことになる)
どう転んでもゾクリュにとって悪い方には転がらない。
言うなれば、これは勝利が確約された賭けであるのだ。
そうであるならば。
俺にベットしない理由はなかった。




