第三章 十八話 大根演技
人知を超える速度にて詰められたことが、よほど衝撃的であったのか。
あるいは母国の言葉で挨拶をされて、身の上が知られていることに、恐怖を覚えたか。
彼らは動きを止めて、呆然と俺を眺めていた。
なるほど。
たしかに彼らは荒事の素人であるらしい。
自らの想像を超える事態に遭遇して、あっさりと動きを止めてしまったことが、その証明であろう。
戦場では顔をしかめざるをえない愚行なれど、今の俺にとっては好都合。
呆けている彼らの内、一番手近な者に狙いを定めて。
強化魔法で一息に間合いを詰め。
距離を縮めたら魔法を解除し。
古めかしいマスクに覆われた顔目掛けて。
死なない程度に加減した回し蹴りを進呈した。
「がっ」
悲鳴というか、衝撃によって肺から空気が漏れ出ただけというか。
マスクの内側からそんな短い音を吐き出して。
綺麗に蹴りが入ったその人は中空でぐるりと一回転し。
そしてどうと、肩から石畳に落下する。
以降、石畳を床に痛みに震えるのみ。
骨の一、二本は折れただろう。
安寧に過ごしていた人間、が骨折の痛みに耐えうるはずもない。
一人、無力化。
「こぉんの野郎ゥっ!」
きっと素顔は血気盛んな若者なのだろう。
仲間がやられてしまったことに激高し、勇敢にも手にした撃針銃を俺に向ける者が居た。
そんな勇気ある彼に釣られてか。
正気に戻った順に銃口を次々と向けていく。
だがしかし。
「……いいのかなあ? 銃口向けちゃって。こんな乱戦で銃使おうとしちゃって」
「何を減らず口をっ! さっさと――」
「多分ね、引き金引くとね。同士撃ちになると思うよ」
「……あっ」
そしてどうにも、熱くなった男は素直な気性であるらしい。
俺の指摘に対して、そう言えば、という様子で銃を引っ込めて。
「み、みんな! 撃つな! 同士撃ちになる!」
ありがたいことに同士撃ちの危険性を周知してくれた。
流石役者と言うべきか。
その声は良く通るものであった。
おかげでその一声で、危険性はペストマスクの集団に行き渡り。
そして誰も銃口を俺に向ける者が居なくなった。
素人の発砲は弾道が読みやすくて、躱すのにはそこまで苦労しないけど。
でも、彼のおかげで余計な手間が省けた。
だから。
「どもども。それじゃ、お礼」
はじめの一人みたいに、痛みでずっとうめくのはつらかろう。
確実に意識を落とすべく、きっと顎のある場所に狙いを付け、右手を一閃。
拳に感触。
間違いなく顎は捕らえた。
ならば、あとは力はさほどいるまい。
あとは顎を中心にして。
彼の脳を揺さぶってやれば――ほら。
意識はすぐさま飛んで。
力なく、ばたりとその身は石畳に沈む。
無力化、二人目。
あっさりと、二人もやられたことに恐怖を覚えたか。
似非ペスト医師らは、折角倒れた彼から貰った勇気を揮発させてしまい。
再び棒立ちとなる。
なら、より一層彼らを怖がらせてやるとしよう。
いかにもオペラが得意そうな恰幅のいい一人に目星を付けて。
再度強化魔法を行使して急接近。
「えっ?」
急に接近した俺に驚いたか。
巨体は間の抜けた声を出す。
強化解除。
再度脳を揺さぶり、意識を奪い。
そしてわずかに魔力で腕力を強化して。
推定、オペラ歌手の影に隠れていた者目掛けて。
その大きな身体を押し込んでやる。
突き飛ばしてやる。
「あっ……わ、わっ」
にわかに飛んできた巨体。
それに対応すること出来ず。
あっさりと押しつぶされる。
無力化、四人目。
「う……あ、あ」
うめき声が聞こえる。
一番はじめに回し蹴りをお見舞いした彼のものか。
あるいは、大きな似非ペスト医師に押しつぶされた者のやつか。
それとも未だ健在の誰かが、こぼしてしまった音か。
その判別はつかなかったけれども。
でも、一つわかることがある。
さっき聞こえていたあのうめき声は。
間違いなく恐怖の色が濃いものであったということ。
人間の集団において感情というやつ伝染病みたいなものだ。
誰かが強い感情を発露すれば、周りに居る人々はそれに感化される。
かくして集団は一つの感情を共有するに至る。
集団ヒステリーってやつの仕組みがコレだろう。
先ほどは勇敢な若者によって、一瞬だけ抵抗する気概を共有したものの。
見よ。
今の彼らは。
瞬きの合間に三人も仕留められたことに、怯えしまい、足が竦んでいるではないか。
恐怖に押しつぶされる一歩手前までに、追い込まれてしまっているではないか。
そうであるならば。
もう一押しが必要なところだろう。
「さて」
わざとらしく呟く。
俺の一挙手一投足に視線が集まる。
それは多分、舞台に上がった彼らが常に感じるものと同種のもの。
そいつに気恥ずかしさを覚えつつも。
仲間を下敷きにして、のびている巨体に近付いて。
彼が手から滑らした撃針銃を拾い上げて。
「もう、疲れちゃったな。面倒になってきちゃったな。だから、さ」
また、わざとらしくそう口ずさむ。
役者の集団に素人の大根な演技を見せるのは、とても恥ずかしいけれど。
彼らを脅すためには仕方がない。
ゆったりと、大げさにライフル銃を動かして、掲げ上げて。
ついでに大佐から借り受けた、弾の入っていない拳銃も見せびらかして。
「そろそろ、楽をしてもいいかな? こいつを使ってお相手してもいいかな?」
ぴたりと彼らに銃口を向ける。
二つの銃口を向ける。
にたりと嫌らしい笑みを努めて作り上げて。
そしてダメ押しの一言。
「……殺しちゃっても、いいかな? ねえ?」
実力差、台詞、そして場違いな笑顔。
ぎこちない大根演技なれど。
それらが合わさってことにより、彼らの心に根源的な恐怖を惹起させたようだ。
殺されてしまう。
死んでしまう。
死にたくない。
そんな原初的で、強烈で、抗いがたい恐怖に晒された彼らは。
各々に恐慌の悲鳴上げて。
散り散りになって。
ばらばらと逃亡を始めた。




