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第二章 エピローグ 大佐、独り言つ

 いくつかの浮雲と青い空。


 絵に描いたような穏やかな空を、ナイジェル・フィリップスは守備隊隊舎の屋上で寝転びながら見上げていた。


 現在は勤務時間中である。

 そうであるのにこうして空を見上げているということは、彼がこっそりと執務室から逃げ出して、職務をサボっているからに他ならない。


「……ヘッセニア・アルッフテルをあの屋敷に住まうことを認めろ、ねえ」


 青空に向かってナイジェルは独りごちる。

 その声色は仕事をサボっている男とは思えないほどに、何処か深刻なものであった。


「おかしくないか? ウィリアム・スウィンバーンを流刑に処した理由は、その戦力が不穏分子に取り込まれることを防ぐためだ。仮にこの地で彼がそうした連中に取り込まれても、だ。彼一人だけならば、ここの守備隊全員の命と引き換えにすれば、どうにか差し違えれるかもしれない。反乱を小規模で終わらせるかもしれない」


 ナイジェルは一度言葉をそこで切る。

 口を潤すためだろうか。

 市場で買ってきた瓶詰めのレモネードで口にする。


「でも、今はゾクリュにあの分隊員が四人も居る。四人じゃ無理だ。僕らじゃ対応できない。ゾクリュのご近所から根こそぎ動員する必要はある。彼らを一カ所に集めると、いざ(?)反旗を翻されたとき、対応できなくなるリスクは十分予測出来るはずなのに。何故殿下は進んでそのリスクある状況に持っていこうとする?」


 レモネードを飲み干してもなお、ナイジェルは独り言を続けた。


 いくら彼ら分隊の元上司が王女でかつ、勅令を下せる立場であるとはいえである。

 あの老獪な国王や宰相、そして曲がりなりにも国を愛している議会の政治家達が、王女の暴走とも言える最近の行動を見逃す理由なんて、本来ないはずだ。

 何らかの形で勅令取り消しを試みるはずだ。


 にも関わらず彼らは何も動こうとしない。

 ということは、彼らは、いや国はこの事態を容認してしまっているということに他ならない。


 わざわざ英雄の一人を流罪に処するまでその力を恐れたのに、それに匹敵する力を持つ者が集まることを認めてしまっている。 


「いくら何でも矛盾、しすぎだよねえ」


 これを矛盾と言わずに何を矛盾というかのか。

 そんな矛盾を承知しつつも、今の状況を見逃す、ということはだ。


 それはつまり、何か裏があるからではあるまいか。

 上体を起こしながら、ナイジェルはそう思った。


 平穏な戦後が迎えられなくなりそうな、そんなにおい。

 残念なことにナイジェルはそれを嗅ぎとってしまった。


 で、あるならば。


「……探ってみる価値はありそうだね」


 ぼそりと呟いたナイジェルの顔は、どこか皮肉げに笑っていた。

 その笑みに常の彼が持つ、昼行灯的な緩さは毛ほども感じさせなくて。


 冷たい刃を連想させる切れ味のある表情であった。

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