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第二章 八話 過去とのギャップ

「……あら、ウィリアムじゃない。久しぶり」


 必要な物しか置かれていない、寂しい面会室で出迎えたのは、落ち着き払ったヘッセニアの声。


 それに一瞬戸惑いを覚えた。

 記憶の中で強烈に残っている、あの奇妙なハイテンションでなかったからだ。


 きっと俺が覚えた戸惑いは、彼女との関係が長い人ほど強くなる違いない。

 それこそ絶句し、しばらくその場でぼうと突っ立つくらいには。


 が、俺はそうならなかった。

 絶句するまでの衝撃は辛うじて受けなかった。


 確かに驚いたことには驚いたが、恐ろしくシリアスな彼女を見たのが、今回が初めてでなかったからだ。


 こんな感じになったヘッセニアを見るのは、夢でも見たあの件以来で二回目だ。

 もしかしたら、分隊時代に俺らが見ていたあのやたらとテンションの高い姿は、演技であったのかもしれない。


 つまり今、俺の目の前で見せている、この物静かな佇まいをしている彼女こそが、真なるヘッセニア・アルッフテルかもしれないのだ。


「……ああ、久しぶり。見る限りでは、特に体調が悪くなさそうで良かったよ」


「お陰様でね」


 面会室同様酷く質素な椅子を引きながら、一言挨拶。


 ざっと見た限り、ヘッセニアは最後に会ったときと、ほとんど変わりがないように見えた。


 やつれてもなければ、太ってもいない。

 少なくとも外見上では、あの戦争に匹敵するような過酷な戦後を送っていないようだ。

 ちょっとだけ安心した。


「そういう君も恙なくは……なさそうだけど、元気そうで安心した。聞いたわよ。君……しょっ引かれたんだってね」


「まあね。ただ、そこまで不自由はしてないよ。殺されてないし、何より許可さえあればゾクリュまで出歩けるし」


 妙なことしでかして牢屋にぶち込まれた人間に、逆に心配されてしまった。

 何だか奇妙な気分だ。


 ……まあ、今の生活は穏やかとはいえ、死罪を賜るかどうかの瀬戸際まで行った俺の方が、彼女より凄まじい戦後を送っていた、と言うべきだろう。


 改めて省みてみると、なるほど、俺は人を心配するより、自分を心配した方がいい身であるような気がする。


「分隊の解散から今まで、何をしていたんだ?」


「別に。何も。ただ、色んなところをぶらぶらしてただけ。恩給のお陰で、お金には余裕があるからね。生活に困ることはまだない」


「そうか。なんとまあ、悠々自適で楽しそうだな。今にして思えば、俺もそうするべきだったよ。そうせずに、油断した生活を送ってこうなってしまったこと。そいつは今のところ、人生ワーストスリーの過ちに入りそうだ」


 放浪さながらにぶらぶらしていれば、まさか政治屋から、潜在的な脅威と見なされることはなかっただろう。

 世捨て人的になるのは難点だが、自己防衛の手段の一つとしては、中々の良策であったかもしれなかった。


 感性はぶっ飛んでいるけれども、頭自体はいいヘッセニアらしい選択である。

 俺にはそんな回る頭がないことが、とても悔やまれる。


 さてこうしていると、時間を忘れて雑談にのめり込んでしまいそうになる。

 ここが屋敷であればそうしていたのだけど、生憎とここは守備隊隊舎の面会室。


 それに……ちらと隣を横目で盗み見れば、今までの発言、その全てを書類に書き写す男の姿がある。

 先日、俺もお世話になった看守の彼である。

 

 誰かの聞き耳が立っている中での雑談なんて、話が弾まないのは目に見えている。

 だから、さっさとやるべきことをしてしまおうと思った。


「それじゃあさ、話は変わるけど。今回の爆発の件なんだが……一体何があった?」


「……」


「足跡がな、現場に残ってたんだ。邪神のやつじゃない。馬鹿でかい未知の生物の。で、守備隊のお偉いさんが推測するところによると、君はそいつを倒そうと、爆発を起こした……ってなってるんだけどさ。実際のところはどう?」


「……」


 それまで問題なく会話が交わせていたのに、本題となると、ぱたりと彼女は口を噤んだ。

 合わせていた目をふいと逸らして、意思の疎通そのものを放棄した。


 その態度から、目の前の魔族の彼女が、あの爆発事件について、一切話す意思はないことを知った。


 視線をもう一度、看守の彼に移す。

 今度は目をきちんと合わせて、そして無言で問う。


 これまでも、こんな風に黙秘を決め込んできたの? と。

 その問いもまた無言であった。

 ああ、そうだ、とばかりにゆっくりと看守は肯じた。


「ウィリアムは」


「うん?」


 これは今までになかったことなのか。

 一度口を噤んだら、あとはずっと、そのまま沈黙を貫いていたのか。

 再びのヘッセニアの発言に隣の彼の顔が僅かに希望に灯った。


 もしかしたら、あの爆発について話してくれるのでは。

 言うまでもなく彼が抱いた希望はこれであろう。


 が、結論から言えば、彼の希望は叶うことはなかった。

 ヘッセニアが口を開いたのは、全く別の事柄のためであった。


「ウィリアムは随分とストレートに聞いてくるのね。知りたいことを」


「クロードは違ったでしょ? 貴族らしく回りくどい聞き方されたでしょ? 腹を探るみたいなスッキリしない感じで」


「ええ。聞き方、とても下手くそだったけど」


「腹の探り合いは苦手な性分のくせによくやるよねえ。だから俺は聞き方変えたってわけ。それに、そもそもそういう振る舞いを覚える前に家がなくなったから、その聞き方が出来ないってのもある」


 かつては権謀術策渦巻く世界であったためか。

 貴族なる生き物は、本心を他者に悟られないように巧妙に塗り隠していながら、他者の本心を暴こうとする習性がある。


 自身の本心を守りながら、相手のそれを暴くために攻撃するために、何かと暗喩と比喩をもって会話する傾向にあり、傍から会話を聞いていて、とてもくどく感じてしまうものだ。


 勿論貴族であるクロードもその例に漏れない。

 もっとも、くそ真面目な気性が災いして、上手に嘘がつけず、何だか不自然極まりない会話になってしまうのであるが。


「んで、クロードと聞き方を変えた効果はあった?」


「……」


 下手くそで、かつくどい会話なんて、聞いているだけで胸焼けするのは自明。

 だからさっぱりと直球で攻めてみたのだが、それも失敗に終わったようだ。


 彼女は話し好きだから、適当に話し込んでいれば、うっかり口に出してしまいそうだな、と楽天的な展望を抱いたのだが、中々どうして上手くいかないものか。


 彼女の不言の決意は相当にかたいものらしい。

 またしても、俺から目を逸らす。


 どうにも今の俺には彼女を喋らせる、その自信がなかった。


「今日のところは帰るよ。なにか話したくなったら、守備隊に伝えてくれ。すぐにすっ飛んでいくからさ」


 この様子では今日明日で彼女が口を割ることはないだろう。

 期待してくれている大佐と、この場に居る看守には悪いが、早々に白旗を上げることにしよう。


 もう帰ってしまうのか、と非難がましい視線を寄越す看守を丁重に無視して椅子から立ち上がり。


 面会室から出ようとしたのだが――


「ねえ。ウィリアムは……覚えてる?」


 その時、ヘッセニアが突発的に問うてきた。

 覚えているか、と。

 呼び止めてきた。


 その質問に、少しドキリとした。

 足もぴたりと止める。

 何故なら彼女が紡いだその台詞、最近の俺は言われたり、言ったりしていたから。


 記憶の有無の問答は、いずれも最後の戦いについてのもの。

 まさか彼女も、今ここで問うのだろうか。

 全く同じことを。


 もし、そうならば。

 この短い期間で、三人もの人間に、同じ事を問い問われる事態となる。


 馬鹿馬鹿しいこと甚だしいけれど。

 この一連の偶然の流れに、必然性を覚えてしまいそうだった。


「……何を」


「いつぞやの救援の話よ。夕暮れの頃、貴族達の戦死体が折り重なる場での、その時の会話」


 しかし、彼女の問いは最終戦にあらず。

 その事実に、なんだかほっとした俺が居た。


「ああ。覚えてるよ」


「そう」


 都合のいいことにあの時のことは、最近夢で見て事細かを思い出すことが出来る。

 あの時に関することならば、何を聞かれても、即座に答えることが出来るだろう。


 だが、準備万端でもある俺に対して、ヘッセニアはまたしても、だんまりを決め込んだ。


 されど、今回の沈黙は質が違う。

 話す気がない、というよりは敢えて話さないといった感じ。

 その証拠に、彼女の目はしっかりとこちらに向けている。


 そしてその目は語っていた。

 言いたいことを察してくれ、と。


 思い出す。

 あの時、彼女が一番何を言いたかったのかを。


 それはつまり――


「……つまり、これが君の宿命?」


 ――自分には抗えない宿命がある、ということ。


「ええ」


「ちなみに、そいつがどのようなのか、聞いても?」


「……」


 彼女に課せられた宿命が、あの爆発を引き起こした。

 で、あれば、宿命を語ることは、即ち動機そのものを語るに等しい。

 彼女がそれを俺に伝える道理なんて、この世に何処にもなかった。

 また、ヘッセニアは口を閉ざす。


「……一つだけ答えて欲しいことがある」


「答えれることならば」


「その宿命は。今でもやっぱり成さねばならないもの?」


 その問いに彼女は少し躊躇いを抱いたように、一度視線を自らの膝元に降ろして。


 今度は迷いない動きで、再び俺を見た。


「……ええ。そうよ」


「そっか」


 控え目に、けれど、しっかり意思の感じられる声で答えてくれた。

 その両眼に宿る光の強さから、彼女が強烈な覚悟を抱いていることをうかがい知れた。


 これ以上深くは問うまい。

 彼女の内面に深く関わるだろうから。

 それに、収穫なら得られた。


 宿命のために、爆発を起こした。

 そしてその宿命は今でも成さねばならぬ、と彼女に強迫観念を与えるほどに強烈なもの。


 この二つが解ったのだ。


 今日はそれで十分だろう。


「じゃ、また来るよ」


 呼び止められて、中断していた歩みを再開。

 室内同様、やっぱりに最低限の塗装だけで済まされた、質素な扉へと。


 今度は呼び止められることはなかった。

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