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第五章 三十二話 こめかみに、凶器

 意図せず挟撃の形となった。

 テントの奥側には俺、入り口にはファリク、そしてそれら二人に挟まれる形となった、エドワードら。

 もちろん、間違いなく現状は俺らにとても有利。


 仮に彼らがなにかをしようとしても――


「やめたほうがいいと思いますよ」


 事実、状況を打開しようとしたのか。

 これまでむっつりと無言を貫いていた、大男がそろり。

 にわかに怪しい動きを見せた。

 大きく節くれ立ったその右手を、そろりと法衣である、ローブ。

 この胸元に持っていこうとしたのだ。

 それは紛うことなく、懐に忍ばせたなにかを、取り出そうとする動きだ。


「もし、その中にあるのが拳銃ならば。俺たちは、かなり手荒な真似をして貴方方を止めなきゃならなくなる。骨の一、二本は覚悟してもらうことになる。退院直後に入獄なんて末路。たどりたくはないでしょう?」


「け、拳銃? 持っているのか? ぐ、軍曹。それは本当でありますか?」


 拳銃というワードに敏速に反応したのは、テントの入り口に突っ立つ、ファリクであった。

 表情もまん丸に目を開き、いかにも驚き払った、という感じ。

 どうやら、ファリクは、まさかエドワードらが銃器で武装しているかも、という可能性は、少しも考えなかったらしい。


 その事実に俺は少しだけ安心した。

 何故ならば――


「正直わからない。でも噂があったんだ」


「噂?」


「ああ。王都で流れたやつさ。不真面目な軍人がね。モスボールされるはずであった銃器を、闇組織に流して小遣い稼ぎをしていたらしいのだけど……どうにもその流れた先が、新主教であるかもしれない、という噂だよ」


「なっ」


 ファリクは大口を開けて、あんぐり。

 まさにあまりの事態に言葉が出てこない、という風情を見せた。

 その様に、俺はますます先に抱いた安心感が強くなるのを感じた。


 幹部らが銃器武装しているとは、夢にも思っていなかったこと。

 そして、今の噂を聞いての反応。

 これらが示す事実は一つだけ。

 ファリクは新主教に出家こそしたものの、暗部にふれるまでには、傾倒していなかった、ということだ。


 その確信を得て、心底安心する。

 ああ、俺の戦友は他害を是とするまでに、病んではいなかったのだ、と。


「……なんてこった。自分はそんなこと、気がつきもしなかった。そんなロクでもない集団に身を置いていたなんて」


「でも、まだそれは噂の段階だよ。確証はない。だから、俺がここに踏み込んだ訳なんだけど……ずいぶんと酷い歓迎を受けたみたいでね。正直、ここにどうやって入ったのか、その記憶が怪しいんだ」


「恐らく薬です。薬を混ぜた香です。自分は見ました。昏倒した軍曹を、このテントに運んでいるのを。そして、彼らが檻に放り込んで。邪神のエサにしようとするところを」


「なるほど。噂は本当かどうか。それはまだわからないけれど。まあ、でもこんなひどい真似をしてくれたんだ。まるっきりの潔白ではない、と見て……いいんですよね?」


 ちらと見る。

 かの二人を。

 少しばかり怒気を込めて。


 しかし、二人は、特にエドワードは流石教祖と言うべきか。

 怯える素振りを一切見せなかった。

 それどころか、ふっと鼻息を漏らす。

 笑声、と呼んで差し支えないような陽気さすら見いだせる、そんな息。


 事実エドワードはわずかに破顔して。


「そんな噂が流れていたとはな。やはり、少しばかり焦りすぎたか」


「つまり?」


 自嘲の色濃い呟きに、俺はくちばしを挟む。

 ……もうほとんど決まりだと思うけれど。

 でも、万が一ってこともある。

 白黒を付けなければ。

 この場で。


「噂は噂ではなかった。真実であった。ただそれだけだ」


「……できれば聞きたくはなかったな。その言葉は」


 少なくとも彼ら新主教は、表向きには社会貢献に熱心な、尊敬すべき新興宗教であったのだ。

 好意を抱こうとも、敵意を抱く理由、これがどこにあろうか。

 できれば噂は、新主教を貶めようとする連中による、ネガティブキャンペーンであってほしかった。


 だから、今の言葉は、本心そのままの言葉であった。


 邪神を捕まえて、世間を騒がせるために利用しようとしたこと、そして闇取引により、銃器を収集していること――


 侵したそれらの悪事によって、好意が踏みにじられてしまったような気すらした。


「ふむ。お優しいことで。この期に及んで、私たちが、まだ善人であるという可能性を信じていたのか。こう言う資格がないことは、重々承知だか、どうにも貴方は荒事に向いていない性格をしているようだ」


「……よく言われますよ。色々な人から。薄々自覚すらもしている」


「ならば、どうだろうか? こちらに寝返ってみないかね? それを十分に承知しているのにも関わらず、貴方をこのような胡散臭い場に送り出す連中よりかは、貴方を気遣ってやれるだろうから。少なくとも、今よりは荒事を任せる回数。これを減らしてみせよう」


「往生際が悪い。この期に及んで口八丁で切り抜けようだなんて。邪神にさしだした人間を、今更勧誘するなんて。答えはノーに決まっている。だから、今すぐに。もう抵抗能わぬと諦めてほしい」


「潮時。そう言いたいのかね?」


「この状況を、それ以外にどう見ろと言うのです?」


 そう言って、俺はファリクに目配せ。

 言葉交わさずとも、意図は伝わったようだ。

 ファリクは力強く足音を踏み鳴らし、彼らとの距離を詰めた。

 わざとらしく、拳をばきぼきと鳴らしながら。


 早く投降しないと、拳骨が飛ぶぞ。

 暗にそう言っていた。


 さて、反応は……わずかながらにあった。

 エドワードはわずかに目線を下げ、俺の足元をじっと見つめた。

 その顔色には、熟考の影、があるように思える。


 くどいようだが、できれば彼らに暴力は振るいたくはない。

 だから、ひたすらに祈った。

 どうか。どうか、賢明な判断をしてくれ、と。


 しばらくして、祈りは通じたのか、否か。

 それが明らかになるときが、やってきた。

 決断し終えたようだ。


 エドワードはふうと小さく息をつく。

 その音はとても小さくて、息に込められた感情がなにであるのかの、解読ができなかった。


 言葉を待つ。

 彼の決断や、いかに。


「決めたよ」


「そうですか」


「ああ。私たちは両手をあげて、野望を、復讐を諦め――」


 長髪の男は静かに語る、囁く。

 野望を、復讐を諦める。

 そのワードを聞いて、肩の力が自然と抜ける。

 安堵の気持ちが、胸に差し込む。


 ああ良かった。


 心底そう思った。

 そしてその心境は、どうやらファリクも同じであったようで、彼はため息をついていた。

 今度のは大きくて、すぐに呼気に込められた感情を読み取ることができた。


 これは安堵のため息だ。

 どうにもテントの外で大立ち回りを演じたようだけれども、やはりファリクも、まったくの戦いの素人を伸す真似に、後味の悪さを抱いていたようだ。


 だから、エドワードの決断は俺らからすれば、まったくもって歓迎すべき事態。

 いや、歓迎すべき選択を()()()()()()()()()からこそ。

 俺らは早とちりをしてしまったのだろう。

 気を、抜いてしまったのだろう。


「――て、なるものか! 忠実な信徒たちよ! 来たれ! 踏み込め! この神秘の天幕に!」


「んな……って、うわっ!」


「ファリクっ!」


 それまでの囁き声とは打って変わって、にわかにテントを突き破るのでは、と思わせるほどの大声を、エドワードは上げた。


 諦めない。

 絶対に!


 不撓不屈の表明、それだけに留まらず、教主は招集の声も続けた。

 きっと、ファリクの起こした大騒ぎで、信徒たちが、このテントの周りに集まってしまっていたのだろう。


 エドワードの叫びから、ほとんど間をおかないで、入り口からわっと信徒らがなだれ込む。

 海嘯さながらに突き進む。


 エドワードの大声も、そして反応した信徒らの動きも、俺らからすればまったく予想外の行動。

 その上、出入り口に背を向けていたファリクは反応が遅れてしまった。

 人の圧に押されてしまい、彼は体勢を崩す。


 大勢が押し寄せたこと、それによってファリクが体勢を崩してしまったこと、そんな彼に俺が気にかけてしまったこと。

 これらは間違いなく、エドワードらにとっては突くべき隙であった。


 視界の端で、二人分の影が動くのを捉える。

 逃げる気か。

 自然と俺の目は、信徒らでごった返す出入り口に向けられるも。


「え?」


 だが、二人が駆けだした方向はまったく、予想外。

 出入り口とは正反対。

 邪神が囚われていた檻へと向かう。

 そっちには逃げ口なんかありはしないのに。

 さきほど打ち倒した邪神しか居ないというのに。


 意図が読めない。

 なにか突拍子もないことをしようというのか?

 すぐに追いすがって、止めるべきか?


 いや、それよりも、だ。

 ファリクが危ない。


 体勢を崩された彼は、信徒たちの勢いを止めることができず、なされるがまま。

 その内、足をもっていかれて、その場で倒れてしまいかねない様相であった。


 放っておけば、ファリクが倒れて、信徒たちにひたすら踏まれて、最悪圧死しかねない状況だ。


「ファリクっ!」


 だから俺は突っ込んだ。

 信徒の海にダイブした。

 ほんのちょっぴりだけ強化した腕力で、信徒の群れをかき分け、かき分け、ファリクへと接近する。


 幸いなのは、彼らはただ教祖らに呼ばれただけで、俺らに直接的な害意を抱いていなかった、ということか。

 妨害行為も、まして攻撃も一切受けずに、戦友の下に駆け寄ることができた。

 信徒の群れの中で、もみくちゃになっている彼の腕を引いて、なんとか立て直しの手伝いをすることができた。


「も、申し訳ありません、軍曹。助かりました」


「無事そうで、結構。しかし、一年でずいぶんとなまってしまったもんだね。俺も、君も。罠にはまったり、隙を突かれてしまったりと散々だ」


「まったくです。それはそうと、軍曹。エドワード・オーエンは……逃がしてしまいましたか?」


「いや、それがまだこのテントに居る。ほら、見てよ。どういうわけか……」


「あの邪神の檻の……しかもその中に居る?」


 どうやら、俺が鉄格子を歪めて作った、あの急拵えの出口を使ったらしい。

 檻の扉は閉めたままなれど、彼ら二人は、さきほどまで俺が囚われていた檻の内側に居た。


「どうしてあんなとこに。どういう意図だ?」


「さあ、自分にもわかりません。しかし、それはどうやら、信徒たちも同じようで」


 ファリクの目が右に、左に泳ぐ。

 信徒らの様子をうかがうためだ。


 教主の一言によって、テントへとなだれ込んだはいいものの、状況がまったく掴めていないらしい。

 ようやく動きを止めた信徒たちから、ぽつりぽつり訝しげな声が聞こえてきた。


 はて、教主は、なんのために自分らを呼んだのだろうか。


 信徒同士で、口々にそんなことを確認し合う始末。


「な、なんだっ?! あれ?! も、もしかして! じゃ、邪神っ?!」


「ほっ、本当だ! み、見たところ。死んでいるようだが……どうしてこんなところに?!」


 そして、彼らも邪神の存在に気がついたようだ。

 誰かが怯えきった声とともに、件の邪神を指すと、動揺はさらに濃密なものとなる。


 恐怖の色をにわかに帯び始めて、空気は一気に恐慌一歩手前までにへと落ち込んだ。

 彼らの様子を見る限りでは、どうやら信徒らも、教団が邪神を捕まえたという事実を、知らなかったようだ。


「なら、いい。これなら新主教そのものが被告になったとしても。少なくとも多くの信徒たちは、知らなかったことを理由に、簡単に無罪を勝ち取れそうだ」


「そうですな。ですが、これはちょっとマズい状況かもしれません。邪神を見たことで、彼らが強烈な不安を覚え始めている。ここで、ヤツがご高説を垂れて、自分たちを新主教の宿敵だと、扇動されちゃたまりません」


「たしかに。その場合信徒たちは、不安を忘れるために、俺たちを必死になって排除しにくるだろう。ボコボコにして、不安の憂さ晴らしにしようとするだろう。ならば」


 今すぐ、エドワードらを拘束せねば。


 ファリクも当然、同じ結論に至る。


 その証拠に、特に示し合わせたわけではないけれど。

 エドワードを捕まえるための、その第一歩目。

 こいつを刻んだのは、ほとんど同時であった。


 それは信徒の群れの中での第一歩。

 だからエドワードからは見えるはずがない、とタカをくくっていたけれども。

 どうやら、その歩みを彼はばっちり見ていたようだ。


 エドワードはすぐさま反応。

 良く通る声で、早速俺とファリクに釘をさしてきた。


「おっと動かないでいただきたい。招かれざる客人よ。それ以上動いたのならば――これだ」


「っ」


 動くな、と。


 本来であれば、そんな彼の命令なんて、聞く義理はこれっぽっちもない。

 だが、しかし、結果として俺とファリクは止まってしまった。

 いや、止まるざるを得なくなってしまった。


 制止の声。

 それとともにしてみせた、エドワードの行動故に。

 息を呑んでしまった。

 俺も、ファリクも、そしてテントになだれ込んできた信徒たちも。


 さっきまで戸惑いのそれに満ちていたテントの中は、今は水を打ったように音がない。

 みんなみんな、視線は檻の中でふんぞり立つ、エドワードに注がれたまま、身じろぎ一つしない。


 いや、できなかった。


「……やはり貴方はお優しい。思った通りだよ。こうすればきっと、動くことをやめるはずだ、とね」


 やはり人間、自らの思惑通りに事が進めば、小気味がいいと思うもの。

 くつくつと喉の奥で笑声を作ったエドワードは、笑いに肩をふるわせた。

 揺れは、当然彼の腕に伝導し、手にも伝わり、そして。

 俺とファリクと、そして信徒たちの動きを止めた。

 不思議な色気を持った、教主のこめかみに静かに当てられている、その黒鉄の凶器――

 ――拳銃にも揺れが伝わっていた。


 動いたのならば――これだ。


 さきほどのエドワードの言が意味することはつまり。


 これ以上動いたら、自らの頭を撃ち抜いてみせる。


 そんな一種の自殺予告であった。

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