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第五章 一話 払暁の来客

 季節が変わったことを、嫌が応でも実感させられた。


 なによりも顕著なのが、日の出がずいぶんとはやくなったことだろう。

 そして、数十日前まで感じていた、ひんやりと澄んでいて心地よい朝の空気。

 最近ではこいつも行方不明になってしまった。

 東雲であっても全然涼しくなくて、むしろ暑い日すらある。

 ひどい日となると、あまりに寝苦しさに、夜明け前に起きてしまうほどだ。


 その日もやはり寝苦しくて、払暁前に起きてしまうような朝であった。

 二度寝をする気にはなれなかった。

 寝巻をわずかながらであるが、しっとりとさせるくらいの温度なのだ。

 再び寝入れる気がしない。


 このまま布団の中でダラダラすごすのもいいかもしれないが、それはそれで、なんだか時間を浪費しているようで、気が引ける。

 と、なれば――


「今日やることの準備。そいつを済ませてしまおうか」


 ずいぶんと気が早いが、さっさと庭掃除の準備でもしてしまおう。

 そう思って、ベッドから這い出て、着替えを済ませて。

 カンテラを片手に、他のみんなを起こさないように静かに廊下を歩いて、玄関の鍵を開けて、外に出て。

 そして驚いた。


 なんとも非常識なことに。

 まだ夜も明けていないというのに、なんと来客があったのだ。

 とはいえ、その人は払暁に他人の家訪れることの非常識さを、きちんと理解していたらしい。


 いつ屋敷にやってきたのかはわからない。

 だが、到着してすぐノッカーを使う、という真似はしなかったようだ。

 きっと、夜が明けてから、扉を叩くつもりなのだろう。

 玄関のキャノピー。

 そいつを支える白いエンタシスの木柱に、頭を預ける形で寝転んで、その人はすうすうと寝息をたてて眠っていた。


 ちなみに言えば、そんな思いやりに満ちた来客は、俺の知己であった。


 独立精鋭遊撃分隊の戦友である、”赤”の”読み手”の”レミィ”。

 柱を枕に眠りこけるのは彼女であった。


 なにがあって、こんな奇妙な時間に屋敷にやってきたのか。

 それを知るためにも、まずは彼女を起こしてやらねば。


「……おい。レミィ。なんだってそんなところで寝ているんだ。ほら、起きて」


「ん……んん?」


 彼女の下へ歩み寄って、体を揺すってやる。

 その揺らぎは、覚醒するには丁度良い刺激であったようだ。

 うめき声を漏らしながら、彼女はむくり。

 寝ぼけ眼をこすりながら、レミィは夢の世界から現世(うつしよ)に帰ってきた。


「ウィリアム? おはようございます?」


「うん。おはよう。しかし不用心だな。こんな風に外で眠るなんて」


「不本意。私とて、こんなことはしたくはない。けれども、こうせざるを得ない事情がある」


「事情?」


「是。それも相当深刻なもの。緊急事態、と言っても不足しないやつ」


「緊急事態?」


 その割には、今の彼女に焦りの様子は見て取れない。

 そもそも、本当に喫緊の案件があるのであれば、玄関前で一眠りなんかしなかったはずだ。

 夜中だろうとなんだろうと、扉を叩いて、俺たちを叩き起こしたはず。


 だから、彼女の言う緊急事態ってやつは大したことはない、と思った。

 少なくとも先日の邪神騒動のような、人命がかかったものではないはずだ。


 だから俺は特に焦りも緊張も抱かずに。


「で、なにが起こったんだい?」


 なにが起こったのか、その続きを求めた。


「宿泊場所。そこから追い出された。宿なしになってしまった」


「……はっ?」


 彼女の身に降りかかった、その緊急事態なるもの。

 その正体が予想外のものであっただけに、俺は間抜けな声を上げてしまった。

 寝起きということもたしかにあるが、目を白黒させてしまった。


「えっと。なんだって? 泊まってた場所から追い出されたって?」


「是。無慈悲にも追放されてしまった」


「……マジで?」


「マジ」


 追い出されたってことは、つまり彼女がなにかしでかしたことってわけで……

 レミィが問題行動を起こすなんて、そんなこと。

 そんなこと――


 ……

 …………


 ――いや。


 結構あったな。

 戦争中、問題、起こしてたな。

 ヘッセニアとは別のベクトルで問題児だったのは間違いない。

 主に風紀面でのやらかし屋であった。


 ってことは今回も――


「ウィリアム。だから、頼みがある」


 少しだけ冷静さを取り戻したために彼女が追い出された理由を考察することができた。

 そんな俺を尻目に、唐突に無宿者になってしまった戦友は、居住まいを正して、じっと俺の目を見て。


「懇願。しばらくの間、私を屋敷に置いて欲しい」


 そう言うや、彼女は深々と頭を下げた。

 レミィは案外プライドが高くて、あまり人の助けを欲しようとしない性格だ。

 そんなレミィがこうして深々と頭を下げているということは、だ。

 どうやら彼女は本当に困っているらしい。


 戦友として、そして人間としてこれは助けなければならないだろう。

 困っている人を見捨てるなんて真似は、人でなしの所業だ。

 俺は人でなしにはなりたくなかった。


 とは言っても、宿泊させるのは政治案件でもあるために即答はできない。

 しかし、なにもできないってこともない。

 話は聞いてやるくらいは、誰に許可を取るまでもなくできるのだから。


「……まあ、取りあえず。中に入りなよ。まだアリスが起きてないから、ちょっと時間はかかるけど。朝食、食べるだろう?」


「勿論。助かる」


「じゃ、事情を聞くのはそのあとってことで」


 踵を返す。

 さっきほど出てきたばかりの屋敷へと戻るために。

 扉を開けたときは一人であったけれど。

 今は、一人の戦友を引き連れて、屋敷へと戻る。


 うっすらと明るくなってきたとはいえ、世の中の人々はまだ眠っている時間だ。

 当然、屋敷のみんなもまた然り。

 俺以外は、まだ夢の中に居る。


 だから俺はみんなを起こさないように。

 ゆっくり。

 しずかに。

 さっき開けたばかりの扉を閉めた。

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