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取り戻した青い空

「ひとまずイオヴェニルは退けましたねぇ、ありがとうございますぅ」


 御月ワイナリーにて、窓から差す日の光を背にエマがアカリ達に礼を告げていた。

 空が青い。当たり前の日常だと思っていたその光景が、今のアカリにはひどく尊く思えた。


「ううん……感謝するのはこっちの方だよ。あなたと、それにマサキがいなかったら負けてたと思う」


「アカリが戦ってんのに寝てらんねーって!」


 戦いから帰還したアカリと、すっかり糜爛(びらん)し崩壊した皮膚が元通りになったマサキが互いに名前を呼び合う。

 これから共に戦おうという話が出た時、どちらからともなく他人行儀な先輩後輩呼びをやめようという提案があがったのだ。


「いやーしかし愛しのユイたんチョイスのこの武器ッ! オレに似合うよー、流石ユイたんだよ、実はオレのために選んでくれたに違いないねッ! ユイたんには悪いけどこれは強奪して俺が使い続けるしかなーいッ! なんたってオレサマ死霊使いッ! イイネー、なんか封印されし右腕が疼くこのカンジ!」


 意気揚々と語る彼の手には、リッチの持つ杖に似た南瓜頭の意匠の杖、ではなく槍だ。

 悪魔との契約を経た彼女に備わった力なのか、エマやマサキからの通話が来る直前にいつの間にか持っていたらしい。そして、それを持ったマサキがリッチを召喚したという流れだ。


「……素直に代わりに戦うって言えばいいのに」


 アカリの呟きが彼に聞こえたかどうかはわからない。

 未だハイテンションで何やら言いながら小躍りしている彼を後目に、アカリは他の仲間へと目を向けた。


「……イオヴェニルの影響はひとまず他の世界からも消えたと思うが……まだ他の天使とは連絡が取れないのだったかね?」


 少し離れた位置で、シオンが巨大な水晶玉のような物体と睨めっこしているエーデルに話しかけている様子だ。


「ダメっぽいねー、こりゃ全員死んだかな? ……まあそれを確かめるためにもまた図書館から他の世界に飛ぶんだけどさー。はぁ……メンドー……」


 シオンが考え事を始める横で、エーデルが大きく肩を落として嘆息する。

 ふと、そんな彼にフィルが真剣な眼差しで声をかけた。


「……あの、次に行く世界は決めているんですか?」


 口調こそ普段通りだが彼の眼差しと声音には並々ならぬ必死さが滲んでおり、思わず全員が彼を注目した程だ。

 普段なら「は?」の一言で済ませてしまいそうなエーデルも、流石に空気を察したのか真面目に答えていた。


「……うーん、アドロスピアかなー。……って言ってほしいんでしょー? わっかりやすーい」


 相変わらず一言多いが、黙って頷くフィルに調子を狂わされたエーデルが彼の相方――アデルへと目線を向ける。助けを求めているというにはいささか横柄な眼差しを。


「少なくとも教会は無事じゃねぇんだろ? ……エルフの国はどうなってんか、気が気じゃねぇんだと思う。……今のエルフ王って、フィルの兄貴だからな」


「おっ、王様!?」


 思わずアカリの声が裏返る。

 兄がいるとは聞いていたが、それが王だというのは初耳だった。

 つまり、フィルは王子という事になる。


「すみません、完全に私事で……。もちろん、他に行くというのなら僕だけで行きますが」


 その覚悟は本物なのだろう、依然として森色の瞳は真摯なままだった。

 今度はフィルに注がれていた視線がエーデルに向くが、彼は肩を竦めてため息交じりに告げた。


「これ断ったら僕外道扱いじゃーん? ……はいはい、どっちにしても教会の位置を知ってるならありがたいし。……で、皆は……あーいいや目見ればわかるわ。じゃあいつ出発するか決めよー」


 アカリはもちろん、全員の瞳にアドロスピアを目指す意思が宿っていた。


「では、この拠点の管理は任せてくださいねぇ。ユイちゃんのお世話もさせていただきますのでぇ」


 二歳児にしては大人しい少女は、終始じっと発言者を黙って見つめていた。彼女も行きたいのかもしれない、否――過去の冒険を顧みても高確率で行きたいと思っているはずだが、流石にそれを承諾する訳にはいかなかった。

 よって、エマに面倒を見ていてもらう事にする。


「……仲間、か。それがいるのは、あたしだけじゃないんだよね」


 母の声に呼ばれ、消えていったヒナを思い出しつつアカリがひとりごちる。

 自分にとっては、ここにいる面々が仲間だ。今も全人類を愛せる程心が広くないのは変わらない。


 だが、彼らに出会えたからこそ危機を乗り越えるために自ら考え、行動し、戦っていくことができた。

 崩壊した世界にいる人々もそれぞれ仲間や、未来にそうなりえる人がきっと存在する。


 イオヴェニルのような存在に世界を滅ぼされるということは、そうなる未来を摘み取ることに等しい。

 ただ一人諦観と共に過ごす人生を変えてくれた仲間への恩返しを、まだ見ぬ人達にしてみよう。


 そんな思いで、アカリは動き出そうとしていた。


 ――これから向かうアドロスピアでも、他の世界でも。


「アカリちゅわーーん、何考えてんのー? オレのこと? ねえオレのこと?」


「うん、マサキのこと考えてた」


「ぴゃんっ……不意打ち卑怯でしょ切り返し考えてねーよぉ……」


「旅の間その髪どうやってセットするのかなって」


「言われてみればそうじゃん、伸びたらどう整えよ!?」


 忙しなく周囲を動き回るマサキによって意識が現実に引き戻される。軽口には軽口で返しつつ、そんな時間に癒されつつ――仲間たちと今後について話し合うために、会議室へと向かった。

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